錯乱
目を見開き、どこか雄々しいとも思える雄叫びを上げているような昇の顔。その首から上だけが、まるで食卓から生えているようにそこにいた。テーブルの上で赤い液体が伝い、縁からポタポタと床に垂れて音を立てている。
准は目にしたものの衝撃でよろめいてソファにぶつかり、尻もちをついた。ガタガタガタと音が聴こえたが、それが体の震えで自分の歯が立てている音だとすぐには気づかなかった。
暖炉の中にある首の無い体と、テーブルの上の首だけを交互に何度もライトで照らして見比べる。二つのパーツは切り離されていた。はさみで切ったのだろうか? いや、昇の体は紙切れじゃない。
くっつけたほうがいいだろうか? なにでならくっつけられる? セロテープでいけるか? ガムテープのほうがいいだろうか?
いや、くっつけたところでもう遅い。
昇は死んだのだ。優秀な准のアシスタントが。友人が。
後で一緒にビリヤードをやろうと思ったのに。ここで一泊して撮影を終えたら、帰りに一緒にラーメンでも食べようと思っていたのに。
それだけか? いやもっといろいろあるはず。とにかく今はまったく頭が回らない。目の前の光景をまだ脳が処理できていない。
昇は死んだ。首がちょん切れて。
誰が昇の首をちょん切ったんだ? どうして昇はここにいる? 外の車にいたはずじゃ。
ちょん切れた。刃物はどこだ? 誰が昇を殺した?
ちょん切れた。自分でやったのか? いやどうやってだ?
ちょん切れた。松丸はどこだ? 帰ったのか?
ちょん切れた。近くに誰か潜んでいないか? 探したほうがいいんじゃないか?
ちょん切れた。お前の首もちょん切れるかもしれないぞ。
ちょん切れた。
ちょん切れた。
ちょん切れた。
ウエッ。准は嘔吐した。床に溜まっていた昇の血液に吐しゃ物が混ざり込む。
誰かを呼ばなければ。誰を呼ぶ? 店長か? 校長先生か? いや、警察だ。
救急は? 現代の最新医療ならちょん切れた首も元通りに。
いや、昇は死んだ。もう帰ってこない。
昇の魂はどうなった? もしや、すぐ近くに昇の霊がいるのでは? 写真を撮ったら映ってくれるだろうか? 昇ならこちらの目的を理解して快くピースサインしてくれるはず。カメラはどこだ? カメラ! カメラ!
いや、なにを考えている。それどころではない。冷静になれ。
まずは松丸に連絡だ。きっとまだ外の車にいるだろう。
准は床に尻をついたまま、スマートフォンで松丸に電話をかけた。電話はすぐに繋がる。
『はい』
「雨宮です」
『雨宮さん。どうかしましたか?』
「昇が死にました」
『えっ? 昇って、アシスタントの平田さん?』
「はい。今、待機部屋にいます」
『死んだってどういうことですか?』
「首がテーブルで体が暖炉なんです」
『わかりません。なにかの事故ですか?』
「ちょん切れたんです。ちょん切れたんです」
『雨宮さん、落ち着いてください。今僕は外の車の中にいます。部屋の中に他に人はいませんか?』
「ちょん切れた昇がいます」
『今から僕もそっちに行きます。気をつけてください。誰か人がいるかもしれません』
「人? 人って、ラーメン作ってくれる人?」
スピーカーから車のドアを開け閉めする音が聴こえ、通話が切れた。
少しして、屋敷の玄関が開く音がした。足音が聴こえる。
急にライトの光で照らされ、准はそれを鬱陶しく感じた。
ドアが開いたままのリビングルームに入ってきた松丸は、准を見た後、昇の惨状を確認した。
しばらくの沈黙ののち、松丸は冷たくこう言い放った。
「これは、警察ですね」
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