第13話
「兄貴、ホントすんませんでした」
「お前、心配したぞ」
「すんません」
「俺も今は本部長やけ忙しいからの、少しでも人間が居るからな」
「…」
「お前が帰ってくれば、嬉しい」
たしか、東京に行く前も本部長だった。
と言うことは出世してないと言うことだ。しかし、次郎は気付かない振りをした。
「そうですか、本部長ですか。おめでとうございます」
「おう」
「直参も近いのじゃないですか?」
「そうやの、直参はもう目の前よ」
それは、東京に行く前から聞いている。
要は足踏み状態だと言うことだろう。
「ところでお前警察の方は大丈夫なんか?」
「いや、どうなっとるかは分かりません」
「そうか、じゃあ気を付けて生活せんとな。 役所とか行ったらつまらんぞ」
「はい」
「警察の動きがはっきりするまで、しばらく潜っとけよ」
「はい、表には出らんようにします」
「部屋は段取りしてやるから、しばらくはゆっくりしとけ」
「何もかもすんません…」
影山は次郎が上納した金で事業に成功していた。
会社を興したり、店を何店舗か構えたりしていた。
次郎よりは意味のある使い方をしている、流石だ。
お前のおかげで今はゆっくりと良い暮しをさせて貰っとる、と感謝の言葉も貰った。
次郎は自分の取り分以上の上納をしていたのだから。
当然と言えば当然なのだが、下の者になかなか言えることではない。
改めて影山の器量の大きさに感服した。
影山が用意してくれたアパートは決して良いとは言えないが、次郎は感謝の心を忘れなかった。
夢のような東京生活だったが、本当に夢だったような気がする。
疲れ果てた次郎は、久しぶりにゆっくりと眠りに付くことができる様な気がした。
「次郎俺が経営しよる焼き肉屋がある、今日の夜そこに来い」
何日かして影山から連絡があった。
「次郎、お前の連れとった清原、アイツ一週間前に捕られとるぞ」
「マジですか?」
清原のことはすっかり忘れていた。
今影山から名前が出て、初めて思い出したのだ。
「アノ件やろのぉ。 N県の警察らしいわ。清原を捕ってったの」
「エヌ県ですか…」
いよいよ次郎の近くまで、捜査の手が迫って来ているのだろう。
「お前、どうするか?」
「どうしましょうか、このままここに居ったら、兄貴に迷惑かかるかもですね」
「そんなことは、言ぅとらん。でもなんかシノギはせんとな」
「そうですね。何かせんと、飯も食えんですからね」
「なんかするのやったら、取り敢えず銭は投げてやるぞ」
「そうですね。自分が出来ると言えばシャブ売るくらいしか思い付きません」
「そうか。じゃあ銭がいるな。カスリは入れろよ」
「分かっとります」
「じゃあ、明日銭届けさすから。ま、やってみろや」
結局帰って来ても薬を扱うことになってしまった。
影山は初めからそのつもりで自分を呼び戻したのかもしれない。
今の自分には失うものは何も無い。
自分から切り出した話だが、もしかしたら影山から切り出すつもりで呼んだのかもしれない。
すぐに話がまとまったからだ。
思わず勘ぐってしまう。
次の日には約束通り銭が届いた。当座の資金として200万、これを増やさなくてはいけない。
どうせいつ捕られるか分からない身である、先のことは考えないようにした。
品物は前の懲役で知り合ったD会の小山と言う人間から取ることにした。
100グラム35万円である。
その値段を考えると、いかに今まで無駄な金を使っていたのかと反省した。
3本取ることにした。それで100万円と少しだ。
東京では3倍の料金を払っていたのだ。しばらくの間、影山の若い衆の吉村が手伝うことになった。
今まで影山組のシャブのシノギを仕切っていた人間だ。
なるほど、と次郎は思った。
吉村はこのシノギを辞めたいといつも呟いていたのだ。
きっと吉村あたりが影山に次郎を推薦したに違いない。
食えない男だ。
「次郎さん、久しぶりです。元気で居ましたか?」
「おぉ、久しぶりやの。吉村も元気そうやないか」
吉村はヤクザだが、歳は次郎の二つ下だ。
「次郎さん実際のところ、アレだけ持っていた金、全部使っちゃったのですか?」
「まぁの、使った。すっからかんやで」
「マジっすか。事業か何かで失敗しちゃったんっスか?」
「ん~、まぁそんなところやわ」
「影山の兄貴、次郎さんの収めた銭で、今じゃ左団扇っスよ」
「そうか、そりゃ良かった」
「そんな次郎さんにシャブ売らすのですからね。鬼っスよ」
お前が推薦したんやろが、と喉元まで出かかった。
「いや、俺の方から志願したんやけどな」
「マジっすか?捕られたとき、こっちの分まで付いてきますよ」
「ま、そこは上手くやるわい」
「腹くくって居るのですね。スゴイや」
「いつ捕られるか分からんが、出来るだけ長く出来るように気を付けるわい」
「はぁ~っ。次郎さんは鏡っスね、舎弟の」
「吉村、あんまり俺をおだてるな」
「いやいや、なかなか出来るものじゃ無いですって」
その日から吉村に客を紹介してもらいながら商売を始めた。
吉村が言うには、毎月、組に収めるカスリは100万円だと決まっているらしい。
それ以上売り抜ければ自分の取り分になるらしい。
しかし、吉村から紹介してもらった客の数から計算してみても、月100万作るのは容易ではない。
吉村はいったいこの客数で、どうやってカスリの金を作っていたのだろうか。
辞めたくなるはずだ、毎月金を作るのにいっぱいいっぱいであったろう。
と言うことは、これから自分で開拓していかないと回らないと言うコトだ。
オマケに投げて貰った銭も返済していかないといけないだろう。
つい1年前の次郎なら何とも無いような金額だが、今となっては遥か昔のコトのように思えて来る。
「さてと…ここからが踏ん張り時やな…」
それからの次郎は忙しかった。
まず今ある客に電話をかけまくった。
誰か客を紹介してくれたら、1パケサービスする。
今まで1パケ壱萬円からだったが、買いやすいように半分の五千円と言うのを作った。
販売は夜中の2時で終了していたのだが、24時間対応にチェンジした。
そして1パケずつ配って回った。金は次に買うときに払えば良い事にした。
客にしてみれば、金を払う時に品物が欲しくなるだろうから、その時は1パケを出してやる。
常に1パケ分の借金を背負った状態を作ったのだ。
借金を返したら、また借金出来るのだ。
そうすることで、他所で浮気させないようにしたのだ。
何回かに一度、不定期に五千円分をサービスしてやることにした。
不定期にしたのは客からしてみれば、今回か、今回かと期待して次郎から商品を買うだろうと思ったのだ。
ポン中の心理を付いたのだ。
これが効いたのか、客が買いに来るペースが上がった。
しかし、24時間対応にした為に、次郎の睡眠時間が無くなった。
独りで商売しているのだ、限界がある。
眠らない為に、次郎はまた覚せい剤に手を付けるようになった。
シャブの売人が、自らシャブを使っていると言うコトはよくあるコトで、逆に素面で商売することの方が珍しい。
ポン中を相手に素面ではやってられないのである。
必然的に次郎もそうなった。
しかし、自らポン中になることで知り合いも増え、客も増えていった。
後がない身である、先のことは考えたくないのだ。
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