第22話
2008年 9月 秋
知り合いが捕られた。
井本幸一と言う、次郎のネタ元である。
ネタ元とは、シャブの卸業者の事で、業界用語である。
卸業者と言っても、次郎とは友達の様な関係で、品物の取引もするが、毎日の様に遊んで居た仲であった。
その井本が捕られたのは、警察ではなかった…
井本を捕って行ったのは、厚生省九州麻薬取締局、俗に言う麻取りだった。
次郎はそこら辺が鈍感なので、全然気が付かなかったのだが、井本は事ある毎に「何かおかしい」と言って居たのだ。
「幸ちゃん考えすぎやろ」
「いや次郎、絶対におかしいばい」
「何がおかしいの?」
「何がおかしいのかは、言葉では言えんが、兎に角おかしいばい」
「薬が効いとるから、頭グルグルに成っとんやろ、暫らく身体から抜いたら?」
次郎は適当な事を言った。
「そんなことしたら、商売出来ん成るばい」
「それもそうやね」
いつの頃からか、次郎もまた、薬を使うように成って居たのだ。
言い訳に聴こえるが、井本が言う様に、素面では商売が回らないのは事実である。
薬を身体から抜くとなると、二十日は掛かるだろう。その間、切れ目状態に成り、身体が動かないのだ。
身体が重くだるく、眠たくてたまらない状態が続き、日常生活さえ困難に成って来る。
点滴やサウナに行ったりして、少しでも早く抜いてしまおうと、色々試みるが、実際それがどれ程の効果があるのかは解らない。
とにかく次郎は、二十日間は抜けないものと考えて居る。
二十日間も空けるとなると、商売が干あがってしまう。
せっかく軌道に乗せたものが、台無しに成ってしまうのだ。
あそこに連絡すれば、何時でもシャブが手に入ると、客に思わせる事が一番大事なのだと次郎は考えて居た。
二十四時間、常にその状態を作っておかないと、相手はポン中なので、すぐ他所へ流れて行ってしまう。
次郎の経験上、流れた客は暫く戻って来ないのだ。
この商売で儲けるコツは、何時でも連絡が取れる状態と、フットワークの軽さだろう。
ポン中は気まぐれで、今なら欲しいけど、後なら要らないのだ。
そう語る、次郎自身がポン中なのだから、全く説得力がない。
そんな次郎の元に、今さっき連絡が入ったのだ。相手は井本の妻、アキからだ。
「次郎さん、幸ちゃんがパクられました」
「え、マジで」
「いきなり窓ガラス割って入って来たので、もうビックリでした」
「嘘やん、警察も思い切ったことするね」
「いや、警察じゃないです」
「はあ?」
「麻取りです」
「アキちゃんは大丈夫なん?」
「私も一緒に連れて行かれたけど、幸ちゃんが、コイツは関係ない、帰らせてくれって言ってくれて…」
「で、品物はナンボあったん」
「百くらいだと思います」
井本にしては少ない量だ。
「アキちゃん良かったね。これ警察やったら帰って来られんやったよ」
「在宅で取り調べるって…」
「そう、気を付けんと。コイツら取引するみたいやからね」
「はい、今日も何人かの写真を見せられました。知り合いは居ないかって」
「そうなん。で、俺の写真はあった?」
「え、いや、そう言えば次郎さんは、見てないですね」
「そ、そう…」
この場合、二つの選択が出来る。
一つ目は、麻取りは次郎の存在を知らないから、写真を見せなかったと言う事だ。
そして二つ目は、次郎の存在を既に把握しているので、写真を見せなかった。
「アキちゃん、ホントに俺の写真無かった?名前とかも出て無いの?」
「はい、色んな名前聴きましたが、次郎さんの名は一度も無いです…」
「そ、そう。俺もまだまだやね、ははは」
「何か聴いたら、また教えますね」
「あ、うん、アキちゃん気を落とさないで」
「はい、次郎さんも気を付けて下さいね」
そう言ってアキは電話を切った。
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