異変
准たち一行は、待機部屋である一階のリビングルームに戻ってきていた。
時刻は夜の十一時を回ったところ。この洋館に滞在して三時間は過ぎたことになる。
准は一度屋敷の前に停めた車に戻り、ここに来る途中のコンビニで買った食料を持ってきた。そのおにぎりとサンドイッチをテーブルの上に置く。
夜陰のイベントでは食事は出ない。いや、確かミッション『血』でなにかの血を飲めるんだったか。もし喉が渇いたらいただくとしよう。もちろん、それは冗談だ。
准は途中でリタイアせずに日が昇る翌朝までこの屋敷にいるつもりなので、そのための腹ごしらえの時間。
休憩時間のため、松丸は部屋の壁際に立ってスマートフォンを操作していた。それが仕事に関することかプライベートなことかはわからない。こんな時でも、彼は狐のお面を外さない。そこまで頑ななのはどうしてだろう。
准はおにぎりを頬張りながら、今後の予定を考える。夜陰が用意したミッションを続けるか。それとも松丸にはお引き取り願って、いつもの自分たちのやり方でこの屋敷の心霊検証を行うか。はたまたこの待機部屋でただゆっくりして明日まで過ごすか。
先ほど准たちはこの屋敷の立ち入り禁止区域となっている地下室を見てきた。無数の棺桶が並んでいるという異様な部屋だ。准はその光景が頭から離れない。あの棺桶は一体何なのだろう?
そして、松丸は言った。最終ミッションは、『闇棺桶』であると。地下室にあったあの棺桶の中の一つに入り、蓋を閉め、他の者は全員屋敷の外に出る。真っ暗闇のその状態で時間が来るまで待機。准は松丸のことを頭おかしいんじゃないかと思った。あの何が入っているかもわからない棺桶たちに囲まれて、逃げ場のない閉鎖空間の中じっとしていろと言う。常人であれば発狂してもおかしくない。あの部屋をみんなで回っただけで怖かったのだ。それを一人で、しかも棺桶の中に。しかもそれが全て「自己責任」だ。何の安全の保障もされていない。
准はその最終ミッションに挑むメリットは薄いと思った。他のミッションを全てクリアし、その上で最終ミッションをクリアすれば、イベント参加料金が返金されるという。だが准は他のミッションはまだ闇風呂しかやっていないし、挑戦するつもりもない。そしてそれよりも、准たちにとっては地下室の撮影が禁止されているというのがネックだ。自分たちはここで心霊現象の撮影をし、それをサイトでアップすることを目的としている。動画にもできない場所でただ一人で怖がってどうしろというのか。
だが、准の本能はその行為に惹かれてもいた。怖いものに刺激を求めている。元々そういう気質を持っていたからこそ、各地の心霊スポットを巡って撮影をするようになったのだ。
准があれこれ考えながらもしかすると最後になるかもしれない晩餐を食していると、傍にいる昇の手がまったく動いていないことに気づいた。
「昇、食べないの?」
昇の前のテーブルにも准と同じくおにぎりとサンドイッチが並んでいる。
「ちょっと食欲がなくて」
「大丈夫か? 途中も体調悪かっただろ」
「はい」
「もう休んでな。ここでもいいし、車でもいい。横になったほうがいい」
「はい」
昇の顔は若干青白く、そして目もどこか虚ろだ。それが本人の体調によるものなのか、それともこの場所のせいなのか、准たちには判断がつかない。心霊スポットに行った時、一時的に体調が悪くなってもその場所を離れたらすぐに回復するというのはよくあることだった。昇は一度この屋敷から出たほうがいいかもしれない。この場所との相性が悪いのかもしれなかった。准はまだ元気だから。
「松丸さん」
准はスマートフォンをいじっている松丸を呼んだ。
「はい」
「自分たちはもうミッションは終わりにして、気になる場所の撮影に移りたいと思います」
「わかりました」
「あとは自分たちでやるので、松丸さんは帰っていただいて構いません」
「それはありがたいです」
この人は最初からずっと帰りたがっていたからな。
「注意事項は全て伝えたので大丈夫だと思いますが」
「はい」
「一応僕ももうしばらく、十二時ぐらいまでは外の車で待機しています。なにかあったら連絡してください」
「はい」
「それ以降は僕も帰ってしまうので、もし不審者などを見かけたら警察のほうに」
「見かけないことを祈ります」
「鍵も渡しておきますね」
准は松丸から屋敷の入り口の鍵を受け取った。
「僕が出た後は、念のため鍵をかけておいてください」
「わかりました」
「明日の朝七時までの滞在。それで夜陰のイベントは終了です」
「オーケーです」
「それでは健闘を祈ります。良い夜を」
松丸はリビングルームから出ていった。本当に「良い夜」になればいいのだが。
「昇も外に出ておくか? 車で休んでたほうが」
「いえ、僕はここで大丈夫です」
「そうか」
「准さんを一人にはさせません」
「昇。お前ってやつは」
「准さんが何をしでかすかわからないので見張っておかないと」
「一言余計だよ」
屋敷の入り口のドアが開き、閉まる音がした。准は部屋を出て入口に向かう。少しだけドアを開けて、松丸が門から出て停めてある車のほうへ歩いていく姿を確認し、ドアを閉めた。そして鍵もかける。
それから准は一通り屋敷の中を回って他の人間がいないことを確認していった。
この屋敷で起きた現象が本物の心霊現象だったのか、それとも何かしらの仕掛けを施したヤラセだったのか、これから本格的に検証をしていくことにする。案内人の松丸もいなくなった。ここからが本番だ。
ひとまず待機部屋に戻り、昇と作戦会議をすることにする。
リビングルームのドアを開け中に入る。この部屋だけ照明が点くのでライトで照らさなくても明るい。
「昇」
「はい」
准はソファに座っている昇のほうに近づいていった。
昇の顔を見て顔色を確認しようとする。
「えっ?」
ツー、と准の体の中で冷たいものが流れた。
恐ろしいものが目に入ったのだ。
「昇」
「はい」
「お前、目玉は?」
「目玉?」
昇の顔の沈み込んだ眼窩が見えた。そしてそこに収まっているはずのものがない。二つの空洞ができていた。
「目玉どこやったんだよ!?」
准は動揺と恐怖でつい声が大きくなった。
「目玉? 何言ってるんですか准さん」
「お前の目玉だよ」
「目ならここにありますよ」
「えっ?」
次の瞬間、昇の顔にはちゃんと二つの目がついていた。少し血行の悪い顔色の他に変わりはない。
「あれおかしい。どうなってんだ」
「どうしたんですか准さん。疲れてるんですか?」
「そうかもしんない」
しかし見間違えだとは思えなかった。准には明らかに昇の目玉が無くなっているように見えたのだ。
「もしかして変なこと言って驚かせようとしたんですか?」
「いやそんなつもりじゃない」
「結構怖かったですよ。大きい声出すし」
「ごめん」
准は寒気がして両の腕をさすった。この屋敷でいろいろと現象が起こりすぎてつい妄想が働いたのだろうか。
「ああそうだ准さん」
「どうした?」
「僕の左手知りませんか?」
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