第20話

「健一、俺はお前を可愛がって来たつもりだが、お前は俺を売ったんやな?」


「はい、売りました…すいません…すいません」


「今までにもこうして、警察に売った奴は居るんか?」


「は、はい…居ます」


「お前は 外道やのぉ」


「すいません、すいません、すいません…」


「いや、すいませんじゃ、済まんの。 お前はこの先、生きていてはならん人間や」


 健一は土下座して泣きじゃくって居たのだが、次郎の言葉に一瞬ギョッとして、顔を上げた。


「お前は俺を売ったんや。 この俺をなぁ…分かっとんのか、ゴラァ~ッ!」


 最後の怒鳴り声は、コラ~ッとゴルァ~ッの中間の声で発音した。


 その瞬間ビックリしたのだろう、健一は、ピョコンと立ち上がった。


「誰が立って良いって言ったんか?」


 その瞬間また健一は急いで土下座の体制に身体を戻した。


 まるで、立ったり座ったりする子供のおもちゃみたいだ。


 取りあえず少し落ち着いてきた次郎は、いま自分の置かれた状況をどうするか考えた。


 どうするべきなのか、しばらく考えてみたが、答えは出ない。


 実際、他の人なら、次郎の立場と同じ状態にあれば、いったいどうするだろうか?


 一人一人どうするのか、正解を聞いて回りたい衝動にかられる。


 どうするべきか…


「おい健一、電話かせや!」


 ゆっくりと泣きはらした顔を上げ、健一がいやいやをした。


 この期に及んで、断る積もりだろうか?


「お前、2回も同じこと言わせるなよ」


「は、はい、すみません。 ど、どうぞ」


「本山の番号はどれか?」


「その本部長と出ている番号がそうです」


 どうやら本山は警察組織内では本部長の役職を持っているようだ。


 ただの平刑事ではないと言うことだ。しかし本部長とは…


二代目足立組での影山の役職と同じではないか。


 一瞬笑いそうになった。


 健一から携帯電話を取り上げ、本部長とある部分にアイコンを合わせ、発信ボタンを押した。 


「畠中やけど。 あんたら俺を捕るつもりかな?」


「そのつもりで動きよったんやけど、こうして電話して来るくらいやけ、今捕りに行っても何も出らんやろ? 内定は中止ばい」


「へ~、そりゃ良かった。 それにしてもあんたら、汚い捜査しよんなぁ」


「捜査にキレイも汚いも無いばい。 それよりも健一はそこに居るんね」


「ドブネズミなら、ここに一匹居る」


「どうするつもりなん?」


「あんたら四課なら分かるやろ? こうなったドブネズミの末路くらい…」


「手は出したらつまらんばい」


「こんなして巻き込んだのは、そっちやろ?何かあったら責任とらなよ」


「じぶん分かっとるんね?今話しよる相手は警察官ばい」


「しかしこのガキは俺を売ったけね、あってはならん事やね」


「許してやりぃよ。じぶん、捕られてないやない」


「今後も捕られんって保証がない」


「今後のコトは約束出来んけど、今回のコトでは絶対に捕らんから。 約束するけ、許してやりぃよ」


「…」


「手を出したらじぶんが損をするだけばい、俺らは見過ごす事が、出来んなるばい」


「俺だけじゃないやろ、コイツに売られて捕られたのは。 そこら辺を詳しく全部聞こうかと思っとる」


「ちっ、それ健一から聞いたん?健一がしゃべったとね」


「人数と名前を聞くだけやわ。 後は俺がきっちりと、その人間に伝えるだけや」


「健一は県外に出すばい。 それで許してやってもらえんかな? 警察敵に回しても良い事なんか、何もないばい。 今回は俺らに恩を売っときぃよ」


「そうやね、今回はそうしようかな。 その代わりこのドブネズミだけは、2度と俺の目に触れんようなとこまで連れていってくれや。 じゃないと俺、ホントに殺すかもよ」


「自分もう一回言っとくばい。 今話しよる相手やけど、警察官ばい」


 その後、本山とは健一をどこで引き渡すのかを決めて、電話を切った。


 健一は下を向いて、震えている。


 本山には、健一に一切手を出さないと言う約束をさせられた。


 今回の件では捕られないだろう。


 しかし他所の警察署が来る可能性はあるかも知れない。


 実は警察官どうしで裏取引が成立していたとしても、こちらでは調べようがない。


 俺たち裏側の人間にとって、警察とはどこまでも平行線だろう。


 おとなしいので健一の方を見ると、スヤスヤと眠っていた。


 本山と約束していたのだが一発だけ、思いっきりゲンコツを頭に放り込んでやった。


 これくらい良いだろう。


 我慢できない。




「ホント、捕らんのやろうね?」


「それはもう無いばい。 約束は守る」


 校外のファミリーレストランで本山と合うコトにして居た。


 誰に見られるか分からないからだ。


 相手は刑事である、もし誰かに見られて要らぬ疑いでも持たれたら、コノ商売はやっていけない。 


「そんないい加減で良いのかな?アンタらは国のシノギやろうに…」


「内定見付かっとるしね、まぁこっちにも色々あるんばい」


「ドブネズミは車の中で、ちゃんとお行儀良くしとるから」


「さっき店の中に入るとき、確認したから分かっとる」 


「で、なんかあるんやろ?」


「ん、なんかとは?」


「こんなところまで来て、会うんやからね。 ネズミ1匹迎えに来れば良いだけの話しじゃ無さそうやね」


「畠中って名前は良く聞いとったけね。 これを機会にどんな人間か、話しでもしてみたかった、じゃあダメかな」


「ははは、まぁいいや。 Sにはならんぞ」


 本山がニヤリとした。


 Sとは、警察が抱えるスパイのことだ。


 捜査する上での情報源になる。


 そう言った人間をいくつか抱えた方が、闇雲に捜査するよりは良いのだ。


「始めはそうしようと思ったけどね。 どうせ そう言うとは思っとったよ」


「ほぉ、正直やね。 じゃあどうして?」


「さっきも言ったが話をしてみたかったんばい。 個人的な興味もあってね」


「興味?四課のアンタがやくざでもない俺に?そりゃおかしいわ」


「そんな事はない。 今のK会で影山ほど金持っとる若手はおらんばい。 その影山にせっせと上納しよったのはアンタやろうに、情報はちゃんと入っとるばい。 そんなアンタは立派な捜査対象になっとるんばい。 前回もN県警に持って行かれたけど、ホントはうちがやらないかんかった話しやしね」


「ふ~ん。 そんなもんかね」


 次郎は昔を思い返した。


「その畑中がまたシノギ始めたって聞いたらね、興味出て来るばい」


「今回は捕らんのやろ?でも安心しとったころに、他署からバクッて来るんやないの」


「それは俺を信用してもらうしかないけど、こっちからは今回の情報は他署に流すことは絶対に無いけ心配はせんとき」


「分かった、アンタ刑事やけど信用出来そうや」


「アンタも健一の件は約束守ったけね」


「ははは、でも本山さん、実はゲンコツ一発入れとんのやけどな」


「あはははは、畠中さん、それは許容範囲ってやつばい」


 笑うとなかなか可愛い顔をする。


 警察とは何所までも平行線かと思っていたが、本山とは仲良くなれそうな気がする。


こんな刑事も中には居るのか、と次郎は思った。


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