第25話 ウサギの可愛さは奇跡

 超暇な野営訓練の後くらいから、ミラは戦闘訓練中も僕の指導も素直に聞いてくれるようになった。


 その他にも「ね、猫が喋ってますわ!?」とか「猫じゃにゃいにゃ! うちは誇り高きマンティもがが! ちょっとイオラ様、にゃんでうちの口押さえるにゃ!?」とか色々あったが、特別な使い魔なんだよとか適当に言って事なきを得た。二人ともちょろくて笑える。


 訓練でのミラの動きがある程度こなれてきた頃、僕らの冒険者ランクはようやく初心者の「木札」を卒業することが出来た。

 穴の空いた四角い木の札に適当に名前が書かれていただけの、軍隊の認識タグみたいなものを返し、代わりに青銅製のタグを受け取る。金属製のタグを持つようになってようやく駆け出し冒険者、なのだそうだ。

 この駆け出しの青銅級から、街の外での採取やモンスターの討伐依頼が受けられるようになる。


 僕の経験上、と、あと転生時に知ったシステム上、身体を動かすことによって習得できる「技」や「型」も重要だが、それ以上に経験を積むことによって得られるBPの方が重要だ。いやミラはフルスクラッチビルドというわけでもないだろうし、普通に経験値と言った方がいいか。

 経験値を得るには、まあ何かしらの行動をすればいいのだが、一番手っ取り早いのは人間やモンスターを殺すことである。殺さなくても勝てば一定量得られるが、殺したほうが効率がいい。

 ちょうど街の中での訓練も一区切りしたところだし、そろそろ弱めのモンスターをミラに狩らせてレベルを上げたいところだ。


「せっかく青銅級に昇格したことだし、今日はこれを受けようか」


「これは……グレイラットの肉の納品? グレイラットというのは、モンスターなのではありませんの? モ、モンスターと戦うだなんて、わたくしには無理ですわ!」


「心配いらないよ。無理なら死ぬだけさ。死んでしまったら心配する脳もそのうち腐ってしまうから、気にしても仕方がない」


「酷いですわ! やっぱり貴女には血も涙もないんですのね!」


「君には師匠に対する敬意みたいなものが足りてないみたいだね。さ、行くよ」


 僕は泣き叫ぶミラの首根っこを引っ掴み、街門から外に出た。

 門に立っていた兵士には驚かれたが、真新しい青銅のタグを見せるとすぐに納得したようだった。

 どうやらこの街では昇級した駆け出し冒険者にあるあるの光景らしい。


 この後、僕は嫌がるミラが死んだ目でネズミを解体出来るようになるまで、討伐依頼に付き合った。

 なお解体に失敗して売り物にならなくなったネズミはスタッフ(ナンシー)が美味しくいただきました。

 血だらけの口元を自分の舌で舐めて綺麗にする様なんかは、何だかんだ言って肉食獣なんだなって思ったよね。



 ◇



 それからしばらくの間、僕とミラは討伐依頼をメインに受けるようにした。

 辺境とは言うもののそれほど強いモンスターはおらず、ほとんどがグレイラットの肉の調達だ。

 山脈ひとつ隔てているだけなのに向こうとはえらい違いだな。もし山脈がなくなったらこの辺りどうなっちゃうんだろうね。今はまだ、直ちに影響はないだろう小さな穴がひとつあいてるだけだから問題ないだろうけど。


 グレイラットはウサギサイズのネズミというか、耳が短くて牙が長いウサギというか、そんな感じのモンスターである。山から下りてきたときに草むらから飛び出してきたアレの少し大きいバージョンだね。

 ていうか種としては同じだと思うから、成長度の問題かな。なぜか街に近い方に住んでる個体の方が大きいんだよね。きっと栄養豊富なものを食べてるんだろうな。何を食べてるのかな。私、気に──しないほうが幸せでいられるやつだなこれ。


 それはともかく、グレイラットは、ウサギの可愛さって実は奇跡的なバランスの上に成り立ってたんだなってことがよく分かるモンスターだ。ウサギっぽいのにあんまり可愛くないんだよねコイツ。だから気兼ねなく狩れるってのもあるんだけど。いや可愛くても気兼ねなく狩るけど。ウサギ美味しいし。そういう歌も前世であった気がするし。「ウサギ美味しいか野山」だっけ。うろ覚えだけど。なんでそんな威圧的に聞くんだよ。野山って誰だよ。


 グレイラットは一般人──戦闘系のパッケージを持っていない、5レベルくらいの人──が戦うにはちょっとキツイけど、多少の戦闘の心得がある人なら何とかなる程度の弱いモンスターだ。

 もちろんこれはヒューマンの一般的な感覚の話で、魔族基準だと子どもでも狩れると思う。だから山脈の向こうには生息してないのかもしれない。

 肉の質感はウサギと似た感じで、一般家庭にそこそこ需要がある。グレイラットが怪我なく狩れるようになれば青銅級として生活が安定する、って感じだ。

 だからこの辺境の街ケントゥリアの冒険者のボリュームゾーンはグレイラットを狩る青銅級となっている。

 そして僕らも今はその仲間入りをしたというわけだ。




「お、だいぶ解体が上手くなったね、ミラ。これなら買取価格ももう少し交渉できそうだ」


「それはこれだけ毎日何匹も解体させられればこうもなりますわ。んっ」


 ミラは解体を終えた血塗れの両手を無言で僕に突き出した。無言でっていうか、「んっ」とかいう子どものような甘え声は出しているけど。


「はいはい。『清浄ピュリファイ』」


 ついさっきまで生きていた恒温動物を自分の手で解体すること自体には慣れてきたようだが、作業のあとの身体の汚れまでは耐えられないらしい。毎回こうして僕に魔法をねだってくる。こいつ僕のこと嫌いな割にこういうときだけ上手いこと使ってくるよな。


「……ちょいちょいイチャイチャするのやめてくれにゃいかにゃ」


 仕方なく、ひとりじゃ手も洗えない生粋のお嬢様のお世話をしているだけである。妙な言いがかりはやめてほしい。

『清浄』は魔法使いパッケージの基本的な魔法で、たぶんどのパッケージでも低レベルの時に覚えるものだ。手や身体の汚れを取るだけでなく、水に含まれる有害な要素も除去してくれるので、旅のお供として必須の魔法のひとつである。

 まあ自分が魔法使いパッケージを持っていると知らなければスキルや魔法を取得していることにも気付かないので、特に鑑定の儀のないヒューマン国家では自分が魔法を使えることを知らずに一生を過ごす人もいるんじゃないかと思う。

 前世の世界でもほら、急に魔法とか必殺技とかの名前を叫んだりしないでしょ。もしかしたら発動するかもしれないのに。それと同じ。言っても発動しない人が大半だろうけど、一部には発動する人もいたかもしれない。たまたま技名がとパッケージが一致すればの話だけど。まあ恥ずかしいから普通はやらんよね。


 「お腹も空きましたし、そろそろお屋敷に帰りましょ──間違えた、お宿に帰りましょう」


 たまに貴族令嬢仕草が抜けないときもあるが、ミラもけっこう冒険者に慣れてきたな。

 ギルドに寄って解体したネズミの肉を納品し、報酬をもらい宿の一階の食堂に向かった。

 食堂で頼むのは駆け出し冒険者らしく、質素なメニューである。

 この宿はケントゥリアでも有数の規模で、食堂もそれに見合ったものだ。高い金を払えば豪華な食事も楽しめるが、そんなものは駆け出し冒険者では手が出せない。

 青銅級として安定してくればたまになら頼めるかも知れないが、まだまだ先の話だ。


 僕は中までしっかり火が通っていないニンジンをさり気なくミラの皿に移し、代わりに生焼けの肉を自分の皿に持ってきながら、食事を楽しんだ。


「まーたイチャイチャしてるにゃ」


 いや野菜は生でもいけるけど肉はモノによってはヤバいから、これは師匠として弟子の体調を心配してのことだよ。僕なら『貪食』の恩恵でお腹壊したりとかしないし。別にミディアムレアの肉が好きだからとかじゃないよ。





 ★ ★ ★


野菜もお肉と同じ調理器具(まな板とか)を使いまわしているとしたら同様のリスクがありますので、焼肉屋さんとかで召し上がる際には生焼けにはお気をつけください。焼けた端から同行者の皿に入れてあげるのをオススメします。

一人焼肉の時? 一人で来て野菜頼む人いるんですか……?




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