地下

 准は階下へと向かう真っ暗な階段をライトで照らしながら慎重に下り始めた。

 階段は予想以上に長く、下はかなりの深さがある。左右の壁はレンガでできていて、階段の中央部には赤いカーペットが敷かれている。だいぶ埃を被っていて、踏んだ箇所に足跡ができていった。壁際に等間隔でロウソク立てが設置されているが、もちろん今それに火は点けられていない。

 階段が終わり、階下に到着した。二階分は下りた気がする。すぐ前に観音開きの木製の扉があった。


コンッ コンッ


 扉の向こうからノックをするような音が聴こえた。

 コンッ、コンッ。

 准は何気なくノックを返してみた。

 その後音は返ってこない。

「何してるんですか?」

 准の傍に到着した昇が訊いてきた。近くに松丸もいる。

「ノックする音が聴こえたから、こっちもノックを返してみたんだ」

「どういう神経してるんですか?」

「いや、俺も自分でだいぶ頭おかしくなってると思うよ。さっきの闇風呂でネジ外れたみたい」

 地下は撮影禁止のため、昇はカメラを持っていない。松丸は相変わらずの狐面だ。

「ここは、何の部屋ですか?」

 准は松丸に尋ねた。

「ここはですね。うーん」

 松丸は歯切れが悪い。じれったさを我慢して准は待つ。

「僕らもよくわかっていないんですよ」

「はあ」

「ただ、何かしらの儀式をしていた場所なんじゃないかと」

「儀式?」

「それが降霊術なのか、悪魔崇拝的なものなのかはわかりませんが」

「なんかやばそうですね」

「はい。先ほども言いましたが、この部屋のことは他言無用でお願いします」

「わかりました。じゃあ、開けますね」

「はい」

 准は観音開きの扉を開けた。内部をライトで照らす。

「うっわ」

 准は鳥肌が立った。すぐに目に入ってきたものがある。

 棺桶だ。それも日本の葬式で見るような四角いものではなく、細長い六角形で、十字架のついた。

 その棺桶が、部屋の中に無数にあった。非現実的な光景だ。

 部屋の中はかなり広い。横幅だけでなく、天井も高い。そして少しドーム状になっていた。

 部屋の中央に台座のようなものが見えた。そしてそれをぐるっと取り囲むようにして、無数の棺桶が中央に向けて配置されていた。少なくとも二十以上の棺桶が。

 この洋館は、怪奇現象が発生することを除けば、まだ普通の住居だった。しかしこの部屋は明らかに異常だ。この部屋がたびたび発生した現象の原因のように思える。どうしてこんなに棺桶が。

「この部屋なんなんですか?」

「だから、僕らもわかりませんって」

 三人はまだ入り口付近で尻込みしていた。足が進まない。

「お墓、じゃないですよね」

 昇が口を開いた。

「お墓? まさかこん中遺体入ってんの?」

「さすがにそれはないと思います」

 准の疑問に松丸が答えた。

「遺体をそのまま入れていたら、腐ってひどい臭いがするはずなので」

「確かに」

 部屋の中は若干のカビ臭さはあるが、そこまできつい臭いは漂っていない。

「ただ、もしかしたら骨などは入っているかもしれません」

「やめてくださいよ。棺桶の中は全部確認したんですか?」

「してませんよ。怖くてできません」

 そのまま放置というわけか。この部屋を造ったのも元の持ち主だろう。

 准は少しずつ、部屋の中に進んだ。

 周りから一つや二つではない視線を感じる。

 つい棺桶からなにかが飛び出てくるんじゃないかという考えがよぎり、准は棺桶を背にすることができなかった。部屋の端っこから中央を向いた状態でぐるっと回るように歩いていく。壁際には先ほどの階段と同じようにロウソク立てがあった。


ガタガタッ


「うわっ!」

 近くの棺桶から音が鳴って准は短い悲鳴を上げた。

 音のした棺桶をライトで照らしてみるが、とくに変化はない。

「勘弁してくれ」

 松丸は部屋の入り口に立ったまま入ってこない。昇は准の後ろを恐るおそるといった感じでついてきていた。

「准さん。もう出ませんか?」

「怖いのか?」

「そりゃ怖いです」

「俺も怖い」

 この様子を撮影できないのは少し残念だ。

「なんなんだろうな、この部屋」

「准さん」

「わかったって。ただ一コだけいいか?」

「なんですか?」

「棺桶を開けてみる」

「マジですか?」

「マジ」

 准たちは部屋の中を一周回って入口に戻ってきた。

 准はなにか出てきてもすぐに逃げられるように、入り口付近の棺桶に狙いを定めた。

「松丸さん。この棺桶、開けてみてもいいですか?」

「はい。開けてみたいのなら。なにが起きても僕は知りませんけど」

 無責任な案内人だ。ただこのイベントは元々自己責任。

「じゃあ開けますよ」

 准は棺桶の蓋に手をかけた。

 恐怖で自分の息が荒くなっているのを感じる。

 指が震えていた。

 あるのは、一粒の勇気と好奇心だけ。

 ガバッ。

 准は棺桶の蓋を一気に開いた。

 中には何もない。

 ふー、と准は大きく息を吐いた。

「中に入ってもいいですよ」

「えっ?」

 准は振り返って松丸の顔を見た。そこにあるのはもちろんただの狐のお面。

「最終ミッションは、闇棺桶です」

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