お嬢様部屋
キイィィ
ドアが音を立てながら外側に向けて開いた。誰も触っていないにもかかわらず。
「カメラ、落ちました」
「えっ?」
准が振り返ると、昇がカメラを下げて操作をしていた。
「勝手に電源落ちた?」
「はい」
「バッテリー切れ?」
「いえ、バッテリーはあります。あ、点きました」
昇は再びカメラを構えた。
電子機器に異常をきたすのは心霊スポットあるあるだが、こんなタイミングで。
もしこれが霊の仕業だとしたら、部屋の中を撮られたくないということだろうか。しかしドアが開いたというのは招かれているようにも思える。どちらにしろ准に入らないという選択肢はない。飽くなき好奇心でずっとやってきた。
准は半開きのドアに手をかけさらに広げ、ライトで照らして部屋の中を見た。
そこには思わぬ光景が広がっていた。
まるでお姫様の部屋だ。天蓋つきのベッド。花びらのような形の照明器具。リボンとフリルのあしらわれたカーテン。ふかふかの丸いカーペット。五つも六つもある枕とクッション。花柄の壁紙。小タンスと造花。アンティークな机に丸鏡。
メルヘンチックで、そして異様なほど綺麗だ。埃一つない。作り物に見えてしまうほど。
「ここが亡くなった女の子の部屋」
「はい。正確には、女の子が亡くなった後に造り直した部屋のようです」
准の呟きに松丸が答えた。
「でも、その後もだいぶ時間が経っていますよね。この部屋を造ったのは元の持ち主のはず」
「はい」
「どうしてこんなに綺麗?」
「わかりません」
もしかすると、女の子と一緒に亡くなった執事が本当に未だに掃除をしているというのだろうか? それともそういう曰くを演出するために、夜陰のスタッフが陰でこそこそ清掃しているのだろうか? 後者のほうが現実的な考え方ではある。ただ個人的には死してなお主人に尽くすためにここで雇われていた執事が部屋を綺麗にし続けているというのは、面白い考えだと思った。
准は部屋の中に入り、ゆっくりと見て回った。
部屋の中から何かしらの気配を感じた。誰もいないのに誰かがいるような、そんな感覚。背筋が冷たくなるような、悪い感じはしない。ただどこからか観察されているような。
そして女の子の部屋を一通り見終えた准は、この空間に一つの違和感を覚えた。
それは、生活感の欠如だ。
誰かが暮らしていた形跡が感じられない。あまりにも整っていて、あまりにも綺麗だ。作り物の玩具のように。
この家の主人は、娘を幼くして亡くしたことがよほどショックだったのだろう。まるで女の子が亡くなったことを否定するように、この部屋を造り直した。だけどもうそこには、暮らすべき人間はいない。
准はこの家が幽霊屋敷となった所以がわかったような気がした。
生きている者の未練が、死者の魂をこの場所に留まらせている。そんな気がした。
「この家、お祓いはしたんですか?」
准は松丸に尋ねた。
「したという話は聞いていません」
「するつもりもない、と」
「まあ、うちらとしては曰くがあったほうがいいですからね」
「そちらも商売ですからね」
松丸はその言葉にはノーコメントだった。
准はそろそろこの部屋から出ようと思った。ここにいると怖いというより、少し寂しい気持ちになる。
カチッ カチッ
准が部屋の入り口に向かおうとしたこところで、部屋の中からラップ音が鳴った。准は足を止めて、周囲を見回す。
トン トン
壁を軽く叩くような音がした。もちろん自分たちの他に人はいない。
准は気になって、もう一度部屋の中を観察した。なんだか呼ばれている気がして、部屋の中央の天蓋つきベッドに近づいた。そこから視線を感じる。
准はベッドの上の掛け布団をめくってみた。
「えっ?」
准はそこにいたものと目が合った。
人形だ。フランス人形だろうか。美しい金髪に、蒼の瞳。深紅のドレス。子供の形を模した、精巧な人形。
「これって」
「ああそこにありましたか」
松丸がベッドの上の人形を覗き込んで言った。
「元からこの部屋に置かれていたビスクドールです。いつもは机の上に置いてあるんですけど、誰かが移動させたのかもしれません」
「誰かって?」
「前回この家に泊まったお客さんだと思いますけど」
准はもう一度人形を見返す。可愛らしいが、やけにリアルだ。この家の主人は何のつもりでこの人形をここに残したのだろう? 亡くなった娘のつもりなのか?
「この人形、なんだかすごい目が合うような気が」
「そう言う人多いですね」
「持ってもいいんですか?」
「はい」
准は人形を両手で抱え上げてみた。気になって、人形を左右に動かしてみる。気のせいかもしれないが、人形の目が准の顔の向きに沿って動いている気がした。
「そういう趣味があったんですか、准さん」
「はあ!?」
人形をあやしているとでも思ったのか、昇にからかわれるように言われ、准は人形をベッドに戻した。布団の中に隠したら息苦しいだろうと思い、布団はかけずにそのままにした。
最後にもう一度人形を眺めると、またドキッとした。
無表情だったはずの人形の表情が、少しだけ笑っているように感じられたのだ。
関連して、この部屋のドアが独りでに開いたことを思い出す。
准はなんだかこの人形に導かれたような気がした。
「これで全ての部屋を回りましたね。一度待機部屋に戻りましょうか」
松丸に促され、准たちは女の子の部屋をあとにした。
ヒタッ ヒタッ
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