西へ

 SNS上では、たちまち「例の動画」の話題が沸騰した。

 夜陰の山梨県T邸の監視カメラ映像。昇が死んだ場面。

 動画は削除されてもまたすぐにどこかでアップされていく。心霊好きだけではなく、世間一般多くの人間の目にも留まることとなった。子供が何度も何度もその動画を再生して見ているのを発見した母親が卒倒したという話もあった。

 心霊動画の投稿が停止した准のアカウントにもコメントが殺到した。鋭い視聴者はすぐに気づく。例の動画の死亡者が、准のアシスタントの昇であるということに。昇は准の動画内でたまにしか顔を見せることがないのだが、それでもだ。

 准は動画の投稿が停止してから、視聴者に対して何の声明も出していない。まさか准まで死んだのかという声も上がったが、准は一切の反応をしなかった。する気力がないというのもあるし、昇のことは個人的に決着をつけてから話したかった。准もまだなにが原因で昇が死んだのかわかっていない。

 准はネットで『夜陰-YAINN-』のホームページを開いた。

 血を連想させる真っ赤な壁紙。

 そこに『-YAINN-』の文字とシンボルマークであるイラストが表示される。

 コウノトリと、それに咥えられる布にくるまった赤ん坊だ。


おぎゃあ おぎゃあ おぎゃあ


 このホームページは音が鳴る。赤ん坊の泣き声だ。


オギャア オギャア オギャア


 赤ん坊の泣き声がボイスチェンジャーを使った野太い男の泣き声に変わった。

 准はスマホの音量を消した。とても不快な声なのだ。

 イラストの赤ん坊は髪の毛が無く、両目を閉じている。そして片方の目に釘が突き刺さっている。この絵も不快だった。

 画面をスクロールし、コンテンツを表示させる。現在夜陰では複数箇所の事故物件でイベントが開催されている。山梨県T邸は夜陰の一番新しい物件だ。

 物件の説明、イベントの注意事項、そしてイベント参加の予約を行うカレンダー表がある。夜陰ではグッズ販売も展開されている。とても人気で、軒並み売れ切れだ。松丸はそれとは別に個人的に曰くのある呪物をオークションで取引しているらしい。きっとあいつが一番呪われている。

 松丸は夜陰のオーナーだ。夜陰の心霊動画でたびたび登場する、夜陰の顔。しかし彼の素顔は見たことがない。常にお面をつけているのはプライバシー保護のためだろうか。

 夜陰は名のある配信者の動画投稿をきっかけにして有名になった。イベントは盛況で、数ヶ月先まで予約で埋まっている。しかし「例の動画」の件で、予約のキャンセルが相次いでいるらしい。ただそれ以上に熱狂的な参加者の応募が殺到しているようだ。恐ろしい事態になっている。これも「夜陰の演出」なのだろうか。

 准は山梨県T邸の予約カレンダーを確認してみたが、空きは一切なかった。これからどうするべきだろう? 松丸から昇の死に関する有力な情報が得られるとは思えない。あの現象は心霊現象だったのか? 少なくとも、警察は松丸が昇を殺したわけではないと判断したのだろう。

 准は夜陰のホームページを閉じ、大きく溜め息を吐いた。


カタカタ


 自宅のデスクに向かって座っていた准は、急に背後から音が聴こえてビクリとした。

 後ろを振り返ってみる。


カチャン


 棚から勝手に物が落ちた。もちろん部屋の中に自分の他に人はいない。

 息を殺して待ってみたが、それ以上なにか起きる気配はなかった。

 准は椅子から立って落ちた物のほうに近づいていった。さっと拾い上げる。

 車のキーだ。棚の上にあったそれが床に落ちた。

 准は手の平の上にあるそのキーをしばらく見つめた。

 そこから思考を連想させる。

 そして、明日の予定を決定した。



 翌日の昼過ぎ、准は車を東京から西へ走らせていた。

 向かう場所は決まっている。夜陰の山梨県T邸だ。

 夜陰のイベントは夜から翌朝まで行われる。つまり、昼の間は屋敷に人間はいないのではと准は考えた。スタッフが出入りしている可能性はあるが、少なくともイベント参加者はいないだろう。

 その隙に、准は屋敷の様子を探ってみようと考えた。なにか昇の死に関する手がかりが得られるかもしれない。

 昨夜、准は妙な感覚があった。普段心霊スポット巡りをしていても、自宅で現象が発生したことは一度もない。しかし昨日、棚の上から勝手に車のキーが落ちた。准はそれがただの偶然ではなく、一種のお告げのように感じられたのだ。

 あの場所に呼ばれている気がした。

 山梨県に入り、車は大通りを外れ、森の中へと入っていく。

 准は洋館から少し離れた場所に車を停めた。そこからは徒歩で向かう。

 あの屋敷で味わった恐怖が徐々に蘇ってきた。昼なのに日差しは木々に遮られ、辺りは薄暗い。

 洋館の外観が見えた。そして、門の前に人がいた。准は陰に体を隠しつつ様子を探る。

 初めはスタッフがいるのかと思ったが、どうやら様子がおかしい。門の前で何もせずただぼーっと突っ立っている。男性のようだ。

 少し経つと、その男は動き出した。門の横の塀に体を預けるようにして正面からくっついた。そして両手を勢いよく上下に動かし始めた。准にはそれが男が手の爪で塀をひっかき回しているように見えて、ぞっとした。一体何をしているのか?


うああ うあああ


 男は唸り声を上げながら爪で塀をひっかき続けた。やばい人間がいる。准は恐怖を感じて口元を手で押さえながら一時待避しようとした。

 そして下がろうと後ろを振り向いたところで、すぐ背後に立っている女と目が合った。

 女は手にロープを持っていた。

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