オープニング
「どーも、アマミヤです」
「えー本日は、山梨県の森の中にある事故物件、洋館T邸のほうへ来ております」
時刻は夜の八時。
アシスタントの
「かなり雰囲気がある場所ですね。この事故物件、いろいろと曰くがあるそうなんですが、今日は案内人の方に来ていただいています。早速お話を伺いましょう。イベント会社『夜陰-YAINN-』の
准はカメラの後ろで待機していた松丸を呼び込んだ。松丸が准の隣までやってくる。
松丸は中肉中背の男性だ。黒髪。やや猫背。上下黒のスウェット姿。手首に数珠を巻き、首から馬の蹄につける
「松丸さん。今日はよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
松丸とは既に先ほど挨拶を済ませているのだが、動画の視聴者にもわかりやすいようにカメラの前で改めて挨拶をした。
准は話を進める。
「それで、松丸さん。物件のほうも気になるのですが、まず一つ訊いてもいいですか?」
「はい」
「そのお面は何ですか?」
准は松丸がつけている狐のお面を指差した。
「これ? 普通のお面ですよ」
「いやいや。なんでお面をつけているのかってことです。それもイベントの演出の一つですか? なにか曰くつきのものとか?」
「違いますよ」
「じゃあどうして」
「シャイなんで」
「へっ?」
「お面つけてないと人と上手く喋れないんですよ」
お面をつけている松丸の顔面がこちらを向いている。その理由は本当だろうか? 胡散臭いにおいがプンプンする。
松丸はスラッとした体格や少し高めの声からして、まだ二十代のような気がした。
准は今年三十歳になった。普段は車のディーラーの仕事をしている。元々廃墟探索のようなことが好きで、それが高じて時間を見つけてはこうして動画を撮りサイトで配信するようになった。いわゆる心霊動画配信者だ。
アシスタントの昇は准の一つ下で、元は准の動画の視聴者だった。ある時SNS上で昇からの志願を受け、今はカメラマンとしてや動画の編集作業なども手伝ってもらっている。
「はい。シャイが本当かどうかはわかりませんが」
准は話を続ける。
「本当ですよ」
「先ほどちょろっと言いましたが、ここは普通の事故物件ではないんですよね。イベント会社『夜陰-YAINN-』が所有している物件という」
「はい」
「夜陰さんがこの建物を購入して、それを幽霊屋敷お泊まりイベントとして使用しているというわけですね」
「そうです」
ずいぶんと変わった趣向だった。お化け屋敷を作るのではなく、本物の事故物件を買い取ってそれをそのままイベントとして使用するとは。まあ変わっていると言うとこちらも他人のことを言えたものではないが。いつも人里離れた廃墟やトンネルに行って、恐怖でガタガタ震えながら存在するかどうかもわからない霊の撮影に勤しんでいる特異な人間なのだから。
「松丸さんもやっぱりそういうのが好きなんですか?」
「そういうのとは?」
「曰くのある場所に行ったりすることが」
「いいや、全然。ビビりなんで」
「そうなんですか?」
「今日も説明のために仕方なく来ていますけど、本当はこんな場所来たくないんですよ」
准は松丸の表情を見ることができないのでその狐面を見つめる。まだこの松丸という人間の人物像が定まらない。お面を被った奇抜な格好をしているくせに、シャイでビビりだという。
その時、准と松丸のやりとりを撮影していたアシスタントの昇が、急にカメラを向ける方向を変えた。
「どうかした?」
気になった准は昇に話しかける。
「今、建物のほうから音が聴こえました。ドン、ドンって」
准は後ろを振り返った。人里離れた森の中に佇む二階建ての洋館。庭も広くかなり立派な家だ。ところどころ荒んだ外観は年月を感じるものの、暗がりの中でも存在がある。そびえ立っているというような。昇はその洋館のほうから音が聴こえたらしい。准は話に夢中になっていて聴こえなかった。
松丸も同じく洋館のほうを振り返ってじっとしている。
急に緊張感が増した。
「えっとそれじゃあ、そろそろ建物のほうに――」
ドン、ドン ガタン
准が話そうとしたところで、今度は准にもはっきり聴こえる音が鳴り響いた。叩くような音と、ドアが閉まるような音。
その場にいる三人は黙り込んだ。
風の音がやけに大きく聴こえる。神経が過敏になっているのだ。
「一つ、忠告しておきますね」
狐面の松丸がぼそっと言う。
「今日は夜陰のイベントという形で来ていると思いますが、僕らは建物の中に仕掛けとか、人を配置して驚かせようとしたりするヤラセは一切しません。仮にあの中に人がいたとしたら、そいつは完全に不法侵入者です。もし見つけたら危険なので逃げてください。僕も真っ先に逃げます」
逃げるのかよ、と准は思った。
「誓約書にサインもしてもらいましたよね。僕らは今夜起きる出来事についてなんの責任も持てません。全て自己責任でお願いします」
「……OKです」
准は普段から廃墟探索をしている身なのでそれぐらいわかっているつもりだが、そこまで念を押されるとさすがに不安になった。
これからあの洋館で一泊、事故物件に泊まってみようイベントが開催される。今更引き下がれない。イベント参加料金もなかなか高かったのだ。向こうも商売でやっている。
「では、どうぞ」
松丸が洋館のほうに向かって手を差し出した。先に行けということらしい。
「松丸さんが先頭なんじゃないんですか? いろいろ説明してくれるんですよね?」
「そうですけど。まあ先頭は怖いので」
とんだビビりな案内人だ。
こんなところで尻込みしても時間の無駄なので、准は洋館に向かって歩き出した。
闇夜に佇む噂の幽霊屋敷。
そこかしこにある鉄格子のついた窓からこちらを窺っているような視線を感じる。
見られている。
まだ暑さの残る秋口だが、ひんやりとした寒さを感じた。
引き返せ、と意識の底にある本能が訴えかけてくる。
それでも進むのは、霊という抽象的なものを形として見たいという、好奇心だ。
准はその洋館の入り口の門に手をかけた。
フフッ
フフフ
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