第4話
仮眠を取るために一度解散したが、数時間ほどでまた集まった。
10時に銀行が開店するので、8時には集合した。
取りあえず、隣の市まで車で移動する。
ホントは、県をまたいでも良かったのだが 近場で済ませることにした。
本当に大金が手に乗るかどうか半信半疑だからだ。
わざわざ遠くまで移動して、1円にもならないなんてことにでもなれば目も当てられない。
車は次郎が所有する 型おくれのパジェロと、清原が所有する年代物のジープに分散することにした。 淳 所有のシビックもあったが、これは置いていく。
「いよいよっすね、兄貴」
「おお、頼むで 淳」
通帳は3通。
F銀行、十一銀行 の地方銀行2通と 都市銀行のみずき銀行が1通。
それぞれ 捺印済みの お取引用紙 と通帳を実行犯の3人に渡し 近くの100円パーキングに車を停めた。
F銀行と十一銀行が隣合わせになっていて、みずき銀行はその100メートルほど先にある。 その中間に100円パーキング位置する。
思わず笑ってしまう様な立地に、この計画が上手く行くような気がした。
「ハタナカサン、ダメネ チュウシャジョウ トメタラ」
犯行を待つ車内でパルコが言ってきた。
「なんでや」
「ニゲル ジカンカカルデショ」
たしかに、パルコの言うとおりである。
もし何かあった場合 悠長に駐車場に車を停めてたんじゃ話にならない。
おまけに駐車場には大抵カメラも備えてある。
軽率な行動に思わず自分を恥じてしまった。
「ホンマや、ま、初めてなんで勘弁してくれや」
パルコに言われ、駐車場から車を出している時、淳が帰ってきた。
「おう、えらい早いの。 ダメやったんか?」
「いや、はいコレ」
淳が 胸内ポケットから封筒を取り出す。
「おお、成功か。 ナンボいったんや」
「130です」
「マジか?。 やったのうお前」
「楽勝っす」
この時ばかりは淳が いつもより大きく見えた。
車内で淳とはしゃいでると、もう一人 淳が連れてきた奴が帰ってきた。
手には封筒を持っている。
金額は200万だと言う。
そして もうしばらくすると清原が410万円の大金を持って帰ってきた。
一度に引き出せる金額は300万円までなので、2回に分けて引き出したことになる。
一分一秒でも早く出て来たいはずなのに、2回に分けて同銀行で引き出してくるという離れ業をやってのけた清原は、なかなかの剛のものである。
こいつは使えると思った。
「合計でナンボや?」
「740です」
「マ、マジか、マジでこんなんで金になるんか」
「ナルヨ ワタシタチ イッタデショ。 ウソ イワナイヨ タイキンヨ」
帰りの車内では、皆が饒舌になる。
まるで遠足にでも行くバスの中みたいである。
この金額をまず中国人達と折半して、実行犯の3人に一割、それを差っ引いても296万円の金額が次郎の手元に転がり込んで来る計算になる。
淳と清原に20万ずつの特別ボーナスを支払うことに決めた。
次も良い仕事をしてもらわないといけないからだ。
諸経費をざっと引いたとしても250万の儲けだ。
それも今日だけではない。
次郎にしたら、ちょっと車を運転して 車内でドキドキしながら短時間待機していたに過ぎない。
時給計算したら、いったい幾らの計算になるのだろうか。
運が向いてきたのだ。
今までのクソのような人生が、音を立てて崩れ去り 代わりに素晴らしい世界が福音と共に目の前に現れたのだ。
隣に座る淳を見つめ、初めて可愛いと思った。
まるで、足元にじゃれ付く子犬のようだ。
笑い合う中国人達を見つめ、もしかして妖精達ではないかと疑った。
さっきからしきりに話しかけて来るパルコを見つめ、本当は天使なのだと思った。
人の姿を借りて、自分の前に現れたのだ。
深い眠りからやっと目が覚めたのだ。
思い出した、この世界は楽園で、自分はこの国を治める王だったのだ。
その日を境に、生活は一変した。
毎日数百万の金が転がり込んで来るのだ。
まず、淳の名義でウィークリーマンションを借りさせた。
アジトである。
中国人達には、ホテルからそこに移ってもらう事にした。
そして これもまた淳の名義で車を一台用意した。
シルバーのホンダオデッセイ、勿論 中古車だ。
淳には実行犯、いわゆる(出し子)の仕事はさせないことにした。
その代わり、中国人達の仕事の手伝い 主に運転手やら雑用やらをさせることにした。
夕方くらいに中国人達を車で仕事先へ連れていく。
そして、朝方戻ってくるのだ。
仕事先は県外である。
仕事と言っても普通の仕事であるはずはなく、無論、犯罪である。
淳はその犯罪には加担しない。
車の中で待機である。
当時、ピッキング犯罪と言うものが流行していた。
金属の棒状で、先がフックみたいになっている物や、尖っている物 そういったピッキングという専用の道具を使って鍵を開け、家に忍び入り 金目の物を盗むのだ。
ピッキング犯罪のそのほとんどが、中国系不良外国人の犯行であった。
そのピッキング犯罪も手を変え品を変えして進化を繰り返し、一般家庭に入るのではなく、会社に侵入し、金庫から貯金通帳のみを摂取し、侵入した形跡を残さないようにして出る。
後日、その預金を引き出すという手口が横行していた。
形跡を残さないようにして出てくるのは、発覚を遅らすためである。
中国系不良外国人といっても、上海系中国人グループと福建省系中国人グループとがあり 同じ中国人でありながら、その二つのグループは非常に仲が悪く、事あるごとに小競り合いを繰り返している。
上海系達は、福建省系のことを 田舎者の野蛮人だとさげすむ。
ホントか嘘かは確かめていないが、福建省の田舎とは 猪や熊と言った獣の毛皮を着て生活をしていて、隣の家と言えば 隣の山まで行かないといけないらしい。
勿論 電気も無いのだろう。
野蛮人と言うより、まるで原始人だ。
その福建省系中国人達は、上海系のことを イモ引きの腰抜けだと言う。
犯罪にしても、同じピッキングを使った犯罪でも、上海系のそれは 貯金通帳のみを摂取し形跡を残さない。
それに対して、福建系のそれは 金目の物を片っ端からさらい、酷い時には最後に火を付けて出て来ると言う大胆なものが多く、同じ中国人とは思えない犯行である。
次郎達に声をかけてきた中国人達は、上海系である。
パルコなど、事あるごとに福建省系の悪口を言いバカにしている。
しかし、通帳だけを持ってきてもお金は引き出せない。
銀行印が無いからだ。
はじめ、予め全銀行の取引用紙を持って行き 犯行時 その場で捺印して元に戻して出て来るのだと思っていたが、実はそうではなかった。
貯金通帳とその銀行印が同じ場所に保管しているとは限らない。
当然、用心深い人間なら別々の場所に保管するであろう。
仲良くなって後から聞いた話だが、実はプリントごっこを使うらしい。
お正月の年賀はがきをプリントする アレである。
通帳裏の銀行印部分をコピーして、予め用意している取引用紙の印の部分に プリントごっこを使って印刷するのである。
プリントごっこのインクリボン部分からインクを空にして、朱肉を入れ、それをインク替わりにして印刷すると 本当に捺印したようになるのである。
パルコ曰く、これも中国3000年の歴史だそうだ。
犯罪とは言え、何とも賢く 思わず関心してしまう。
言葉の通じない異国の地で、我々日本人が 同じことをしろと言われてもどうだろうか。
中国人達のそのバイタリティーには、脱帽だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます