第12話
その日を境にD・Pと名前を変えた覚せい剤は飛ぶように売れた。
渋谷に居るコギャルたちが流行らせてくれるのだ。
今や渋谷のコギャルがファッションリーダーであり流行の発信源なのである。
その娘たちの間で爆発的に流行ってしまったのだ。
アキラや浩二たちは、がむしゃらに売りさばいていた。
そうであろう、次郎にあんな目を向けていたのだ。
ここで動かなくては、次郎にどんなことをされるのか分かったものではないからだ。
一度は底が見え始めた次郎の財が、息を吹き返してきた。
東京に来て半年が経った。
次郎はホテル暮らしを辞めて、アキラの名義でマンションを借りた。
タワーマンションである。
月100万はする賃貸料ではあったが、ホテル暮らしに比べれば安いものだ。
どうしても流行りのタワーマンションに住んでみたくなったのだ。
賃貸料が高いにも関わらず空きがなく、やっと空いた部屋にコネを使って入ったのだ。
タワーマンションだが、次郎の部屋は3階だった。
それでもタワーマンションに住んでいることは、ステータスである。
次郎はそれでも満足であった。
しかし階数は絶対に教えない事にしている。
「金が底をついてきたな…」
「ん、何か言いました?」
「何でもない、独り言や」
「はぁ、そうですか…」
「なぁアキラ、もしも俺に金が無かったら、それでも付いて来たか?」
「何ですか兄貴、いきなり。勿論付いて行きますって」
「そうか…」
「なんか変ですよ、今日の兄貴は」
「…」
東京に来て10か月、二億からあった金が底を付いてきた。
一度はシャブの売り上げで立て直したが、それももう限界だ。
残り、数百万しかない。シャブの上りも始めの方だけで、今ではそれ程でもない。
引き値が高いのだ。次郎は何度か佐藤に値引き交渉を頼もうと思ったが、プライドが邪魔をした。
申し出れば佐藤は受けてくれるだろうが、値引きしてくれの一言が、どうしても言えないのだ。
始めあんなに売れていたのに、今となっては仕入れの値段とトントンなら良い方だ。
この調子じゃあ、次の仕入れから赤になるだろう。
これじゃあ意味がない、もしかしたらアキラ達が抜いているのかも知れない。
疑ってみたが、切なく成るだけだ。
もしそうだとしても、今から帳簿を合わせたりするのも面倒だ。
今までからして、次郎はどんぶり勘定なのだ。
今更方針を変えるのも、どうかと思ってしまう。
しっかりした人間が下に一人でも居れば違ったのだろうが、今となってはもう遅い。
何もかもどうでも良くなって来た。この頃から次郎は薬に手を付け始めていたのだ。
1日誰とも会わない日が増えて行った。
そうなれば、シャブの売り上げなど抜かれ放題だろう。
いつかこんな日が来るだろうと思っていたのだが、まさか1年も持たないとは。
何もかも放り出してしまいたい。地元に帰りたいと心から思った。
「もしもし、次郎ですが…」
「お、次郎か?今まで連絡もなしで何しとったんか?大丈夫なんか?」
兄貴分の影山は、今まで連絡も入れず好き放題していた次郎を怒りもせず、心配してくれていたのだ。
次郎は心が詰まる思いになった。
「すんません、兄貴…自分もうダメですわ」
「金はどうしたんか?」
「はい、もうありません…」
「あんだけあったのにか?」
「はい、すんません」
「いや、別に謝らんでもお前の金なんやけ、どう使おうと勝手やろ」
「すんません、今更電話なんかして…」
「何をつまらんこと言いよるんか、俺はお前の兄貴分だぞ!」
「はい、ありがとうございます」
「帰ってこい、次郎」
「金はもう無いのですよ…」
「俺とお前の仲は銭金じゃあないやろ?帰ってこい」
「あ、兄貴…」
次郎は嬉しかった。
地元に帰れば、警察の手はきっと伸びているはずだ。
それでも次郎は帰りたかった。
東京は面白い。
だが、それは金があっての話だ。
佐藤はどうだろう? 金の無い次郎と変わらない付き合いをしてくれるのだろうか。
打ち明ければ、いくらかの銭を投げてくれるかも知れない、しかし、そうしてまでシャブのシノギをしていこうとは思わない。
佐藤には諸事情により、どうしても地元に帰らないといけなくなったと言おう。
アキラたちはこのままほったらかすつもりだ。
元々金に付いてきたような輩だ、金の切れ目が縁の切れ目というやつだ。
売上を抜いていたと思うのだが、今更騒ぎ立てるつもりもない。
餞別だと思うことにする。
なんの計画もたてず、シャブ以外は何のシノギもしなかったのだ。
シャブがこけたら、こうなるのは当たり前だ。
今更ながら無計画だった自分を笑った。
もう笑うしかないのだ。
佐藤だけには、連絡を入れて消えよう。
そう、煙のように消えるのだ。
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