第5話

1999年 9月 秋


「おう、お前から話があるってなんや? つまらん話やったらうったたくぞ、おう」



 いつものように影山は不機嫌な顔でソファーにふんぞり返っている。


 次郎に対してはいつも上からだ。



「まぁ兄貴、取りあえずこれを受け取って下さいや」



 次郎は封筒を影山に渡した。



「なんやこれ」


「プレゼントですよ、俺からの」


「…」


「300あります」


「へっ?」


「まぁ、驚かんで下さい。 ちょっとした金脈を当てましてね」



 次郎は声のトーンを落として語った。


 影山がキョトンとした顔でこっちを見ている。


 まるで鳩が豆鉄砲を食らったようだ。



「これからは、毎日届けますよ。まぁ、カスリってやつです」


「へっ、ま、毎日?」


「そうです、毎日です。50の時もあれば、今みたいに300の時もあります。 ですが、 毎日こうやって銭持ってきますよ」


「ま、マジで」


「マジもマジ、大真面目ですよ。 迷惑ですか?もし迷惑なら」


「ととと、とんでもない。 だ、大歓迎ですよ次郎くん」



 いつの間にか影山は言葉づかいが敬語に代わっている。



「ところで次郎くん、そ、その金脈と言うのは?」


「それはまぁ、聞かんで下さい。 聴いたら、聴いたで、兄貴も言わないとイケない事もあるでしょうから…ダメですか?」


「いや、いいよ、ぜんぜん。 答えにくい質問してしまったね。 気を悪くしないでね」


「まぁ、中国人とだけ言っときましょうか」


「は?中国人」


「はい、中国人です。 中国人達とのシノギです」



 中国人と聞いて、影山の顔が少し曇ってきた。



「ダメならダメと言って下さい。 これは俺が勝手にすることで、兄貴に迷惑はかけませんから。 そして、毎日こうして銭持ってきますよ。 これは俺のただの気持ちですから」



 影山は頭の中で計算しているのだろう、目を閉じて何やら考えている様子だ。


 ここで一気に畳みかけることにする。



「そうですか、ダメですか…分かりました、辞めときます。 プレゼントも今回限りということで。 じゃあ失礼します」



 次郎はそう言って席を立とうとする。


 影山はそれを見て慌てた。



「ちょっと待ってよ、誰がダメだって言ったの?俺一言も言って無いから…早合点しないでちょうだい」



 影山の言葉遣いが、いつの間にかオネエみたいになっている。



「じゃあ、良いのですね」


「それ絶対、俺に迷惑かからないって約束してちょうだい」


「それは約束しますよ。 自分が勝手にやっていることで、兄貴は何にも知らないことですから」


「そうよ、俺は何にも知らないからね」


「でも、ちゃんとプレゼントは持ってきますから。 何か困ったことがあった時はお願いしときますよ」


「もちろんよ、俺に出来る範囲になるけれどね」


「それは分かっています、じゃあ良いのですね」


「良いとも、良いともさ」



 九州最大指定暴力団K会に所属する足立組内影山組。


 現在K会専務理事の影山は上部団体であるK会内の若手の中でも、かなりのやり手である。


 あと数年もすれば直参入りは確実だとされている。


 本人自身も直参入りを意識していて、上部団体であるK会には、かなりの金額を上納していた。


 しかし、渡世の上では足立組組長の足立謙三が親分であり、影山は足立組の中では本部長であった。


 その親分である足立をないがしろにしていて、足立組の中ではかなり浮いた存在に成って居た。


 足立組の若頭である香椎とは、事あるごとにぶつかっていた。


 影山は早く直参に上がって、足立から離れたいと思っていた。


 そうするには もっと金がいる。影山は焦っていたのだ。


「兄貴、せっかく儲けた金を、なんで何もしてない影山さんに持ってくのですか?」


 淳が聞いてきた。


「おう、持ってくぞ。半分や」


「え?は、半分も持っていくのですか」


「おう、それくらい持っていかないかんやろう」


「え~、なんでっすか?なんもしとらんのに・・・」


「バカやのぉ、お前は。 保険に決まっとるやないか、保険」


「ほけん?」


「そうや、保険や。この美味いシノギを誰にも邪魔されんように、あと、しょ~もない用事とかで呼ばれんでもすむやろぅ」


「はぁ」


「内容は言われんが、もしも何かあった時には、一応上に通しとると言う、言い訳が出来るやろ」


「でも、御法度なのでしょ?」


「だけん、内容は言われん言ぅとるやろ。そんなもん暗黙の了解にきまっとる」


「え、なんでですか?」


「お前は面倒くさいやっちゃのう。だから金を持っていくんやないか」


「はぁ、なるほど。兄貴頭良いっすね」


「お前がバカなんじゃい」


 次の日から次郎は約束通り影山に上納金、いわゆるカスリを持っていく事にした。


 高い出費ではあるが、自由と安全を手に入れる為には仕方のない出費だった。


 それでも次郎の取り分は一日に百万以上はあるのだ。笑いが止まらないとはこのようなことだろう。


「おう、淳。兄貴の奴、ゲレンデバーゲン買ったらしいぞ」


「え?ゲレンデってあのベンツのGクラスのヤツっすよね?」


「そうよ、まるで芸能人気取りで乗り回しよるわい」


「マジっすか、ええ気なもんっすね。自分では何もせんくせに」


「毎日電話掛かって来るぞ、猫なで声で」


「ははは、亡者っすね、金の」


「おう、亡者や、金の」



 金が貯まると使い方も変わる、次郎も多分に漏れずにそうなった。


 まずカジノ通いを覚えた。闇カジノだ。


 日本ではギャンブルは違法なのである。


 なのに、なぜパチンコ屋が成立するのか?


 単純に国にカスリを治めているからだ。


 競輪、競馬、競艇にオートレースに関しては国が経営しているから合法だという。


 何とも不条理な理論である。


 ギャンブルは違法だが、公営ギャンブルなら良しなのである。


 競馬は農林水産省、競艇は国土交通省、競輪とオートレースは経済産業省、サッカーくじは文部科学省の経営、宝くじなどは総務省が経営しているのである。


 ヤクザ顔負けだ。


 しかしカジノは違法だ。


 ラスベガスやマカオなど、国外でカジノをするのは、その国の法律に則って行うので日本の法律は適用されない。


 そう言った理由から、必然的に日本でカジノをしようと思えば当然、闇になってくる。


 闇なので、レートもパチンコなどの比ではない。


 日に数百万の負けなどざらである。


 高レートの為、客層も何処かの会社社長であったり、医者であったり、宝石店店主などの高額収入者が多く、雰囲気もオシャレで落ち着いたものに成って居る。


 そんな中、何者でもない次郎が人生の成功者たちと卓を囲むのだ。


 何だか自分が特別な存在になったような気分に成るのである。


 次郎が特にハマったのは、バカラだ。


 よく名付けたもので、日本語の意味は破滅だそうだ。


 金があるから出来るのである。金があるから強気なのだ。


 面白いもので、そう言った強気の考えで勝負に挑めば勝つのである。


 因みにその頃、影山もバカラにハマっていた。


 ある日、次郎は街の占い師に占ってもらったことがある。


 すると、世界に九匹しか居ないと言われる竜の一匹が背中に憑いているのだと言われた。


 次郎はやっぱりか、と思った。


 やはり自分は選ばれた存在だったのかと思った。


 何をやっても上手く行く、上り調子と言うやつだ。


 その頃の次郎の手元には、もう少しで億に手が届くほどの金が貯まっていた。

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