第27話 上を向いて後ずさろう

 街へ戻り、ギルドにこの日受けた分のグレイラットの肉を納品すると、僕らはその足で街の武具屋に向かった。

 僕は武器が必要ないし、ミラのナイフは雑貨屋で購入していたから、武具屋に入るのは実は初めてだ。


「いらっしゃ──げえ! 笑い鬼!? な、何しに来たんだ! アンタにゃ武器は必要ないだろうし、ここにはナイフなんてねぇぞ!」


『笑い鬼』とかいうお笑い芸人みたいな呼び名はこの街での僕のあだ名である。いささか物騒ではあるが、物騒さも恥ずかしさも『殲滅姫』より幾分マシなので黙認している。


 この呼び名は、うら若き美少女である僕らに不敬にも声をかけてきた男性冒険者の関節を外してグニャグニャにしたりしていたことから付けられたらしい。

 そういう冒険者の復讐だったり、怖いもの知らずの度胸試しだったり、それとは関係なく絡んでくるガラの悪い冒険者だったりをを片っ端からグニャグニャにしたりしなかったりしているうちに付けられたあだ名がこの『笑い鬼』だ。

 ちなみに僕個人というよりは僕とミラの二人を指した呼び名らしい。マジでお笑いコンビじゃないか。僕が冒険者なり破落戸ごろつきなりを笑顔でグニャグニャにしてる姿を、ミラも笑顔で眺めているからだそうだ。なんだそりゃ。


 その時の立ち回りで僕が魔力武具を召喚して使うことも知られてしまっているので、この武具屋の親父もそれを言っているのだろう。

 まったく、この世界の人間は個人情報を何だと思っているのか。


 声をかけてきた冒険者を片っ端からグニャグニャにしたりしなかったりしたせいか、本来の実力に見合っていないということで特例での冒険者ランクの引き上げの話もあった。

 でもそういう横紙破りみたいなことをするとやっかみとか恨みを買ったりするものなので断った。僕はそういうのに詳しいんだ。いやもうすでに十分すぎるほど恨みは買ってるっぽいんだけどね。グニャグニャの件で主に男性冒険者から。そして女性冒険者からは『枢要』の影響もあってやっかまれている。


「ナイフは雑貨屋で買うから大丈夫。僕に武器が要らないのはその通りなんだけど、今日はミラのを買いにきたんだ。ちょっといくつか、色んな種類のものを持たせてもらっていいかな。構えたり振ったりするのは店の中でオーケー?」


「オーケーなわけねえだろ! そっちのドアから裏庭に出られるから、そこでやれ!」


「ありがとう。じゃあちょっと借りるよ」


 僕は槍、剣、斧、弓、それとメイスを適当に抱えて裏庭に出た。

 かつては箸より重いものを持つことが出来なかった僕だが、BPの増加により一般人より多めの筋力を得るに至っているのだ。成長とは素晴らしいね。この筋力はもちろん破落戸ごろつきをグニャグニャにしたりしなかったりするのにも役立てられている。


「じゃあミラ。この中から、とりあえず使ってみたい武器を選んで構えてみて。僕もそれなりに心得はあるから、構えを見ればある程度はわかると思う」


 かつて、魔帝国の帝都でハンター試験を受けた時。

 僕はまだ実家を出たばかりで、武器を扱うスキルなんてひとつも持っていなかった。

 けれど、それからハンターとして活動したり、深淵の森でアンデッド効率狩りをしたりしてきた中で、十分なBPを稼ぐことができた。

 今ではそれを武器系のスキルツリーにも投資しているのだ。

 考えてみれば、召喚魔法で武器を召喚する僕にとっては、扱える武器種は多ければ多いほうがいい。そして、それらの武器を使いこなせるのならさらにいい。

 取得しておきたいスキルや振っておきたいパラメータに一通りBPを振った後は、なるべく多くの武器系スキルを取得することを目指したのだ。

 今では、ここにあるような基本的な形状のものから、剣と鞭を組み合わせた蛇腹剣や槍と斧を組み合わせたハルバードまで、様々な武器を思うままに振るうことが可能となっている。

 十徳ナイフみたいに色んな武器が仕込まれたアイテムとかあったら僕にぴったりかもしれないね。徳とか名前に入ってるし、御利益もありそう。


「短剣はありませんの?」


「君には短剣の才能はないよ。ナイフが短剣と同じカテゴリーだからね。最初からそれはわかってるから試すだけ無駄だよ」


「わたくし才能がないとわかりきってる武器──ですらない生活用品で今まで戦わされておりましたの!?」


「そうだね。でもこれからは違う。ここで君に合った武器を選び、これまでの自分とは決別するんだ」


「……なんか良いお話風におっしゃってますけど、その『これまでの自分』とやらはイオラ様から押し付けられていたものではなくて?」


「世の中の教育ってのはだいたいそういうものだよ。さ、好きなのを手にとって」


 僕が促すと、ミラはどこか納得のいかないような顔をしながらも、おずおずと剣に手を伸ばした。その様子を庭の隅で香箱座りをしながらナンシーが溜め息をつきながら見ている。溜め息なんてつくとこあったかな今のやりとりに。


 セオリーというか、一番ありそうなのは長剣かもな、と僕は思う。

 ビルトキャラクターにしろパッケージビルドにしろ、これから生まれ変わって貴族令嬢として生きようという人が、敢えて斧とかメイスとかのいかつい武器を選ぶとは思えない。適正がある可能性が最も高いのは剣だろう。

 案の定、剣を手に取ったミラの構えは堂に入っていた。

 そのまま何度か剣を振ったが、まるで舞でも舞っているかのような優雅さだった。剣先の奏でる風切音も鋭い。


「……なるほど、ですわ。ナイフよりも、何と言うか、構えていて安心感がある気がしますわ」


「うんうん。なかなかどうして、様になってるよ」


 レベルを上げたミラの身のこなしからして、近接系の戦闘パッケージを持っているのはおそらく間違いない。

 この様子なら、そのパッケージは剣士系で決まりだろう。

 クソ高いパッケージで色んな武器のマスタリーを取得できるものもあったと思うけど、さすがにそれはないだろう。前世でどんだけ徳積んだんだよって話になるし。


「でも一応他のも持つだけ持ってみようか。ほら、次は槍だ」


 剣を壁に立てかけ、その隣に同じく立てかけてあった槍を取るミラ。

 彼女は裏庭の中央まで戻ると、くるりと槍を回転させ、ピタリとポーズをキメて見せた。

 しかしその手には槍は無かった。


「……あら?」


 僕は空を見上げた。

 感極まったとか涙が零れそうとかそういう理由ではない。

 そこに槍があるからだ。


「槍でも降るんじゃないか、っていう表現は聞いたことがあるけど、実際に槍が降るのを見るのは初めてだ」


 ミラが格好つけてくるりと槍を回したとき、槍はその手からすっぽ抜けて、天高くまで飛んでいたのだ。

 これまでの冒険者活動で鍛えた筋力STRは良い仕事をしているらしく、もしこの世界に「垂直やり投げ競技」みたいなスポーツがあったら金メダル間違いなしというくらいの高さまで飛んでいた。

 なんだその危ない競技は。垂直に投げたらその場に落ちてくるに決まってるだろいい加減にしろ。


「きゃあ!」


 回転しながら落ちてきた槍を間一髪で避けたミラは、その勢いで尻もちをついてしまった。

 槍はその直ぐ側の地面に突き立っている。


「槍の才能は無いようだね」


「うう……。持った感じ、ナイフと同じような感覚がしたのでいけるかと思ったのですが」


「ナイフと同じ感じならやっぱり才能はないで間違いないね。いや練習すればナイフと同じ程度には扱えるようになるだろうけど」


 ナイフと同じ程度に槍が使えたから何だって話である。そこらのネズミを的確に突き殺せるくらいしか役に立たない。

 確かに剣よりリーチは長いが、剣と槍を同時に装備できるわけでもない。だったら才能のある剣一本に絞ったほうがいい。


 その後、斧やメイスも試してもらったが、どれも剣に比べればふざけているのかってくらいダメダメだった。

 メイスに至っては武器屋の壁に斬新なオブジェとして突き刺さっている。店主に文句を言われたが、じゃあ大人しく店の中でやらせておけばよかったのにと言い返したら顔を青くして黙った。いや、文句があるなら今から店の中で同じことをするぞって脅迫とかではないからね。そんな徳の下がること僕が言うわけないでしょ。





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