第26話 イチャイチャしやがって

 お腹を満たしたら、長期で取った宿に戻って休む。


 こちらも出費を押さえるために一人部屋を一部屋である。初めて借りたときは一人部屋に堂々と2人で泊まるのはさすがに駄目かなと思っていたのだが、駆け出し冒険者やで使う人たちが2人で泊まるケースは多いらしく、女将からは意味ありげな視線で「ごゆっくり」と言われたものだ。いや女同士なんですけど。


 ここは僕らがまだ木札だったころから使っている部屋で、あの頃は今よりもミラの態度が悪くて泊まるたびにけっこう揉めたものだ。

「こんな小汚い部屋に泊まるなんて! ところでイオラ様はどこで寝られるんですか? 床ですか?」とか何とか。なんで自分がベッド使う前提なんだよ師匠に譲れよ。最悪でも交代だろ。


 それが今ではこうである。


「イオナ様、もうちょっとそっち詰めてくださいませ。落ちてしまいますわ」


「いやいやまだ余裕あるでしょ。こっちもう壁だよ。僕潰れちゃうよ」


「イチャイチャしてにゃいで、うちが寝る場所も空けてほしいにゃ!」


 ひとつのベッドを仲良く2人と1匹で分けているというわけだ。

 交代で床で寝るより2人でベッドを使った方が合理的だからね。床で寝ると疲れが取れないし。ナンシーが言うには猫もそうらしい。ほんとかよ。てかそこは猫扱いでいいのかよ。マンティコアの誇りとやらはどこ行ったんだよ。


 ともかく、嫌いな相手ともこうして同じベッドに入れるようになったとは、やはりミラも随分と冒険者に慣れてきたと言えそうだ。



 ◇



 そんな生活をさらに二ヶ月ばかり続け、僕らは青銅級から鈍鉄級へと昇格した。


 鈍鉄級ではタグが青銅から鉄に変わる。この上には鋼鉄級があるらしいのだが、見た目で区別がつくのだろうか。少なくとも僕は鉄の細かい種類なんてわからない。

 そう思ったのだが、鈍鉄と呼ばれているこのタグは思った以上に柔らかく、ちょっとぶつけるとすぐにキズがついてしまうらしい。鉄なんて興味なかったから、そんな柔らかいものがあるなんて知らなかった。武器とか防具も全部魔力製だし。


 魔力武器は便利なのだが、召喚系のスキルツリーを持っていないと覚えられない。召喚魔法、それも魔力武器召喚のスキルを持っている人間は多くない。僕のようにフルスクラッチビルドなら後からいくらでも取得できるが、サンプルキャラクターやパッケージビルドだとそうはいかない。生まれつき決まったレールの上をただなぞっていくだけだ。


 ミラはどうかというと、今の時点でははっきりしたことは言えない。

 ただ、討伐で獲得したであろう経験値が勝手に割り振られて自動的にレベルアップしているっぽい様子は感じられた。最初の頃はその動きを追うことさえできなかったグレイラットを相手に、今では奇襲を逆手に取ってカウンターで一撃で仕留められるまでになっているからだ。

 この時の得物はナイフだが、短剣術のスキルはひとつも覚える様子がないので、おそらくナイフを使うパッケージは持っていない。それでもラットにカウンターを合わせられるくらいだから、それだけ純粋なパラメータが上昇しているということだ。


 辺境伯家の令嬢で、場合によっては王妃になっていただろう立場の子なので、まあたぶん貴族ノーブルパッケージとか令嬢レディパッケージとかそんな感じの何かしらは持っているはずだ。経営、文官系とかのスキルが伸びるパッケージと、刺繍とか礼儀作法とかが伸びるパッケージだったと思う。確か。


 あるいはワンチャン、ビルトキャラクター説もある。

 何しろ下位貴族の娘に惚れた王子から婚約破棄をされるほどのキャラクターだ。これをネームドキャラと言わずして誰をネームドキャラと言うのか。これが物語なら絶対主要人物だと思う。

 そうだとしたら転生前のあの空間で本人が選んだのだと思うけど、誰だって好き好んで婚約破棄されるキャラクターなど選ばない。

 なのに敢えて選んだということは、このアデルミラというキャラクター、婚約破棄される令嬢と見せかけて、実は王子と下位貴族をざまぁする系の覚醒悪役令嬢だった可能性もある。

 まあ、転生してしまえばビルトキャラクターもパッケージビルドもみんな記憶を無くしちゃうから意味ないわけだけど。


 本当にミラがざまぁ系覚醒悪役令嬢だった場合、選択されているパッケージは単純に貴族令嬢系のものだけだとは思えない。ざまぁが出来るだけの特別な何かを持っているはずだ。

 そして、ステ振りスキル振りが任意で出来ない以上、それらのざまぁ用パッケージも勝手に成長しているはずである。

 グレイラットをノールックサツガイできるくらいだから、ざまぁ用パッケージは戦闘系のもので間違いないだろう。貴族パッケージとかどれだけ成長させてもそんなことができるようになるとは思えない。


「……何のスキル補正もないナイフでネズミの奇襲を返り討ちにできるくらいだし、そろそろスキルが何なのかわかるかも。

 ミラ、街に帰ったら武器屋に行こうか。ナイフみたいな生活用品じゃなくて、君に合う武器をちゃんと見繕おう」


 何でこんな回りくどいことをしようとしているかというと、どうやらヒューマンの国には「鑑定の儀」やそれに類する魔法技術がないらしいからだ。

 つまり、みんな自分がどんなスキルを持っていて、何に向いているのかすら知らないで日々生活しているということだ。


 もちろん普通に生活していれば年齢相応のレベルにはなっているはずだし、成人なら何となく自分の得意不得意くらいは把握しているだろう。

 それでもそれぞれの生まれによって行動に制限がある。例えば農民に生まれた子が剣術パッケージを3つ重ねて持っていたとしても、一生剣を触ることがなければちょっと力の強い農夫で終わってしまうだろう。

 実に非効率だと思うけど、絶望山脈のこちら側ではそれが当たり前なのだ。

 

 魔道具技術の技術力の差なのかな、と思う。鑑定の儀にも何らかの魔道具が使われているはずだし。

 僕の持っている魔法の鞄も、こっちに来て最初の頃は「アイテムボックススキルか!?」などと驚かれたりもした。


 ていうか何だそのスキル。そんなのあるのかよ。僕のスキル取得一覧に出てこないってことは、特定のビルトキャラクターとかしか覚えられないユニークスキルなのかな。ユニークスキルなのに魔法の鞄より有名なのか。どうなってんだヒューマンの社会は。

 そういうわけなので、僕は魔法の鞄をアイテムボックススキルだと偽って使っている。普通逆じゃないかな。


「え、ナイフみたいな生活用品!? わたくし今まで生活用品でネズミ相手に死闘をさせられていたんですの!? 道理で冒険者ギルドの皆様が妙な目で見てくると思いましたわ!」


 冒険者ギルドの雑魚どもなんて、まっとうな武器をぶら下げてるのにミラ以下の戦果しか挙げられないカスの集まりだ。

 その目も当然節穴だろうし、気にする必要なんてないけどね。


「重要なのは武器ではないよ、ミラ。僕が君にまず教えたかったのは、自分がどんな状況に置かれていたとしても、絶対に相手を殺してやるという強い意志だよ」


「それならもう十分ですわ! 殺意でしたらほら! こんなに!」


 結構長いこと一緒にやってきているというのに、どうやら『傲慢』によるマイナス補正は未だに緩和されていないらしい。

 僕はミラが振り回すナイフをいなしながら悲しい思いに暮れた。


「……そういうとこだにゃ」





 ★ ★ ★


タイトルと投稿日の日付は全く関係ありません。私怨は入ってません。ほんとです。

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