第18話
「もしもし。 信ちゃん。 オレオレ次郎」
「お~、次郎ちゃん。 やっと出て来たな」
「連絡遅くなってごめん。出所したのは1週間前なんやけど、色々忙しくて…」
「そりゃ、挨拶やら何やら忙しいのは分かっとるよ。そんな事より、おめでとう」
「ありがとう。 近いうちに時間作ってそっちの方まで顔を出すけん」
「それは楽しみやねぇ。 やっと次郎ちゃんに会えるんやね」
村上信也に電話したのは、出所してから1週間後のことだった。出所後は何かと忙しかったのである。
結局村上に会いに行けたのは、それからまた1週間後と成ってしまった。
村上が住んでいる所は、同じ県内だ。
しかし同じ県内でも離れている、高速道路を通っても、1時間くらいは掛かる所なのだ。
すぐに行ける距離ではない。
村上は、日本最大の指定暴力団、山本組に属していた。
山本組内の九州に勢力を持つ井戸組に所属して居て、その下部団体であるT会の若頭であった。
山本組事態がマンモス組織であり、直参の組一つで、一本独鈷の他組織と同じくらいの兵隊数を持っている。
井戸組内T会の中田会長は、井戸組の中では相談役と言う要職にあり 村上はそのT会のナンバー2と言うことに成る。
村上は次郎より歳は一つ年長であった。
その物腰は柔らかい男だが、彼もヤクザである。柔らかいだけの男ではない。
T会は3次団体ではあるが、決して小さい組織ではない。
「信ちゃんスゴイやん。 いつの間に若頭に出世したん」
「いや、別にスゴイことやないよ。 元若頭の兄貴が急に引退するって言いだして」
「へぇ~、それで」
「代わりは信也、お前がせれって…」
「いやいや、それでもやっぱスゴイことや。 実力が無くては任せられんよ」
「なんか、こそばゆいって。 もう辞めよう、この話は…」
「そう?恥ずかしいの?」
「そんな事より飯くいに行こう。 この間からこっちに来て居る、俺の舎弟を紹介するわ」
「オッケ―。 信ちゃん何食わせてくれるん」
その男は学マナブと言った。見るからに危険そうな匂いがした。身長180cmくらいはあるだろう。
大阪弁で、顔は厳つい、そして色黒の男だった。
年齢は村上の一つ下と言うコトだから、次郎と同じ年になる。
村上が連れて行ってくれたのは、有名なもつ鍋屋で、次郎たちが到着する前から、その学が座って居た。
「アンタが、兄貴が言うとった、次郎ちゃんかいな。よろしゅう頼んます」
「あぁ、畠中です。 こちらこそよろしく」
「ワシ大阪からこっち来て、知り合いとか居てませんねん。ホンマ頼んます」
「俺で良ければ何でも言うて、懲役出て来たばかりやけど」
「嬉しいゎ兄貴ぃ。 ワシ次郎ちゃんとお友達になれそうやゎ」
「紹介しといてなんやけど、次郎ちゃん。 あんまり学とは関わらんがいいかも知れんゎ。 コイツのやることなすこと危険やから」
「なんでやねん、兄貴!」
村上の言う、危険の意味がこの時はまだ分からなかった。
その日を境に学から頻繁に連絡が来るようになった。
内容は大したものではないが、次郎と話しが合った。
何より笑いのツボが合ったのだ。
話は面白いし、何より歳が同じだから気を使わなくてよい。
それが一番だった。
厳ついように見えて、実はそういう奴の方が寂しがり屋だったりするのだ。
次郎も実際顔でいつも損をして居る口なのだ。
怖そうだとか、酷い時には、意地が悪そうだと言われたこともある。
人を顔で判断してはいけないのだ。
きっと学もそうだったのだろう。
人から心無い言葉を投げつけられて、傷ついて来たに違いない。
ホントは純情で可哀そうな奴なのだろう。
いつの間にか、学のコトが好きになって居た。
誤解が無いように言って置くが、勿論男としてである。
「兄弟、聞いてぇな。 兄貴がな、こんなコト言うねん。 どない思う?」
「そりゃ信ちゃんもいけんなぁ。 でも本心やないやろ。 学の事を思っての言葉やろ」
「兄弟ホンマにそう思う?兄弟がそう言うなら、ワシも考え過ぎんようにするで」
「それが良いよ。 考えすぎてもろくな事がないからな」
「ホンマやでぇ。 兄弟は優しいなぁ」
いつからか、学は次郎のことを「兄弟」と呼ぶようになっていた。
別に改まって兄弟分の盃を交わした訳ではない、自然に学ぶが次郎のことを、兄弟と呼び始めただけである。
それでも次郎は嫌ではなかった。学がそう呼びたいのであれば、別に構わない。
本当の兄弟分とはそういうものではないだろうか。改まる必要などない。
次郎はそんな学のコトが、可愛いと思い始めていた。
そんな他愛もない日々が過ぎて行き、次郎は段々と娑婆の生活が馴染んで来た。
そろそろ何かシノギを考えないといけないと思い始めた頃、影山に呼び出された。
「次郎、お前懲役から出てきて、どのくらいになるか?」
「はぁ、2か月ほどになるでしょうか」
次郎は少な目に応えた。
「で、お前自身これからのコト、どう考えとるのか?」
「何かせんといけんなと、考えとります」
「そうか、それで何をするつもりか?」
「具体的なコトはまだ…何も考えておりません」
「ほぅ、お前は相変わらず、呑気なことよのぉ。 誰か飯食わしてくれる人でも居るのか?おおぅ!」
「いえ、そんな人はいません」
「そうか、それなら早く何かせんとなぁ。 誰もタダ飯など食わせてくれないからのぅ」
「はぁ…そうですね」
きっと影山は次郎にまたシャブを売らせたいのだろう。
以前、吉村が一度破綻させかけたシャブのシノギを、短期間で次郎が立て直したことを知っているからだ。
しかしあの時と、今とでは事情が違いすぎる。
あの時は追われる身で、失うものが何もなかったから出来たのだ。
今、次郎を追うものは誰もいない。
しかし失うものも、何も無いのだ。
影山は今、金に困っているのだろうか?いや、そんなハズはない。
影山の会社、飲み屋街を中心に展開している(株)KYグループメンツは、ホストクラブ3件。
キャバクラ6件。
バーラウンジ4件。
スナック8件。
居酒屋4件。
焼き肉屋2件。
案内所2件。
闇カジノ2件と闇スロが4件、経営して居る。
次郎が懲役に行く前からすると、3倍にも膨れ上がっている。
金が無い訳ではないだろう。
ならば次郎を居酒屋か何かで働かせたいのだろうか。
ホストクラブは間違っても無いだろう。
いったい何をさせたいのだろうか…
結論はこうだ。影山は人を遊ばせて置きたくないのだ。
何かをさせてないと、気に入らないのだ。
影山にはそう言う所があった。
次郎は影山の性格を思い出した。
「兄貴。 自分、またシャブでも売りましょうかね」
「お前、そんなもん扱ったら、また捕られるぞ」
「はぁ、また上手くやりますよ。 前回だって結局はその件では捕られてない訳やし」
「そうか、お前がそこまで言うのなら仕方が無い。 好きにせんかい」
「え、ああ、はい…」
「その代わり約束せい。 俺には絶対迷惑かけるなよ。 お前が勝手にやるのやからのぅ」
「俺が今まで兄貴に迷惑かけたです?全部自分でケツ拭いて居ますから」
「ふん。 その言葉忘れるなよ」
最後に、それでもカスリは入れろよと言い残して影山は帰って行った。
結局そう答えざるを得なかったのだが、今の商品の値段にしても、品質にしても、何もかも分からないことばかりである。
ノータッチなのだ。
今の今まで、またシャブを売るとは考えて居ない。
金を持っているクセに、次郎にまだ持って来いと言うのか。
出所して、まだ2ヶ月しかたっていないのだ。
最近やっと、娑婆の生活になじんで来たのだ。
それをまた、シャブのシノギをやらせようとするのだ。
出来るはずがない。
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