第5話 助けた女性からお礼をもらった。ファッション雑誌のモデルみたいに綺麗な人だな……

 さて。


 女性がレジカウンターに置いたのは、袋が要るか要らないか判断に困る、微妙なサイズの箱入りチョコレートだ。


 一部のお客様は、袋が要るか尋ねると「見て分からないの?」とか「手ぶらで持ち帰れって言うの?」とか「言ったでしょ」とか言いながら怒りだすからなあ。


 ちらっと見ると、女性は僕より少し年上で二〇歳前後に見える。


 女性向けファッション雑誌に載っていそうな、清潔感のある、非現実的な人だ。


 大人びているから大学生ではなくOLだろうか。


 けど、あまりOLらしさがない。というのも、このコンビニに来るOLさん達は髪の長さがだいたい肩の辺りだ。このお客様みたいに鎖骨の下までサイドを伸ばしている人は記憶にない。


 僕は雑誌の陳列や接客業をしているから分かるんだけど『働く女性向けファッション誌』の表紙に載っているような女性客は、実際には存在しない。オシャレな街の衣料品店や休日の映えスポットにはいるのかもしれないけどね。


 おっといけない。職業柄というと大げさだけど、つい相手の性別や年齢を意識してしまった。


 何はともあれ、陰キャの僕が怯える必要のない、優しそうな人だ。


「袋はどうされますか?」


「いえ。要りません」


 僕は、半額シールは貼っていないが、チョコレートを半額にする。


 よし。空気を読んだ僕、偉い!

 配信で人気の、空気を読むゲームできっと高得点を出せるぞ。


「お会計、一一〇〇円になります」


 手にした重みだと四粒くらいしか入っていなさそうなのに、我が目を疑う値段だ……。


「め、Melonで」


 女性がスマートフォンを向けてきたので、僕は読み取り機で決済する。


 メロンッ♪


 音が鳴ったから、電子マネーによる決済は正常に終わった。


 女性は鞄をレジカウンターに置き、開く。


 お客様の鞄の中身を見るのは失礼だし、僕は視線を外す。


 カチャカチャと何かしている。


 小さな鞄だったし、中身がいっぱいでチョコレートの箱が入らないのだろうか。


「あっ、あのっ……」


「……?」


 なんだろうと思い見てみると、女性はチョコレートの箱を僕の方に突きだしていた。


 返品?


 箱が凹んでいた?


 それか、やっぱり半額になってなかった?


「あっ、ありがとうございました!」


 絞り出したような声を聞き、僕はすべてを察した。


 よく見ると箱に、ポケットティッシュと傷テープが乗っている。


 このお客様はさっき外国人に絡まれていた女性で、僕にお礼をしてくれたんだ。


「あ、ありがとう……ございます……」


 僕はモゴモゴと返事を言う。だって、年上の異性から何か貰うなんて、人生で初だし……。


 い、いや、そんなことよりも……!


 この傷テープ、メロン艦長の薬局コラボグッズだ!


 包装紙にSDメロン艦長が描いてある!


 貴方もメロン艦長が好きなんですか、と聞きたいけど、今は仕事中だ。空気を読め!


 僕がチョコレートを受けとると、女性はぺこっと頭を下げた。


 そして、顔を上げるなり「あわわ」と慌て顔になった。手をわちゃわちゃと動かして、VTuberみたいな動作だ。


「ふ、袋、ください」


「あっ。はい」


 なるほど。チョコレート、ティッシュ、傷テープの三点セット剥きだしで渡してしまったから、僕が困るだろうと心配してくれたんだ。


 そんな些細なことに気づけるなんて、優しい人だな。


 女性が顔を真っ赤にして湯気ぷしゃーしているから、僕は可能な限り早くレジをすませた。


 女性はビニール袋を受けとるが、運が悪いことに、ビニールがピッタリくっついて袋の口が開かず「ひゃー」と悲しそうな声を漏らして、さらに真っ赤になった。


 このままじゃ赤くなりすぎて燃え尽きてしまいそうだ。


「あの。入れましょうか?」


「は、はい。お願いします……」


 僕が袋を受けとり一発でビニール袋の口を開けると、小さな「あっ……」が聞こえた。


 私があんなに苦戦したのに、あっさりと開けられてしまって、恥ずかしい……という意味だろう。


 僕はビニール袋にチョコレートとティッシュと傷テープを入れた。


 そして、女性からチョコレートを貰って緊張している僕は――。


「割りばしはおつけましますか?」


「え?」


 やっべ。脳が錯乱状態で、口が滑ってしまった。


「あ……。あの。一本……入れてください」


「あ、はい」


 僕は袋に割りばしを入れてから女性に渡す。


「あ、ありがとうございました」


「い、いえ、こちらこそ」


 女性はぺこっと頭を下げると、とてててっと駆けていく。


 自動ドアにぶつかるんじゃないかってくらい、慌てている。


 僕が見ていると、女性は外に出てから振り返り、もう一度頭を下げた。


 それから駐車場に停まっていた車のドアを開けようとし、止まった。


 女性はマフラーで顔半分を隠した不審者となり、再び入店。


 完全に俯いて顔を見せずにレジ台まで戻ってくると、ビニール袋をレジ台に置いた。


 あ。そっか。僕がさっき普段のくせで袋を渡しちゃったから、彼女は持ち帰りそうになったんだ。


「恥ずか死しそうです……」


 そう呟いて、女性は顔を上げずに去っていった。


 現実世界にも、こんなにポンコツやらかす可愛らしい人っているんだなあ……。

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Aランク配信部を追放されたVオタの僕、配信の神と出会いS級タレントとともに最強のVTuberグループを作る~みんな僕のこと好きすぎまである~ うーぱー(ASMR台本作家) @SuperUper

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