第二夜・ビスクドール

流出

 准が夜陰の事故物件、山梨県T邸から帰ってきてから、数日が経過していた。

 准はこの日の中古車販売店での普段の業務を終え、マンションの自宅に帰宅した。荷物を雑に放り投げ、ソファの上に力尽きたようにダイブする。

 准はあれから毎晩悪夢にうなされていた。内容はあまり覚えていないこともあるが、決まって出てくるのは昇の生首だった。首から上だけになった昇が准に話しかけてくるのだ。「准さん、ラーメンは何味が好きですか?」「バカ、今はそれどころじゃないだろ。昇、お前は。お前は……」

 あの日、夜中に到着した警察からの聴取を受け、帰宅許可が出たのは日が昇ってからだった。一睡もしていないまま、自分の車で自宅のある東京まで車を走らせた。覚束ない運転で途中何度か事故を起こしそうになったが、無事家に帰宅した。

 洋館で撮影した映像は、全てお蔵入りだ。そもそも今後何かしらの動画を投稿する気力もない。友人が死んだのだ。自分は甘く見ていたのかもしれない。心霊動画を撮るという行為を。

 なぜ昇があんな目に遭ったのか、どうやったらあんな死に方をするのか、誰も教えてくれなかった。警察でも判断がつかないのかもしれない。昇の首は何もない状態でいきなり飛んだのだ。監視カメラの映像がそのことを証明している。

 誓約書にあった通り、夜陰は参加者の死に責任を持たない。今後准が精神を病んで苦しんだとしても、それも自己責任となる。昇の死に関しては、准は自分に責任を感じていた。自分がもっと冷静に行動していれば、昇の死を招いてはいなかったかもしれない。

「雨宮さん。あなた勝手に地下室に入りましたね」

 屋敷の中の監視カメラの映像を確認していく過程で、松丸がそのことに気づいた。准は黙って頷くしかなかった。立ち入り禁止区域に無断で立ち入った時点で、イベントは即中止される事項となる。准は後ろめたさがあったし、上の階にいれば昇が入口から入ってきたことに気づいたかもしれないという後悔もあった。

 准は昇の家族構成を知らない。独身だということは知っているが、昇の死後誰に連絡を取ればいいのかわからない。葬式があるのなら赴きせめて手を合わせたいと願ったが、警察も何も情報をくれなかった。自分は昇の家族から恨まれるだろうか。自分に付き合い事故物件にやってきたことで、昇は死んだのだ。

 准は体も精神も疲弊していた。友人の死のショックから立ち直れる気がしない。

 腹は減るが食欲が湧かず、何もしないまま時間だけが過ぎていく。

 眠れる気もしないので、意味もなくスマートフォンのスリープを解除した。いつもの癖で何気なく動画サイトを開く。トップページにおすすめの動画として、他の心霊動画配信者の『夜陰』の動画が上がっていた。有名どころの配信者はだいたいみんな夜陰の事故物件の撮影をしたことがある。自分もただその序列に加わるだけのはずだった。

 准は『夜陰』の文字に拒絶反応を起こし、さらさらと画面をスクロールしていった。

 そしてその動画を見つけた。

 動画のタイトルは『・・・』だ。

 動画のサムネイルに人の生首が表示されている。

 それは昇の首だった。

 准は無意識のうちにタップしてその動画を開いていた。

 その動画では、暗視カメラによる室内の映像が映っていた。左上に日づけと経過していく時刻が表示されている。

 ドアが開き、部屋に人が入ってきた。

 昇だ。

 昇は少し動いてはぼーっと立ち尽くすという行動を繰り返した。

 ドクッ、ドクッ、という音が鳴り始める。

 画面が歪んだように見える。

 ザクッ。

 昇の首が飛んだ。噴水のように体から血が飛び出る。

 昇の首はテーブルの上に着地した。

 残った体は壊れた人形のように倒れ込む。

 そこで動画は終わった。

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