第11話



「畑中さん、うちの若いのが失礼しました。ホントにその値段で良いのですか?」


 森山が連れて来たその男は金筋のヤクザだった。


 歳は次郎と同じくらいだろうが貫禄があり、貫目で言えば次郎なんかよりも遥かに上だ。


 名は佐藤だと低調に名乗った。


「はい、大丈夫です。取りあえず300ほどもらいましょうか」


「三百も、ですか・・・。分かりました、すぐ若いのに持って来させましょう」


「有難う御座います。やっぱり佐藤さんだと話が早いですね」


「それにしても、そんな量をどうされるのです?聞かせてもらっても良いですか?」


「それは大体わかって居るでしょ。だからその値段で取るのですよ」


「ほぅ、なるほどね」


「まぁ、カスリだと思うて下さい」


「ははは、そうですか。でもまぁ、その話は聞かなかったコトにしましょうか」


「そうですね、じゃあ自分も言わなかったコトにしますわ」


「ですね、じゃぁそう言うコトなら。遠慮なくこの三百は持って帰りましょう」


「どうぞ、どうぞ。佐藤さん、こんど一緒に飲みにでも行かんですか?」


「良いですねぇ、畑中さんとは、これからも良い付き合いをさせて貰いたいですから」


「こちらこそ、そう願いたいですわ」


 佐藤は良い男だった。


 それ以来、薬の件は一切聞いてこなかった。


 聞いてしまえば立場上、黙っている訳には行かないからだ。


 利の方を取ったのだ、賢い男だ。


 暗黙の了解でバックが出来たようなものだ。


 それから佐藤とは何度か飲みに行ったが、実に気持ちの良い飲み方をする男だった。


 飲み代はすべて次郎が持ったが、それで気付いただろう、次郎がかなりの財を持っていることに。しかし佐藤は、一度も金の打診はして来なかった。


 ホントに良い付き合いをさせて貰った。


 一度、朝までとことん飲み明かした日に語っていたのだが、佐藤は学校の教師になりたかったらしい。大学も出て居る。


 どこで人生を踏み間違えたのか、来年にはs会の直参に上がるのだそうだ。


 s会ほどの大きな組織の直参ともなると、かなりの実力者ということだ。歳を考えてもずば抜けて早い出世だろう。


 次郎は羨ましいと思った。


 佐藤のようなヤクザにならなっても良いと思った。


 今となっては、ヤクザは嫌いだが、若い頃に一度は憧れたのだ。


 きっと佐藤のようなヤクザに、憧れていたのだ。


「兄貴ぃ、薬の方ですが 全然ダメですよ。 売れません」


「何で? 渋谷なら若くて薬が好きそうな奴が、いっぱい居るやろ」


「自分もそう思ったのですがねぇ、ぜんぜんダメです…」


「コギャルが居るやろぅが、コギャルが?」


「そのコギャルが全然ダメなのですよね」


「売り方が悪いんやろぅ、おう」


「sやらシャブやら、注射がダサいらしいんですよねぇ」


「お前らの売り方が悪いのを、ダサい薬のせいにするなや。 この薬はなぁ、リピート率100%の優れものやぞぉ。 一回でも買えば次からリピーターよ」


「そんなもんすかねぇ…」


「分かった。俺が一回見本を見せたるわぃ」


 渋谷で薬が売れると踏んで居たのだが、どうやら宛が外れてしまったらしい。


 今の若い娘たちにシャブは売れないのだ。


 よく考えるとそのシャブと言うネーミングも、イケてない。


 渋谷に遊びに来る娘たちは、オシャレなのだ。


 わざわざそんなダサいことをする訳がない。


 ついこの間、佐藤から、おかわりの300を追加したばかりだ。


 初めの300もまだ、ほとんど残っているとアキラが言っていた。


 シャブも一度sエスと言うオシャレな名前に改名したおかげで、渋谷で蔓延していたらしいが、結局sとシャブは同じものだと言うことが分かって今では廃れる一方であるらしい。


 次郎の金の使い方は異常である。いつまでも豊富な資金がある訳ではないのだ。


 ここいらで、一度儲かるシノギを獲得しておかねば終わりである。


 次郎は焦った。いつ誰に言われたのかは、もう忘れてしまったがのだが、自分には世界に九匹しか居ない龍の一匹が憑いて居るのではなかったのか?


 今の次郎には、龍どころかミミズすら憑いて居ないだろう。


「よっしゃ、いっちょうやったるか」


 次郎は自分に気合を入れると、アキラたちを連れて渋谷に繰り出していった。


 自分が手本を見せるのだ。


「お前ら。よく見とけや! ボケどもが・・・」


 ここまで来たのだ。


 何としても結果を出さなければいけない。


「ちょっと、お姉さん いいかなぁ」


「はぁっ?キモイって」


 そう毒づいて、コギャルに蹴りを入れられた。


 ブチ切れそうになった。


「ははは、い、今のは悪い例やからな、分かったか」


 アキラたちは冷たい視線を向けながら、クスリとも笑わない。


 こんな冷たい奴らに、今まで散々旨い物を飲み食いさせてやって居たのかと考えたら、自分がすごく情けなく思えて来た。


 浩二など、露骨に軽蔑するような視線を向けて来る。


 コイツら絶対に許さん。ここで何もかも忘れて、大暴れしてやりたい気持ちを抑える。


 今度こそ、本気を見せてやる。


 まず呼吸を整えることにする。


 い、壱の型 水の呼吸。


 段々と気持ちが落ち着いてきた…


「お姉さん、あるよぉ、どうする?」


「ナニおまえ、キモイんですけどぉ」


「あれぇ?いらないんだぁ、D・P」


「はぁ~っ、ディー・ピー?」


「え?うそだぁ、マジで?知らないのぉ?」


「なんだよっ、知らねぇつうの!」


「ダイヤモンド・パウダーだよ。今はやりのD・P」


「だ、だいやもんど・ぱうだぁ?」


「マジっすか?お姉さんオシャレだからぜってー知っていると思っていたのに…」


「なに、そのダイヤモンド・パウダーって」


「いやぁ、ま、ドラッグだけどね。あのDJリュウがブレンドしたってヤツ」


「で、でぃ~じぇ~りゅう?」


「あのカクテルドラッカーのリュウだけど、知らないの?ねぇそれマジで言って居る?」


「え?いゃ。し、知って居るって」


「だよねぇ、あ~マジびっくりしたわぁ」


「へ~、あのリュウが、ブ、ブレンドしたんだぁ」


「そう、それがダイヤモンドみたいにキラキラしていてさ」


「ふ~ん」


「さすがリュウだよね。こんなすごいヤツ作っちゃうのだから…」


「そんなにスゴイんだぁ」


「ちょっと試してみる?あ、でもこれマジ貴重だから」


「え、いいの?そんな貴重なの…」


「大丈夫、大丈夫、その代わり今回だけだよ、お試しは」


 女はダイヤモンドって言葉に弱いと言うが本当だった。


 そこを付いてやったのだが、水の呼吸のおかげである。

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