第10話
「兄貴、今日は何するのですか?」
このところ、毎日アキラから電話が掛かって来る。
次郎と一緒なら旨い飯にありつけるからだ。
「ん~、何っすかなぁ。何か面白いことはあるか?」
「兄貴は金を持って居るのですから、何やっても面白いでしょう」
東京に来てから3か月、今では取り巻きも7~8人に増えていた。
こっちに来て、何をするでもなく毎日遊び歩いている、次郎の蓄えも半分近く減っていた。
「何かせんといかんなぁ…」
「ん?何か言いました?」
最近取り巻きに入った浩二が聞いてきた。
「あぁ、毎日遊んでばっかりやけ、何かせんといかんかなぁって…」
「じゃあ、シャブでも売りますか」
コイツの発言はいつも適当である。
「お前のぅ、どっかにツテでもあるのか?適当なこと言うなや」
「あ、いや、適当じゃないですよ」
「あん、どう言うことや?」
「いやぁ、この前、s会に居る先輩から電話がありましてね」
浩二の話はこうだ。浩二の先輩どうせチンピラだろうがからつい最近電話があり、薬を買わないか?と言って来たらしい。
薬とは、シャブのことだ。
組の方で大量に仕入れたらしく、浩二の先輩にも話が回って来るくらいだから、かなりの量が余っているのだろう。
それで浩二の所にも話しが来たのだ。
s会とは関東では指折りの有名組織で、週刊誌とかにもよく出ているので次郎も名前は知っていた。
しかし、もし商品として薬を購入するとしても、浩二の先輩からは購入したくなかった。
チンピラがよくやるのだが、商品に混ぜ物をして水増しするのである。
量を増やして自分の取り分を増やすのだ。
次郎も金が無い時代にやっていたのでよく分かるのだ。
「浩二、その先輩って言うのは信用できる奴なのか?」
「はぁ、まぁ自分は良く可愛がってもらいましたから、大丈夫だとは思いますが」
「そうか、じゃあ一回連れてこいや。直接話がしたい」
「分かりました、あっ、でも…」
「何や?」
「も、もし取引が成功したら、あの、じ、自分の手柄ですよね?」
「紹介料が欲しいってことか?」
「あ、まぁ、はい、そう言うことです」
「分かった、その時はお前にもナンボかやろう」
「ありがとうございます」
そういうと浩二は携帯電話を手にして外に出ていった、現金な奴だ。
次郎はもうシャブを買うつもりで居た。
浩二の言葉ではないが、取りあえず金を作るのにシャブを捌くのが手っ取り早いのだ。
7~8人居る取り巻き達に、捌かせることにしよう。
毎日旨いものを食わせてやっているのだ、それくらいは当然だ。
断るなら、もう近寄らせない。
次郎はどうやれば一番儲かるのかを考えて居た。
お金があるのだから、投資をしたり、土地を買って転がしたりすれば良いのだろうが、そんなものには興味がなかった。
次郎は裏側の人間なのである。
肌がひり付くようなシノギが好きなのだ。
当然捕られれば待っているのは刑務所だ。
実際、次郎は二回、懲役を経験している。
しょんべん刑であったが、もう2度と懲など行きたくないと思ったものだ。
しかし、喉元過ぎれば何とやらだ…
気が付けばヒリヒリするような刺激を求めているのだ。
勝てば天国、負ければ地獄、まるで博打だ。自分自身の人生を賭けた大博打なのである。
「よし、やっぱり場所は渋谷だな」
次郎は決めた。
シャブを捌く場所である。
東京のヤクザ組織には、ナワバリと言うものがあるのだが、そんなものは関係ない。
非合法の物を、懲役を賭けて売るのだ、そんなものに話を通してカスリなんか払っていられない。
警察にもヤクザにも見付からないように売り抜けるのだ。
そう心に決めると、またヒリヒリとした感情が湧いてきた。
これこれ、これなのだ。
「あんたがアレ買ってくれるのだって?」
さっそく浩二が先輩と会う段取りを付けてきた。
冴えない男である。
森山と名乗ったが、名前なんてどうでも良い。
「まぁね、で、早速で悪いが幾らで出してもらえるのかな?」
「ホント早速だね、まぁ、1が1ってところかなぁ」
1グラムが1万円と言うことだ。この時代のレートで言えば、かなり吹っ掛けてくれている。
浩二からどう聞いているのか、俺をただの金持ちの兄ちゃんか何かと勘違いしているのか。
「ああ、そう、じゃあ100ほどもらおうかな」
「えっ、ひゃくって100グラム?」
「そうやけど何か不都合でも?100万は今すぐ現金で払おう」
「いや、ちょ、そんなには…」
「え?もしかして100も用意出来んの?あんたシャブ屋やろぅ?」
「ま、まぁ、だけど100ってなると、そうすぐには無理だよ」
「はぁ、ダメダメ何やそれは?あんたじゃ話にならんわ。もっと上の人連れて来てや?」
そう言って呆れた顔を作って、次郎は席を立った。
顔を潰された森山はしばらく顔を赤くして下を向いていた。
ヤクザでも、はじめから次郎とは貫目が違うのだ。
もう少し虐めてやりたいが、そんなに暇ではない。
浩二にやろうと思っていたボーナスだが、森山にやることにする。
こんな使えない男を連れてきた浩二が悪いのだ。
「まぁ、ここまで足を運んでもろた足代や、取っときない。 それでちゃんと話が出来る、上の人間に話しを通してくれや、頼んだぞ」
そう言って次郎は十万円が入った封筒を、森山に放り投げた。
当時の覚せい剤の値段は、今とは比べものに成らないほど安い。
地元の九州へ帰れば100グラムくらい30~40万も出せば手に入るだろう。
それでも高いかも知れない。100を100で買うなんて一般ピープルだ。
量を買うのだから、もっと安いはずだ。しかし、覚せい剤と言う薬は面白いもので、購入する量が少なければ少ない程、値段が上がるのだ。
末端の客が買う値段で計算すると、0・3グラムほどが入ったプラスティックパケが1万円である。その値段レートで計算すると、1グラムは3・3万円程になるはずだ。
しかし実際には2万5千円くらいで売られていた。
量が増えたから値段が下がるのだ。
不思議に思うのだが、それが当たり前で通っているのだ。
少し話は反れるが、警察が大量に覚せい剤を押収した時なんかに使われる、末端価格と言うヤツにすると、値段はもっと跳ね上がることに成る。
1グラム5~6万円くらいの計算をしないと、その末端価格にはならないはずだ。
次郎が以前捕まった時、取り調べの最中、末端価格の計算方法はどうやるのかと、担当刑事に尋ねたことがあるが、結局は分からなかった。
警察官でも分からないのだから、次郎が分からないのは当然だろう。
覚せい剤は小さく売って行くのが一番儲かるのだ。
大きな量を安く仕入れて、少ない量を高く売るのである。
単純に考えて、これで儲からなければ商売を辞めた方が良いだろう。
100を100で購入したとしても、充分儲かるのだ。
勿論この計算には、警察に捕まるリスクは全く入れてないのだが…
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