ハンバーガー

 車の運転席に取りつけたホルダーで、スマートフォンがAIアシスタントを起動させている。そのAIによる合成音声で、相手が東城花音と名乗った。あの屋敷の主の娘だという。

 それはつまり、屋敷の火事で亡くなった女の子ということだろうか。その女の子が今准と話をしている。にわかには信じ難い。スマートフォンを通して霊と会話しているということなのだ。

「ヤラセだな」

 准はいつもの癖で、動画にした時の視聴者の反応を予想した。こんな簡単に霊と会話できるなら、誰も苦労しない。全国津々浦々スピリットボックスを持って心霊スポットを回る奴なんていない。

『ヤラセってなによ』

 AIが喋る。本当に人間のような反応だ。最近のAIはすごい。

『私は正真正銘、東城花音よ。そしてあなたは私の執事の澤屋』

「は? 執事?」

『私と話す時は敬語を使いなさい。そして私のことはお嬢様と呼ぶように』

 こいつは何を言っている? どうして自分がこんな高飛車な女の子の執事なのか。

「俺の名前は雨宮准だ。そしてあんたの執事なんかじゃない」

『嘘ばっかり。私を騙そうったってそうはいかないわ』

「もしお前が――」

『お嬢様とお呼びなさい!』

「おじょ、花音があの屋敷の娘だとしたら、執事は既に亡くなったはずだ」

 確か松丸がそう言っていた。女の子を火事から守ろうとして一緒に亡くなったと。

「だが俺はどう見ても生きている人間。何をどう間違えたのか知らないが、俺が澤屋という執事のわけないだろう」

『そうね、確かに。澤屋はあなたのようなアホ面ではなかったわ』

「誰がアホ面だ!?」

 今自分は一体何をしている? AIが何かしらのバグを起こしたのか? それとも本当に女の子の霊が喋っているのか?

 准は助手席に乗っているビスクドールを見やる。この人形は洋館の女の子の部屋にあったものだ。それがなぜか外に落ちていて、拾ってきてしまった。この人形に女の子の魂が入っているとでもいうのだろうか? そういえば洋館の部屋でこの人形を目にした時もどこか奇妙だった。人形には魂が入りやすいと言われるが、准はそういう話はあまり信じていない。心霊動画を扱っていながら、霊の存在をあまり信じていないのだ。疑っているというよりは、本当に存在するなら実際に観察される対象として現れてほしい。そして今それが観察されつつある。

『早く車を出しなさい。ハンバーガーが食べたいって言ったでしょ』

「おあいにくだけど」

『なによ』

「あんたの話が本当なら、あんたはもうハンバーガーを食べられない。だって死んで霊になってるんだからな」

 花音は押し黙った。妙な間が空く。

 そして次の瞬間。

『うわああああん!』

 車内に大音量の泣き声が響いた。

「おい、どうした、大丈夫か?」

『うわあああん! うわああああん!』

 見ると、助手席のビスクドールの蒼い瞳から涙が流れていた。表情もどことなく悲しげに見える。

「おーよしよしよしよし」

 准はビスクドールを抱き上げて上下に揺すった。

「ごめんよ。ごめんよ。悪いこと言ったな」

『うわああああん!』

「ごめんってば。ハンバーガー買ってあげるから」

『うわああああん!』

 准は花音が泣き止むまで辛抱強くあやし続けた。

 わがままで、高飛車で、ませていて、けれど彼女はまだ子供なのだ。この大号泣事変によって准はそのことを知った。

 そして既に自分がこの人形のことを亡くなった女の子として扱っていることにも気づいた。会話できる原理はわからない。ただ花音の魂は今ここにいるのだ。

 准は花音を腿の上に乗せて抱っこしている。片手でその滑らかな金髪の頭を撫でた。彼女が落ち着くまでそうしていた。

『ぐすん』

「悲しいよな、死んじゃうなんて」

『うわああん』

「大丈夫だって。心配すんな」

『うええん』

「俺はあんたの執事じゃないけど」

『ぴええん』

「一緒にいてやるから」



 准はその後車を走らせて、道沿いにあったハンバーガーショップでドライブスルーした。それから近くの大型ショッピングセンターの駐車場に車を停めた。

 ハンバーガーの包みを開けて、助手席の花音の前に置いた。ポテトとジュースもつける。

 准は黙って花音の様子を見守った。人形は動かないし、もちろんハンバーガーが減っていくこともない。けれど准はこの行為が無駄だとは思わない。あとは彼女がどう感じるかだ。

『澤屋』

「俺は澤屋じゃない」

『雨宮』

「大人にはさんをつけろさんを。まあべつにいいけど」

『ありがとう』

「どういたしまして」

 昇の死の原因を探るつもりで来たはずなのに、事態は思わぬ方向に進んでいた。

 准はこの日はもう東京に帰ることにした。考えたいこともたくさんあるし、花音に訊いてみたいこともある。

 夜陰のイベントで友人を失ってから、准の心はずっと沈んでいた。

 まだ立ち直るきっかけを得られたわけではない。

 だけど少しだけ、兆しがあった。

 微かな温かさ。

 自分は一人ではない。

 傍に彼女がいたからだ。

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