発見
准はまるでなにかに操られるかのようにして、地下へと続く階段を下りていた。
レンガ造りの壁。等間隔で蝋燭立てが並び、階段には赤いカーペットが敷かれている。
階段の終点に着き、観音開きの扉が見えた。しばらくそこに立っていると、扉が内側に向けて小さく開いた。風で開いたわけではない。准も一切手を触れていない。
准は何者かに導かれているような気になった。二階の女の子の部屋に入った時と同じような感覚だ。准は扉を押し開けて、部屋の中に入った。
広いドーム状の空間。真ん中に台座があり、そこに向かって無数の棺桶が並んでいる。
初めこの部屋に入った時は不気味で怖かったが、今はなぜかこの光景が少し壮観にさえ思えた。
さすがに無断撮影はするべきではないと判断し、准はカメラを下ろしライトで照らしながら部屋の中を進んでいく。
ライトの光の先で動くものがあった。そちらを目で追っていくと、黒い影がいた。
子供のような大きさの、人型の影。闇風呂時に准が見たものと同じ気がした。
准はその影に対して不思議と恐怖を感じない。影のほうにゆっくりと近づいていく。
影はぼやけた黒い輪郭があるだけだが、確かにそこに何かが存在しているように思える。
「あなたは誰?」
准は影に向かって話しかけてみた。反応はない。影はただ静かに佇んでいる。
影のすぐ近くに棺桶がある。准はその棺桶が気になった。
「脅かしは無しだぞ」
自分でも誰に向かって言ったのかよくわからないが、准はそう言いながら棺桶に近づいて手をかけた。蓋を引き開ける。
棺桶の中の隅っこに、古びた缶があった。片手でライトで照らし、片手で缶を持ち上げる。錆びついたドロップ缶のようだった。果物のイラストと飴玉の写真が印刷されている。缶を左右に軽く振ると、中でごろごろと転がる音がした。飴玉が中に入っているようだ。さすがにもう食べられないだろうが。
准は缶を持ちながらすぐ近くにいる影を観察する。影に変化は見られないが、なぜかそれが満足気でいるように感じた。この子がこの場所に飴を隠したのだろうか。
准が持っていても仕方がないので、棺桶の中にドロップ缶を戻し、棺桶の蓋を閉めた。
ふふっ
子供の笑い声のような音が微かに聞こえた気がした。
もしかすると、この影は――。
ドクッ
突然音とともに全身を揺さぶられるような衝撃を感じ、准は驚いた。
ドクッ ドクッ
奇妙な音とともに視界が揺れる。心臓の鼓動のような。音は空間全体から響いているような感じがあった。
ドクッ ドクッ
まるで空間そのものが脈打っているようだった。バランス感覚がおかしくなる。床も壁も天井も歪んでいるように感じる。
ドクッ ドクッ
影がススッと動いて准の背中側に回った。まるで怯えて准の体を盾にするかのように。
ドクッ ドクッ
鼓動のような音に少し慣れてくると、准は音がどことなく上のほうから響いていることがわかった。
ドクッ ドクッ
音と振動は止まらない。准は地震が発生した時のように、ただその場で耐えるしかなかった。棺桶の中に入ったら安全だろうか? ただもし蓋が開かなくなったら困る。棺桶の中で遺体となるなんてそのままではないか。
ザクッ
なにかを削り取るような音が強烈に耳に響いた。准はその音がとても不快に感じた。しかしそれ以降音は消え、バランス感覚も普通に戻った。
今の現象は一体何だったのだろう? 周囲を確認すると、あの黒い影が消えていた。この部屋の中で他に変化はない。
准は音の発生源を探しにいくことにした。音は上の階から響いていた気がする。
地下室を出て、階段を上っていく。
ハッチから出て一階に着いた瞬間、准は猛烈な寒気を感じた。すぐに体が震え出す。歯がガチガチと鳴った。
震える手でハッチを閉め、カーペットをもとに戻す。
准はこの空間にいたくなかった。ものすごく嫌な感じがする。本能が拒絶を起こしていた。
目に見える異変はない。音もしない。けれど、ここは危険だ。准の中から恐怖が這い上がってきた。口から漏れ出しそうなほどに。
准は体を震わせながらエントランスに出た。玄関のほうへ歩いていく。
カチッ
左のほうから小さな音が鳴った。待機部屋のほうからだ。
そちらに向かうべきではない。本能がそう叫んでいる。しかし准の足は操られるようにそちらに動いた。
准は怖かった。その部屋の中にあるものを見ることが怖かった。
准の手が部屋のドアノブにかかった。自分の手が石のように硬い。
ドアノブが回り、ドアが開いた。
部屋の照明は点いておらず、暗くて様子はわからない。ライトを持つ手が上に上がらなかったので、准は暗いまま部屋の中に進んだ。
部屋の中には嗅ぎ慣れない臭いが漂っている。准は臭いの元に近づいていく。
靴の裏でぬるっとした感覚があった。床が湿っている。
准はライトを持つ手をどうにか上げ、目の前を照らした。
暖炉がある。
その中に、首の無い人間の体があった。
動揺でライトの光が揺れる。
そして食卓の上にあるそれがライトで映し出された。
昇の顔がそこにいた。
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