第21話

2008年 1月 冬


「兄弟、もう兄貴には付いていけへんゎ」


 電話は学からだった。


 散々信也の悪口を言い、それで気が済んだのか、さっさと電話を切ってしまった。


 最近ずっとこの調子だ。


 次郎は少し気に成って、信也に電話を掛けてみる事にした。


「信ちゃん最近、学と上手く行ってないんやろ?」


「学、何か言いよったと」


「え、いや、別に、何となく」


「別に本当のことを言ってもよかばい」


「どうしたん、何かあった?」


「あいつヤバイゎ。もう限界やね」


「何が」


「俺、あいつのやる事が怖いんよ、あいつのシノギが…」


「何よ、そのシノギって」


「次郎ちゃん、学とは関わらん方が良いよ。俺は責任取れんばい」


「ちょっと、どうしたん信ちゃん」


「あいつのシノギって、強盗ばい」


「はぁ、強盗?」


「あいつ毎日強盗しよるんよ。ビックリするって。もう関わり合いたくない」


「信ちゃん、それでも舎弟やろ」


「あいつ俺が、そんな事辞めろって言っても聴かんのよ」


「そうなん」


「そうよ、もう怖いの」


 いつの間にか、信也の喋り方がオカマみたいに成って居た。


 信也による学の話しは、凄まじいものであった。次郎は少し驚いた。


 強盗で得た金は、その日の内に使い切る様だ。二日ともたない。


 スパッと使い切って、その夜また、強盗に行くと言う生活をずっと続けて居るらしい。


 プロレスラーが被るマスクを着けて、寝静まる民家に、窓から入るのだ。


 勿論、家主はビックリする。声も出せないほどの状態に成るのだ。


 それもそうだろう、よる寝て居たら、いきなり覆面を被った大男が「こんばんは」と窓から侵入して来るのだ。


 そして、ロープでグルグル巻きにされる。頭からガソリンを、バシャバシャと掛けられて、ライターを擦りながら「お金どこ?」と大男が聴いて来るのだ。


 信也曰く、それで百パーセントお金の在り処を吐くとのことだ。


 そんな状態にされて、吐かない人間は居ないだろうと、次郎は思った。


 それでも吐かない剛の者も居る。そんな時は、持って来た文化包丁で、軽く刺して行くのだ。当たり前だが、恐怖に慄くだろう。


「怖いの」


 信也が叫んだ。


 学とは、そんな事をする男なのだ。


「信ちゃん、それでも毎日は言い過ぎやろ」


 話しを聴いた次郎が言った。


「本当よ。嘘じゃない!」


 信也が叫ぶ様に応えた。


 それが本当なら大事件だ。学とは、少し距離を置いて付き合った方が良いかも知れないと、次郎は思った。あいつはヤベー奴だ。




 それから暫くして、次郎の元に一つの情報が入って来た。


 話しを持って来たのは、次郎の顧客で吉田と言う名のポン中だ。


 吉田の話しによると、現金で二千万ほどを置いて居る家が有る。その家は夫婦の二人暮しで、夜は夫婦で経営する居酒屋に居て、朝まで帰って来ないと言う。


 家にはセコムのステッカーが貼って有るのだが、吉田曰く、それはダミーらしい。


「二千万は確実に有るから、誰かその家に取りに行く人間は居ませんか。そして金を手に入れたら、自分に一割下さい」


 シャブの金欲しさに、吉田が言って来た。


 行くなら場所を教えると言う。


 そんな都合の良い家が有るものかと、次郎は思った。


 あわよくば、吉田は何もせずに二百万円を手にする事になるではないか。


 そんな都合が良い話はない。


「もしその家に入ったとして、お前の言う通りの金が無かった場合はどうするんや。責任取れるんか?」


 少し頭に来た次郎は、そう言って吉田を詰めてやった。


 それでも吉田は「必ず有りますから」と言い張って効かない。


 その時は、それだけで吉田と別れた。


 そんな旨い話しが有るものか、だいたいその家に入る様な奴に知り合いは居ない。


 前にシノギを一緒にして居た、中国人たちなら喜んで入るだろうが、今ではもう付き合いが無い。


「いや、居る!」


 思わず次郎は叫んだ。


 おあつらえ向きの人間が、一人居た。


 学だ。


 あいつなら喜んで行くに違いない。


 次郎は、ジグソーパズルのピースがハマる様な、この感じが好きだった。


 あっちとこっちを掛け合わせて、正解に成る。このワクワクする様な感覚が、好きなのだ。たとえそれが犯罪でも関係無いのだ。




「兄弟、俺にピッタリのシノギってホンマ」


 学には何も伝えず連れて来た、サプライズである。


 家の場所は吉田から、ちゃんと聴いてある。


「学、お前にピッタリな仕事が有るんや」


「兄弟、それは電話で聴ぃてる」


「ふふふ、じゃあ今から発表しま~す。ジャ~ン」


 次郎はそう言って、その家を指差した。


「実はこの家に二千万円ありま~す。今、留守で~す」


 次郎は学が喜ぶ顔が見たかったのだが、学の反応は違った。


「えっ」


 学は明らかに怯えた顔をした。


「ん、どうした?オマケに今この家には誰も居らんのやぞ。朝方まで留守や」


 次郎がそう言った途端、学はいやいやをした。今にも泣き出しそうだ。


「兄弟、ムリ~。無理、無理、ムリ~」


「へ?お前の得意分野やろ」


「無理や、兄弟が入ってや」


 次郎は意味が解らなかった。もしかして信也に嘘を付かれたのか。それとも実は、学は張子の虎だったと言う事か…


「何やお前、強盗ばっかりやっとるんやろ?」


「せやで、強盗ばっかりしとるで。でもこれは無理やで。ワシ怖いねん」


 学は本当に怖がって居た。


「まったく…毎日強盗して居るお前が、何を怖がっとるんや?」


「兄弟、中には誰も居らんのやろ?と言う事は、いつ帰って来るか解らんのやで。その中で、何処に有るかも解らん金を、ドキドキしながら探さな成らんのやろ?そんなん無理やで」


「え?人が居った方が良いってこと?」


「せやで、人が居ったらそいつを攻略してしまえば後は楽勝やで。金の場所もそいつが知ってるし・・・」


「じ、じゃあこの家は?」


「ムリ~、心臓が持たん」


 成程、そう言うコトね…納得。




 吉田には、入らせたが金など無かった。どうしてくれるのか!と詰めてやった。


 その日、吉田は飛んだ。(逃げた)




 しかし、学は本物だ。


 だがピントはずれて居る。怖がる所が普通と違い、かなりずれて居る。まぁ、しかし頭がずれて居ないと強盗などは出来ないのだろう。


 とんでもないサイコ野郎だ。


 次郎には強盗は無理だろう。もし背に腹は代えられない状態に成り、一か八かの場に成ってみないと解らないが、学みたいなのは絶対に無理だ。


 奴は、ちょっとウィンドウショッピングでもしよう、的な感じで強盗をして居るのだ。


 本物のヤベー奴だ。


 つい先日も「兄弟の家に遊びに行って良いか?、その前にコンビニに寄って行くけど、何かいる物ある?」と聴いて来た。


 次郎は「別に何も要らん、気を遣わんでも良い、待っとくわ」と言って待って居た。


 しかし、いつまで経っても来ないのだ。


 電話も出ない。


 次郎がもう疲れて寝ようかと思って居た頃に成って、やっと訪ねて来たのだ。


 遅れた理由を聞くと、コンビニで強盗をして来たと言う。


 確かにコンビニに寄るとは言って居たが…




 もしパクられたとする。


 公判の時、一番の争点は発言である。「金出せ」とか「殺すぞ」的な発言をしたが故に、窃盗が強盗に成ったりするのだ。


 しかし学が強盗に入る時は、まず始めに「強盗じゃい、金出せや、殺すぞコラァ!」と言うらしい。


 知ってか知らずかは解らないが、己自らの刑を重くする行為だが、実に男らしい。


 バカなのかも知れない…


 きっとそうやって、自ら退路を断って居るのだろうと、次郎は踏んでいる。


 始めに退路を断つ事によって、もう引き返す事が出来ない状態を作ってしまう。


 自分を追い込むのが、すごく上手いのだ。




 問い、しかし何のために?


 答え、奴がとんでもないサイコ野郎だからだ…




「よし、学とは少し距離を置いて付き合う事にしよう」


 いつか、とんでもない事件に巻き込まれる様な気がして成らない。

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