潜入
准は門を開けて洋館の敷地の中に足を踏み入れた。後ろから夜陰の案内役の松丸と准のアシスタントの昇もついてくる。
「自分は他の配信者の動画ってあえてあまり観ないようにしているんですけど、結構たくさんの人がここに撮影に来ていますよね?」
准は狐面をつけている松丸に尋ねた。
「そうですね。おかげさまで」
「それに一般の人もここに泊まりに来られる」
「もちろん。ただ大抵の人は途中でリタイアしちゃいますけど」
「リタイア?」
「怖くなって、逃げ出しちゃうんです。翌朝まで持つ人は稀ですよ」
「なるほど」
「准さん」
准が松丸と話しているところで、カメラを回している昇が口を挿んできた。
「どうした?」
「今、二階の窓でなにか黒いものが動いた気がしました」
准は洋館のほうを振り向いた。落下防止のためなのか、鉄格子のついた窓が並んでいる。
「どの窓?」
「二階の、左から二番目」
「昇」
「はい」
「さっきからしれっと怖いこと言うのやめてくんない」
「怖いんですか?」
「まあ怖くないって言ったら、焼き鳥になる」
「二階の窓は目撃情報多いですよ」
准のジョークを無視して松丸が言った。准は二階の窓をライトで照らして見上げるが、人影のようなものは見えない。
近くでは虫の音のような、カエルの鳴き声のような音が響いている。洋館の前には一応道が通っているが、他は生い茂った木々に囲まれている。
准が洋館の入り口に近づいていくと、ドアの上に小さな光が見えた。機械がついている。
「監視カメラですよ」
准の疑問に答えるように松丸が言った。
「動体検知で人がいると作動するようになっています。建物の各部屋にもつけています」
「泊まりに来た人たちが物を盗んだりしないように?」
「それもありますが、このところ敷地内の不法侵入者も多いんですよ」
「肝試しとか?」
「それならまだましなんですけど。もっと精神に異常をきたした人というか」
「異常?」
「まああまり聞かないほうがいいですよ。それと監視カメラは基本的に生きた人間用ではあるんですが、たまにそうではないものが映ることもあります」
「なるほど。まあ自分たちはそっちを撮りに来てるんで」
「たいした肝っ玉ですね。ああそうだ、雨宮さん」
「はい」
「さっきの焼き鳥って何ですか?」
「今更聞くなよ! 恥ずかしいわ。時間差すぎるだろ。意味なんてないよ。ただのフィーリングだよ!」
「はあそうですか」
松丸が鍵を取り出して入口のロックを外した。
「どうぞ」
准は松丸に促されて洋館の両開きの扉を開けた。
中は真っ暗だ。准は手元のライトで内部を照らしていく。
「おお、広い」
思わず感嘆の声が漏れた。
吹き抜けのエントランス。正面に階段があり、踊り場に突き当たると今度は左右に階段が分かれそれぞれ二階へ繋がっている。洋館と言えばこれというような設計だ。天井を照らすと豪華なシャンデリアがぶら下がっていた。床に敷かれたカーペットも高級そうだ。かなりの金持ちが建てた家だろう。准が普段よく行くような廃墟(近所の居酒屋みたいな感じで言ってるなと自分で思った)は天井が崩れたり床が抜けていたり物が散乱したりしているものだが、ここはそこまで荒れ果てている様子もない。普通に人が住んでいそうな。
「この物件は夜陰が買い取ったんですよね?」
准は松丸に尋ねた。
「はい」
「街から少し離れてて不便とはいえ、かなり高かったんじゃないですか?」
「いいえ、格安ですよ」
「カクヨム?」
「いいえ、格安ですよ」
「どうして?」
「元の持ち主が手放して空き家になった後は、別荘として購入する人が多かったみたいなんですが、みんなすぐ出ていっちゃうんです」
「つまり、いろいろと現象が多発したから?」
「そうなります。それで買い手がつかなくなったところ、僕たち夜陰のところに話が回ってきたわけです」
「そして今こうして幽霊屋敷お泊まりイベントとして使用している、と」
吹き抜けの広い空間はやけに音が反響した。入口の扉を閉めると外で聴こえていた虫の音などが聴こえなくなり、妙に静かだ。静かではあるが、そこかしこから息を潜めているような気配を感じた。急に寒気がする。准は霊感はないが、肌で感じるものはある。これまでの経験からして、この場所はなにか普通ではないものが撮れそうな気がした。
「それでは、まずは一階から見て回っていきま――」
コツッ コツッ
准はすかさず音のしたほうを振り向いてライトを向けた。階段の途中の踊り場のほうだ。ハイヒールで歩くような足音。しかしライトで照らした場所には誰もいない。
准たちは顔を見合わせた。松丸は顔ではなく狐のお面だったが。松丸と昇の反応で、彼らにも足音が聴こえたことがわかった。
ドン! ドン! ダッダッダッ
今度はどこかの部屋の中から強く叩くような音と走る足音が響いた。
准は足が竦んで動けなくなった。あまりにもはっきりとした物音だ。先行きが不安になる。だが同時に、ワクワクもした。やはり自分はこの感覚が好きなのだ。
「すみません。僕帰っていいですか?」
案内役の松丸が恐怖で肩を竦めて言った。
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夜陰-YAINN- さかたいった @chocoblack
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