第24話 臭く汚い冒険者稼業
臭く汚く辛いけれども、危険は少ない依頼を受けつつ、実績を重ねていたある時。
ハンター──冒険者にとって避けては通れない野営の訓練として、ミラと二人でケントゥリア近郊の森に泊りがけでキャンプに行くことにした。
二人手持ち無沙汰に、ぼうっと森を赤く染める夕焼けを眺めていると、ミラが呟いた。
「……どうして、貴女みたいな嫌な人が……わたくしにここまでしてくれるのですか。お父様にも見捨てられた、出来損ないのわたくしに……」
ミラにとっては僕はたぶん、特に大した理由もないのに自分の命を救い生活の世話をしている何か気持ち悪い人、くらいの認識だったんじゃないかと思う。
慣れない冒険者稼業、その駆け出しとして、初めてづくしの挑戦の中で不意に暇な時間が出来てしまった。
だからつい、言ってしまったのだろう。森の中じゃあ暇をつぶすものもないし。
正直この暇な時間については僕の落ち度だ。
僕は魔法の鞄の中に野営に必要な道具は一通り揃えてあるし、テントなんかも面倒くさくて展開状態のまま仕舞ってあったりするから、野営の準備にはそれほど時間はかからない。
世間一般の常識として、野営の準備は明るいうちから始めること、みたいな説明をしながらも、実際には準備なんてないしやる気もないのでパパッと魔法の鞄から出して済ませた。
その結果、時間が余ってしまったのだ。
「僕は別に嫌な人ってわけじゃないし、君も生意気だけど出来損ないには見えないけど、まあそれはいいや。
理由かー。特に深い理由は無いんだけど、強いて言うなら君の境遇が僕と似ているからかな。
こう見えても僕、そこそこ良い家の令嬢だったんだよね。君と同じで勘当されちゃったけど」
「え……? あ、言われてみれば、髪のツヤや顔立ち、肌の質は高位貴族と比べても遜色ない……どころか、見たことがないくらい整ってますわ……。
あの、良い家とおっしゃいますと、具体的にはどちらの……? わたくしこれでも第一王子と婚約をしておりましたから、国内の主要な家は記憶しておりますが」
「ああ、貴族と言っても外国のだからね。知らないと思うよ。僕も君の家のこと知らなかったし。
んで、そこのご当主様──僕の元父上は、成人した僕の能力がお気に召さなかったらしくて、勘当されちゃったってわけ。
なものだから、目の前で勘当された君のことが何となく気になっちゃって。それで、まあ何となくって感じかな」
「能力が……それだけのことで……。イオラ様が何か失態をしたとかそういうわけでもないのに……」
ヒューマンの貴族には別に能力は求められていないから理解しづらい、って感じかな。いや能力が求められていないってのもどうなんだって話だけど。統治能力とか交渉能力とかそういうのは必要だろうに。
僕が話したからというわけでもないだろうけど、それからミラも自分のことを話してくれた。
ミラは王都で、王立学園とかいう施設に通っていたらしい。
王立学園とは貴族の子女向けの学園で、貴族としての振る舞いを覚えさせると共に、他の貴族家との繋がりを作らせるのが主な目的の施設のようだ。
貴族の子女に対する基本的な教育は、言われるまでもなく各家で問題なく施している。
しかし自分の家の中だけでは、他の貴族との関係について完全には教えられない。
例えば子爵が男爵よりも上の立場であることは勉強すれば理解できるが、では同じ男爵同士の場合はどちらが上なのか、また一体誰が子爵の子で誰が男爵の子なのか、そういった時勢に沿った情報は家の中だけで得るのは難しい。
国中の貴族の子を集め、効率よく貴族社会について教育をするための機関、なのだそうだが。
(王立で、しかも王家のお膝元である王都に建てられた学園かぁ。そしてそこに集められる貴族子女……。
つまり、人質ってことかな。特に元々他国の王族だった地方貴族とかが余計なこと考えないように、跡継ぎ全部王都に集めて牽制したい、ってのが学園設立の元々の理由、っぽいな……)
実際のところは知らんけど、少なくとも僕がこの国の王族ならそうする。
ミラ──アデルミラはこの国の第一王子の婚約者で、いずれは王妃になるようそれは厳しい教育を受けてきたそうだ。厳しい教育を受けていたのは王子も同じだが、ひたすら厳しさに耐えていたアデルミラと違い、王子は一時の息抜きを求めてか、学園の下位貴族の令嬢といつの間にか懇意になっていたらしい。
アデルミラは婚約者というよりは、未来の王妃として、王家の血筋を無闇に撒き散らすことにならないよう、王子とそのお相手の男爵令嬢に忠告をしたのだという。
それが王子の逆鱗に触れ、色々あって、最終的には「嫉妬に狂った婚約者がその権力を盾に男爵令嬢を脅した」とかそういう感じに脚色されてしまい、婚約を破棄される羽目になったと。
納得いかなかったアデルミラは急ぎ辺境伯の元へと帰り、王家に抗議をしてもらおうとしたのだが、結果は振るわず、あえなくただの「ミラ」になってしまったということらしい。
国内で最も尊い血を受けて生まれながら、貴族としては最底辺の男爵イモ令嬢にうつつを抜かすとか、なるほど王子はどうやらいいカモらしい。話を聞いた僕はそう思った。
いや、何のカモなのかはわからないけど。
「──つまり、イオラ様は似た者同士であるわたくしに同情して助けてくださっている、ということなんですのね」
「だいたいそうだね。
あとはまあ、徳を積むためって理由もあるっちゃあるけど」
「徳を積む……? 徳を積むと言いますと、聖職者の方などの修行のアレですの?」
「だいたい合ってる」
「……イオラ様が? 徳を? 積む? 崩すの間違いではなく?」
「ちょいちょい失礼だな君。これでも結構順調に徳を積み上げてきてるんだよ僕。ていうか徳って崩れるの? ちょっと僕の解釈とは違うんだけど」
「どれだけ高く積み上げたとしても、ほんの一度の過ちで容易く崩れ去ってしまうもの、とかそんな感じじゃありませんの? 信頼とかと同じで」
「え、そうなの? いや、崩れるって言っても貯金とかと同じでしょ。あれも崩すって言うし。つまり崩した以上にまた積めば問題ないよね」
「そう……なのでしょうか。いえ、わたくし一般の道徳にはあまり詳しくないのでわかりませんけれど」
貴族だしね。道徳の勉強なんてしないよね。僕もそうだった。
「僕も詳しくないから知らんけどね」
「え?」
「ん?」
「……駄目だこ
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