第23話 アル=イクスイル王国

 僕とミラは駆け出し冒険者としてパーティを組み、初心者向けの依頼を中心に受けて細々と活動を始めた。


 冒険者という職業はハンターと違いランクというものがあるようだ。

 ランクはその冒険者の実力を表すと同時に、その冒険者がどれくらい信頼できるかも意味しているらしい。

 魔帝国のハンターはどこまで行ってもモンスター狩りのならず者でしかなかったが、こちらの高ランク冒険者は貴族にも匹敵する扱いを受けることもあるそうだ。


 最初僕はなぜそうなるのか意味がわからなかったが、ギルドの職員の説明を聞いて納得した。

 あまりに強い冒険者は、その持ちうる武力だけで、下手な貴族家の私設騎士団くらいなら蹴散らしてしまえるからだそうだ。

 そのような存在に対して、貴族が権力を振りかざし横暴に振る舞ったところで、双方にとって良い結果にはならない。

 だから最初から、一定以上のランクの冒険者にはその武力に見合った権利を与えているらしい。


 これはヒューマン特有の文化だな、と感じた。

 魔帝国では、そもそも貴族という存在にはそれに見合った「実力」が求められている。僕が勘当されたのもそのせいだ。

 多少強いハンターがいたとしても、基本的には爵位を賜るほどの貴族の実力には到底及ばない。彼らがモンスター退治をしているのは、いちいちそんな些事に貴族やその私兵が出張るほど暇ではないからと、社会からあぶれたアウトローに生活の糧を与えるセーフティネットの意味合いが強いからだ。

 人々の上に立つ貴族は別に強いわけではない、というヒューマンの歪な社会構造だからこそ成り立つ理屈である。

 やっぱりヒューマンの国では実力に関係ない階級社会が築かれていたみたいだね。期待した通りだ。


 いずれにしても、駆け出しである僕とミラには何の力も認められていない。

 一応普通に街に入って宿を取ったりすることくらいは出来るが、街に来たばかりの僕たちが赴いた、街の中心部には立ち入ることはできない。あの時は貴族であるアデルミラの家の馬車だったから何も言われなかったが、たぶん今あの辺りをうろついたら職質からの逮捕コンボだろう。


 街の中心部には貴族街があり、この街の領主と、その領主家の寄り子である周辺貴族たちの屋敷が並んでいるそうだ。

 ミラのお父様がその領主で、辺境伯であるらしい。この国では、辺境伯といえば、小さな国の王くらいの扱いであるようだ。


 というか、実際にかつてはそうだったらしい。

 この国の名はアル=イクスイル連合王国と言い、かつてこの地に存在した5つの国が連合を組んで誕生した国なのだそうだ。

 アール王国という国が他の4国を支配下に置くことで統合されたらしい。

 つまり、大昔はここはケントゥリア王国というれっきとした国家で、カントール辺境伯はそこの元王族ということだね。


 現辺境伯家であり元王族の娘なら王家に嫁ぐのも不思議ではないな。

 辺境ということは王都からは遠いということで、通信技術の未発達なこの社会では物理的な距離はそのまま心理的な距離に繋がる。

 今回の婚約話は、小国の王だった辺境伯が妙なこと──例えば王国への反逆とか他国との密通とか──を考えないよう、結婚によって繋がりを強くしようとかそんな理由からだろう。

 結果として逆効果になったみたいだけど。

 いや、辺境伯が王家と揉めたミラを追い出したってことは、少なくとも辺境伯側には現王家に逆らう気はないって意思表示をしたいってことだろうから、そこを考慮すればまずまずの結果ってことなのかもしれない。関係が維持できて良かったね。ミラにとっては何も良くないけど。



 ◇



 駆け出し冒険者向けにギルドの掲示板に貼り出されている依頼は、ドブ浚いとか廃屋の解体とか、そういう街なかで完結するものばかりだ。

 街の外に行かせても盗賊やら何やらに襲われて死んでしまうおそれがあるからだろう。

 何の価値も生み出さない駆け出しの冒険者をまるで守るかのようなこの仕組みも、強くなって偉くなった上位の冒険者たちの意向によるものだそうだ。下から後輩たちに追い上げられる危機感とかはあまりないらしい。

 一定以上に強くなってしまえば貴族並みの待遇を受けられるので、追いつかれようが追い越されようがあまり影響はないからだろう。むしろ同様の立場の冒険者が増えたほうが、国や社会に対する発言力を増すことになる。

 美しい相互互助精神だね。ヒューマンらしいや。


 この周辺の一般的な盗賊が先日のレベルなら、外に出たところで僕にとっては恐れることなど何も無い。

 でもミラにとっては脅威だ。

 その辺りを踏まえつつ、僕はミラとふたりで小さい依頼を受け続け、たまに戦闘の訓練みたいなこともしながら、まずは冒険者ランクを上げることを目標にして頑張っることにした。



 ◇



「くっさ! 臭いですわ! なんですのここ! この世の地獄ですの!?」


「下水道だよ。この街の皆が流した汚水が集まるところだね。ミラが流したブツもたぶんどっかにあるよ。あ、僕のはないけどね、美少女だから!」


「わたくしのもありませんわよ! 美少女ですし!」


 ふーん。やるじゃん。


「……」


 声には出さずとも「ノーコメントにゃ」と聞こえてきそうだ。


 この日受けた依頼は「下水道の掃除」だった。

 掃除と言っても、メンテナンス用の通路の汚れやゴミを水路に落とすだけだから楽と言えば楽だ。


 この文明レベルで下水道が完備されているのは見事だ、と言いたいところだけれど、全体的に古くてボロいのが気になる。

 手入れもあまりされていないというか、手入れできないと言う感じだ。ところどころ補修しようとした跡は見られるけれど、明らかに建造時の技術レベルに達していない。堅牢な石造りの壁に空いた穴が、申し訳程度の木の板で塞がれている。

 メンテナンス用の通路の掃除が依頼として貼り出されるってことは、この街の住民基準で言うメンテナンスとやらは定期的に行っているんだろう。

 別に下水道なんて完全に直さなくても一応用は成せる、ということなのかもね。


 それにしてもどこかで見たような建築様式だな。

 ていうか魔帝国の帝都の下水道とほぼ同じだ。

 古さから言っても、もしかしたらかつて魔族による侵攻があった時代、侵略した魔族の工兵とかによって作られた下水設備とかじゃないかな。

 絶望山脈からもそう離れてないし、いかにもありそう。

 まあ何でもいいけど。


 文句を言いながらも、僕とミラはこの街の人たち──ただし僕とミラは除く──の垂れ流した糞尿の匂いに鼻を曲げつつ、下水道の掃除を行った。



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