第6話

「ハタナカサン、オネガイアルヨ」


 ある日、珍しく中国人のパルコから携帯に電話があった。


 パルコと言うのは中国人の1人で、唯一コイツだけが片言で日本語を話す事が出来るのだ。


 残りの中国人達は日本語を理解しない。


 そんな状態でも異国でシノギをしていく。


 たくましいものだ。


 日本人には真似できないだろう。


「おう、パルコか、珍しいな、どうしたんや?」


「チョト、ハズカシネ、シカシイウヨ」


「なんや?」


「オンナ、ダンドリデキナイカ?」


「女?女が欲しいなら、お前らも金があるんやけ、デリヘルでもソープでも行かんかい、たんまり持っとる癖に」


「デリヘルモ、ソープランドモ、コトワラレルヨ」


「ホンマか?そりゃ大変やのぉ、分かった、ちょっと待っとけよ」


「アリガト、カンシャネ」


 携帯を切ったものの次郎は悩んだ。


 今までに女など段取りなどしたことがないからだ。


 今も女っけなどまるでなしの状態である。 どうしたものか…


 それからの次郎は、知り合いのデリヘルの社長やら、キャバクラのオーナーやらに電話をかけまくった。


 しかし、帰って来た返事は「ごめん次郎ちゃん。外国人だと女の子が怖がるから」と断られた。それでも次郎にもプライドがある。


 待って置けやと言ったからには、パルコ達は待つだろう。


 今か今かと次郎の電話を待っているに違いない。


 次郎は決断した。


「おっしゃ。プロがダメなら、素人でいくか」




 この時代にはまだ、出会い系と言う言葉はない。


 だが出会い系の走りになる会社は存在して居た。


 PCフィット、ミントD、ワクワクレター、など数えてみると6社程の会社が存在していた。


 テレクラと言うのもある。


 出会い系の走りでは、メールのやり取りではなく、プリペードカードをあらかじめ購入して、いきなりダイレクトに女の子と通話するのである。


 テレクラと同じシステムだ。


 素人同士が出会う事が出来るのだ。 


 援助交際目的の女の子と直接会話が出来るのである。


 決断すると次郎はまずプリペードカードを買いに走った。


 金はあるのである。


 ケチらず5万円ほどのカードを購入した。


「もしも~し、こんにちは」


「こんにちは」


「今日は、どんな人を探して居るの?」


「え~、どんな人って言われてもぉ・・・フィーリングが合う人だよ」


「ああ、そうなんだぁ。今日は逢えたりするのかな?」


「え~、まだ話し始めたばっかだよ。もっとお兄さんのこと知りたいな」


 次郎は電話をガチャ切りした。


「ちっ、サクラか」 


 会社側からお金をもらい、少しでも話を長引かせてポイントを使わすと言う商売があることを、次郎は知っていた。


 バカな素人が、騙されて長電話をする。


 会社側が雇って居るのだ、そんな人間をひっくるめて”サクラ”と呼んでいる。


 次郎もすぐには目的の娘に繋がるとは思っていない。


 こんなものは数なのだ。


 そう自分に言い聞かせてまた電話をかけ始める。


「もしも~し、援交目的で~す」


「ふふふ、いくら出せる?」


 3~4回サクラをガチャ切りしてから、目的の娘に繋がった。


「取りあえず、そっちの条件教えてくれるかな?」


「そうね、ホ別の3は欲しいかなぁ」


 ホ別の3とは、ホテル代は別にして3万円欲しいと言うことだ。


「オッケ―、今すぐ逢えるならもっと出せるよ」


「ふ~ん、お兄さんリッチなんだぁ、じゃあ○〇に来られる?」


「行く行く、すぐ行く。 車は紺色のBMだけど、解るかな」


「バッカじゃない。 車の車種言われてもわかんねーって」


「あぁ、ごめんね。 紺色の車だから。すぐ行くね」


 次郎は低調に電話を切り、車を走らせた。


 お金が入り出してからすぐに、BMブルーのBMW750を購入していたのだ、まだ新車の皮の匂いがする。


 それにしても生意気な女だが、相手をするのは自分では無いのだ。そう考えると溜飲が下がる思いだ。


 20分ほど車を走らせると目的地の駅が見えてきた。そこに生意気な眼つきの女が一人立っていた。


「こんにちは、さっきの電話の娘かな」


「ども、車早く出してくれる?知り合いに見られたくないし」


 車に乗ってくるなり、生意気な女がそう言った。生意気な女は、コギャルだった。


 それもガングロの。


「ごめんね、気が利かないで。 早速やけど、ちょっと相談があるんやけど」


「はぁ、もしかして値切るつもり?」


「違う、値切るつもりはないよ。 てか、お願い聞いてくれたらもっと出せるよ」


「なん、そのお願いって。 聞いてねーし」


「いやぁ、言いにくいんやけど、相手は俺じゃないのだけど大丈夫かなって」


「え~、キモイ奴ならソッコー断るし」


「いやいや、キモクない、キモクない、中国から来た俺の友人なんやけど。 ダメかな?」


「ヤダよ~、そんなの面倒しいし。 車止めてよ、ここで降りるわ」


「10出すよ!」


「えっ?…」


「ホ別の10。 何なら今払ってもいいよ」


「え、10万…」


 畳みかけるようにグッチの長財布から、これ見よがしに10万の束を取り出し、迷っているコギャルの手に握らせた。


 しばらくその金を見つめると、コギャルはさっさと自分のカバンにその金を入れた。


 交渉成立である。


 遠く中国から日本にやって来て、地理も言葉も分からないが、お金を稼ぐ方法を知っている。その方法だが、善悪は別にしても逞しいとしか言いようがない。


 はたして自分が言葉も分からない異国の地で、同じように金を掴むことが出来るだろうか?金への執着心も心意気も全く違うのだ。


 今回一緒に仕事をして思ったのだが、シノギが金になり大金が入って来たら、俺たちならまず飲みに行く。


 祝杯を挙げる。


 それから普段口に出来ないような物を食うだろう。


 回らない寿司に、何百gもの高級ステーキ、数えたらキリがない。


 それからソープやデリヘルの梯子だ。


 しかし、中国人たちは違うのだ。


 ひと仕事終えると、地図の前に車座にって、もう次の仕事の段取りを始めるのだ。


 あの時、何でもっと早く鍵を開けられなかったのか、とか、あそこで音を立てたからビックリした、とか反省会を兼ねて打ち合わせをしているのだ。


 贅沢な暮らしがしたくて危ない橋を渡る俺たちだが、中国人たちは、もはや仕事を楽しんでいる。


「オカネアルトコオシエテクレタラ、ケイサツカンノトコデモハイルヨ」


 とホントか嘘かは分からないが、いつも言っている。


 きっと本当なのだろう。


「アリガト。オワタラ、ムカエキテネ」


 そう言い残して、パルコは生意気なコギャルとホテルに消えていった。


 これで次郎の役目は終わりだ。


 金の力と言うものは凄いなと思った。


 金があれば何でも出来るのだと次郎は学習した。


 今までの自分はいったい何だったのだろうか?


 もうあの頃には戻れないなと、不安になった。


 そんなことを考えながら数時間を過ごして居たら、パルコから電話が掛かってきた。


「ハタナカサン、ドコイル?オワタヨ」


「そうか、今から迎えに行くわ」


「ワカタ、サッキノトコイルヨ」


 次郎の車が到着すると、パルコとコギャルが裏路地から現れた。


「おう、どや?パルコ。良かったか?」


「ヨカタヨ」


「そりゃ良かった」


 まずパルコをアジト近くで降ろし、街までコギャルを送ってやることにした。


「お姉ちゃん、ありがとな」


「え?あ、はい」


「どした?何か様子がおかしいな」


「あ、送って頂けるのですか?」


 生意気だったコギャルが物凄く良い子になっている。


「ん?何か変なことでもされたか?」


 そのとたん、コギャルが堰を切ったように泣き始めた。


 そして、しばらく泣いていたコギャルが語ったことに、次郎は度肝を抜かれた。


 泣きながらコギャルが語りだした。


 まず、ホテルに入るとすぐに浴室に連れていかれたらしい。


 そしてパルコがおもむろに仰向けになり、頭の上に跨って糞尿を顔にかけるように要求したと言うのだ。


 勿論コギャルは断った。


 するとカバンから青龍刀を出してきて、ダルマにしてやろうかと脅すのだという。


 ホントか嘘かその昔、中国の香港に九龍城と呼ばれるスラム街があって、そこは警察も介入出来ないほどの治外法権地区であったらしい。


 その九龍城では旅行者をさらって来てはそこで売り買いをするのだと言う。


 人身売買が行われていたのだ。


 さらって来るのは若い女で、特に日本人が好まれたそうだ。


 まず、さらって来た女が逃げないように、青龍刀で根元から手足を切り落とすのだと言う。切り口にガスバーナーをあて、血止めをするのだ。


 ダルマの出来上がりである。


 次郎は話を聴きながら、吐き気を覚えた。


 気を付けて飼育すれば半年は生きるのだと言う。


 そのダルマをリュクサックに顔だけ出した状態で詰め、板の上に置いて売るのだと言う。性交玩具である。


 それを華僑の変態金持ち達が値を付けていくのだ。


 ダルマのオークションだ。


 日本人の娘から売れていくそうだ。そんな身の毛もよだつような話を、青龍刀を突き付けられて聞かされたのであれば、さすがのコギャルも良い子にならざるを得ないだろう。


 水泳選手がするような水中眼鏡をかけてパルコはせがんだと言う。


 瞳を守りながら一部始終を見てやろうと言う魂胆なのだろうか?


 パルコのあまりの変態さ加減に次郎は声も出せなかった。


 良い子になったコギャルに一万円札を何枚か握らせた後、街に消えていくコギャルを見送った。悪いことをした、余程怖い思いをしたのだろう、始めは生意気だったのに。


 しかし、もう会うことはないだろう。


「あの変態野郎が…」


 それから何度かパルコから「アノコトレンラクトッテ」と電話があったが無視をした。


 あんまりしつこいので、あの娘今日は生理日だから駄目だと断った。


 するとパルコは、「ナニ?セイリ?セイリモンダイナイ。セイリガイイヨ」といきなり駄々をこねだしたので、慌てて前言撤回して謝罪をした。


 しばらくそんな日が続いたが、いつの間にか、パルコも言わなくなった。


 慣れないことはするものじゃないと、次郎は己に反省した。

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