6話 妹がバレンタインチョコレートをくれた。って、おまけを抜いたあとのウェハース!

 月光に彩られたバレンタイン。

 人助けをしたら、チョコレートをもらえたよ。

 神様が僕にご褒美をくれたんだ。

   ――上山誠一郎、一七歳(Vオタ)心のポエーム



 人助けのお礼とはいえ、バレンタインデーに家族以外の異性から初めてチョコレートを貰った……。


 しかも、同担。つまり、同じVTuberメロン艦長のファン。


「もしかして、さっきの女性が半額シールを要らないと言ったのは、お礼の気持ちを半額にしたくなかったから?」


 だとすると半額にするのは余計なお世話だったかなかな。


 気持ちはちゃんと定価で受けとっておこう。ありがとう。感謝の正拳突き。


 今日は不幸な日かと思っていたけど、ラッキーデーだったわ。


「ヤバイ。ニヤニヤするな。まだ仕事中だ」


 僕はビニール袋をレジ台の下に仕舞い、意識から追いだした。


「あっ。面白い体験だったし、メロン艦長にスパチャで報告しなければ。いや、他の女性と仲良くなったと誤解されて嫉妬されちゃうかな。秘密にしておいたほうがいいかもしれないな」


 女性やメロン艦長のことを考えていたら、あっと言う間に退勤時刻の二一時になった。


 僕はスパチャ用にマネーカードを買って帰った。


「ただいまこーら」


「おかえりーょうめんすくな」


 何故か妹が出迎えに駆け寄ってくる。こんなこと、滅多にないぞ。


 なんだ。何を企んでいる……。


 僕はいったん背を向けて靴を脱ぎ、振り返る。


「うわっ。どうしたの。お兄ちゃん、その怪我。ブサイクがアップデートしてる!」


「いきなり辛辣ぅ。女の人が男に絡まれていたから、助けたとき殴られたんだよ」


「女の人に?!」


「男に!」


「良かった」


「良くないよ」


「だって、お兄ちゃんがニヤニヤしている理由が、女の人に殴られたからだったら、さすがにキモすギルティ」


「え? ニヤニヤしてる? だとしたらそれは可愛い妹に会えたからだよ。それはそうと、先に心配してよ」


「シン……パ……イ……?」


「そんな、感情が芽生えたロボットみたいな言い方せんでも。というか退いてくれないと中に入れないんだが」


「……もー。しょうがないにゃー。ほら」


 妹はどこからともなく、小さな袋を取りだした。


「本当はこれを期待してニヤニヤしてたんでしょ? トリック・オア・メリ~・バレンタイン~」


「え? ありがと、サンキュー・フォーエバー」


 状況的にバレンタインチョコレートだろうと思ったけど、袋の中にはVTuberカード付きウェハースチョコが四個入っている。


 ……チョコだけど、バレンタインチョコにカウントしていいのか?


「ポコラ出たらちょうだいね」


「あ。うん。カード目的で買って、お菓子だけ僕に処理させようとしてない?」


「え~。そんなことないし。ちなみにね」


「ん?」


「冷蔵庫の中に、玲美れみからお兄ちゃんにチョコレートもらってきたから」


「え?」


 玖瑠美の友達?


 受験勉強の時に何回か来ていたから顔は覚えているけど、特に会話はしていないくらいの距離感だけど、僕にチョコレート?


 そんな急に僕にモテ期、来る?


 ようやく玖瑠美が退いてくれたから、僕は冷蔵庫を開けてみる。


 それっぽいものはない。


「あ。冷たい方」


「あー。冷凍庫ね」


 うちの妹は、なぜか頑なに、冷凍庫のことを「冷蔵庫の冷たい方」と呼ぶ。


 前、理由を聞いたら――。


『だって、これ冷蔵庫だし』


『でも、一番下の段は冷凍庫だよ』


『違うよ。冷凍機能があるけど、冷蔵庫の一部分だよ』


『なんとなく言いたいこと分かるけど、それ込みで、みんな、これのこと冷凍庫って言わん?』


『この道具をなんと呼ぶのか、人に聞いたりしないし』


『……! 確かに余所様のご家庭でこれをなんて呼んでいるのか、僕達はまだ知らない……』


『でしょ』


『そなたが正しい……』


 ――こんな会話になった。いや、まあ、妹ちゃんの妙なこだわりだ。


 昔のことを思いだしながら冷凍庫を開けたら、開封済みのウェハースチョコが何個かあった。


「ヒュー。ハッピーバレンタイーン。これ、完全に、カードだけ欲しいパティーンだよね!」


「体重気になる年頃だし」


「まだあと一ヶ月は中学生なんだし、そこは気にせず」


「あ。玲美も受かったよ。勉強教えてくれてありがとう、だって」


「あ、はい。どうもいたしました。お礼ってことか。納得」


「なんでいきなり納豆食うなんて言うの?」


「それはそうとさ」


 僕はコンビニで女性からもらったビニール袋を持ち上げ、音を立てて振る。


「これ、なーんだ」


 妹は目を閉じた。


「コンビニで買える物ですか」


「……はい」


 あー。なんか始まったぞ。


「私が食べたことあるものですか?」


「はい」


「冷たい?」


「いいえ」


「温かい?」


「いいえ……? かな?」


「期間限定ですか?」


「あっ……。はいとも言えるし、いいえとも言えるし……」


「分かった! プルダックンポックンミョン!」


「は? なんだって?」


「で、売れ残りのチョコ買い取らされたの?」


「分かってたのかよ。普通に女性から貰った」


「は? 嘘つきはエロガキの始まりだよ!」


「これ、二〇〇〇円するやつだよ」


「うっそでしょ。ホントだ。なんか包装紙から高そうオーラがしみ出てる……。え。なんで。……亜寿沙あずさ先輩から?」


「え? 亜寿沙先輩? ……誰?」


「お兄ちゃんが一年の時の配信部の部長! 忘れるなんて酷い! 先月もゲームしたでしょ!」


「あっ! 吉川よしかわ先輩! 僕が下の名前を覚えてないのになんでお前が」


「お兄ちゃんに近づく女の名前は全部覚えているんだから」


「怖ぁ……」


「ちなみに亜寿沙先輩しか覚える必要なかったから、私の頭すっかすか」


「怖ぁ……」


「はあ。お兄ちゃんの周りに覚えきれないくらい女の影がちらついてほしいんだけどなあ」


「はいはい」


「ちらつくのはお前のパンツだけで十分」


「はい、ライン超えセクハラ。明日のお風呂掃除お兄ちゃん担当~」


 僕は荷物を置くと、お風呂に入り(ゴーストに襲われた場所が痛むけど、気にしない)、その後、玖瑠美が茹でておいてくれたパスタに、うどんのたれをかけて食べた。アルバイト前に夕食は取ったんだけど、やはり成長期だからか、お腹が空くんだよね。


 安いし簡単だから、僕達はあらゆる麺類に様々なタレをかけて、味変して食べてる。


 あと、夕食と一緒に傷テープと消毒液が置いてあったから一応、心配はしてくれたっぽい。


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