第22話 冒険者になろう

 馬車の近くの死体を片付け、馬に水を与えると、御者台に乗り、馬車を進ませた。


 今さらだが、この一行は一体なんなのだろう。

 乗っているのは大人の女性と貴族令嬢の二人。女性は令嬢の世話係だろうか。御者もそこそこいい身なりをしていたから、こちらも令嬢の関係者かもしれない。これに護衛を付けて街道を移動していたとなると、この一行の中心人物は貴族令嬢だろう。

 令嬢が馬車で自分だけで(使用人はカウントしない)移動するって一体どういう状況なんだ。

 僕も一応貴族令嬢だったけど、そんなことは普通有り得ないと思うんだけど。


 いやあったわ。実家追い出されてからひとりで旅したわ。

 まさかこの令嬢も実家から追放されたりとか……いや、街に着いたらお父様が支払うとか言ってたし、きっと大丈夫だ。



 ◇



 駄目でした。


「殿下に近づいた娘に嫉妬し脅迫までして、殿下に愛想を尽かされ、あげくに婚約破棄されただと! ふざけるな! そんなことで儂の──ええい、お前のような者はカントール家の恥だ! 金輪際我が家の門をくぐることは許さん! どこへなりとも行ってしまえ!」


 令嬢は怒り狂うお父様(推定)に縋ったが、とりつく島もなかった。

 お父様(推定)には、令嬢と一緒にいた例の気絶者が報告をしており、気絶者自身も叱責はされたものの、一応雇用主の責任があるのか彼女だけは屋敷に迎え入れられていた。門をくぐる時、令嬢に一瞥をくれていたが、そこには親愛とか友愛みたいなプラスの感情はなさそうだった。

 まあ雇い主が勘当した娘に対して、目の前で心配してやったりは出来ないよね。メリットとかないし。


 さておき、令嬢を街に連れてくるという仕事は終わったので、報酬をもらわなければならない。本当なら盗賊退治の謝礼も欲しいところだけど、そちらは言われる前に僕が勝手にやったことだし、目的も謝礼ではなく徳チャージなので無いなら無いで別にいい。


「えっと、お父様とやらが支払いを渋るようなら君が髪を売って支払ってくれるという話だったと思うんだけど、髪を買ってくれるお店ってどこなの? 早速行こうじゃないか」


 僕は絶望して項垂れる令嬢に優しく声をかけた。もちろん優しくしたのは声色だけで、内容は別に優しくはしてない。


「……貴女には血も涙もないのですか」


「あるよ? 逆に君には誠意ってものはないのかな? 一般常識とか、コンプライアンス意識でもいいけど」


 自分の方から報酬を提示して契約を結んだのだから、それを履行するのは最低限の義務である。支払時の債務者の状況は債権者には関係ないし。

 ちなみに僕は自分で言った「誠意」「一般常識」「コンプライアンス意識」の3つについての自信はない。知らないわけではないけれど、徳の方が優先度が上だからだ。


「……そういうとこだにゃ」


 にゃんしーが小声で何か言ってたけど無視した。


 令嬢はどんよりとした顔をしたまま、やはりどんよりとした足取りで、街の大通りに面した魔道具屋に僕を連れて行った。

 なんでも、ヒューマンの貴族は平民に比べて内包している魔力が高いらしい。それは髪にも宿っていて、貴族の髪は魔道具の部品に使えるらしいのだ。


 魔道具というのは、簡単に言うとマジカルな道具のことである。何らかの魔法を再現する道具、といった方がわかりやすいだろうか。例えば辺りを明るくする『照明』という魔法があるが、これを再現した魔道具が世の中には存在していて、前世で言う電灯代わりに使われていたりする。

 魔帝国にも魔道具はあって、あちらはもっと攻撃的というか、起動すると周辺一帯を吹き飛ばす魔道具とか、丸一日毒ガスを噴射し続ける魔道具とか、そういうものが多かった。もちろん照明や発火とかの生活必需品くらいはあったけど。

 僕が持っている魔法の鞄も魔道具だ。


 でも、髪とは言え、自分の身体の一部が魔道具に使われるとか、僕の感覚だとちょっと怖い気もする。箱入りの貴族令嬢がよくそんな決断できたな。やらせたのは僕だけど。

 この感覚は間違っていなかったようで、魔道具屋で髪を切って僕に支払いをした令嬢は、短くなった髪をいじりながら「貴女には温かい血は流れていないのですか」とかずっとぶつぶつ言っていた。


 ぶつぶつ言いながら、店を出た僕の後をついてきていた。


 僕は困惑した。


「あの、もう仕事は終わったし、お支払いも終わったから、君とははっきり言って無関係なんだけど。ついてこられても困るっていうか」


 僕がそう言うと、令嬢は今気がついたという感じで驚いたような顔をした。


「そ、そう、ですわよね……。でもわたくし、お父様に勘当されて、屋敷も追い出されて、これからどうしたらいいか……」


 僕も全く同じ同じ目に遭ったことがあるから、まあわからないでもない。

 いやわからないな。これからどうしようとか考えたこともないし。


 貴族として生まれ、貴族の財(=民の税)をふんだんに使って成人まで育ててもらったからには、普通に考えれば貴族としての責務を果たして領民や国民に還元しなければならないはずだ。

 けれども僕の元父上や彼女の元お父様は、「出ていけ」と言って僕らを解放した。

 これって、僕らとしてはものすごくラッキーなことだ。だってこれまで受けてきたコストや恩を全て踏み倒し、自由に生きていいってことなんだからね。脱法召喚が流行るわけだよ。いや流行ってたのが具体的のどのカードゲームだったかは覚えてないけど。


 ただ、この令嬢にとってはそうではないようだ。きっと彼女には貴族としての生活が全てだったのだろう。貴族として生まれ、貴族として育てられ、貴族として、おそらく王族の誰かと結婚して(彼女のお父様が「殿下」とか言っていたので王族だと思う)、子を産み、育て──そうして生きていくことが彼女の幸せだったのかもしれない。


 でも、それが叶わなくなった以上、彼女はこれから独りで生きていかなければならない。

 それがどうしようもなく不安なのだろう。

 だから、かろうじて知らない仲でもない僕の後を無意識のうちに付いてきてしまっているのだ。『傲慢』である僕のことを無意識に忌避しているにも拘らず。


 僕自身が彼女に言ったように、もう仕事も終わっている以上、僕が彼女に何かをしてやる義理はない。

 けれども僕は、自分と似た境遇にある彼女に、ほんの少しの同情心を感じていた。

 僕としても、どうせ当てはなく、おぼろげに「しばいたら徳が積めそうな悪党を探す」くらいの目的しかない旅だ。

 同じく行く当てのない、自分に似た哀れな令嬢の新生活のスタートを世話してやるのも、悪くないかもしれない。何ならこの施しで少しくらいは徳が積めるかもしれない。

 そう考えると、あの時「無かったこと」にしなくてよかったな。失うはずの徳が、逆にプラスになって返ってくる(かもしれない)とは。


「えっと、とりあえず僕はこの街のハンターズギルド──はこっちには無いかもしれないか。えっと、モンスターを倒したり盗賊を倒したり遺跡を探索したりするような職業に就ける組合に行くつもりなんだけど」


「それは……冒険者ギルドのことですの?」


「冒険者?」


「ええ。モンスター退治とか、危険なエリアの調査とかをしている、その、あまり素行のよろしくない、ええと、下民げみんかたがなる職、だと聞いておりますけれど……」


 素行のよくない下民の方がなる職業なのか。


 よかった。ならそれで合ってる。

 ハンターはこっちでは冒険者とか言うらしい。


「なるほど。じゃあ僕はその冒険者になろうと思う。君も知っての通り、腕っぷしには多少の覚えがあるからね。だからってわけじゃないけど、君も冒険者になってみるってのはどうかな」


「で、でもそれは、下民の方の……」


「うん、まあそうなんだけど。はっきり言って君は今、無職だよね。貴族のご令嬢ならそれでも良かったんだけど、その肩書さえ失ってしまったのなら、働いている他のどんな人より立場は下だ。あ、念の為聞いておくけど、ベーシックインカム的な制度なんてこの国にはないよね?」


「べーしっきんがむ……?」


 罰金バッキンガムみたいになってるな。


「あ、これ無さそう。オーケーわかった。んじゃあやっぱり無職の君が最底辺で間違いないね。君が言う下民の方々だって、生きるために日々働いているんだ。そして税金を払っている。だから街に住むことを許されている」


 言うてこの国の制度なんて知らんけど。

 でも魔帝国のハンターズギルドは、報酬の一部がギルドに徴収され、そこから各領地へ税金が支払われる仕組みになっていた。そして領主から帝国へ税金が吸い上げられていくのだ。

 僕が活動していたのは帝都だったから、領主は介さず直接帝国に納税されていた。

 為政者というのは基本的に取れる税を取らずにいることはありえないし、税を納めていない者が街に住むことも許さない生き物だ。だから冒険者からも何らかの形で徴税しているはずだ、と思う。


「だからせめて、何でもいいから職について、最底辺の無職から最低限の納税者へとランクアップする必要があるんだ。わかる?」


 令嬢は唇を噛んで僕を睨みつけた。

 理解はするけど納得できない、って感じかなこれ。

 まあ、元はその税金を受け取る側だったわけだし、その頂点の王配まで内定してたくらいだから、税金を納めることの大切さと納めないことのリスクくらいは知っているんだろう。



 ◇



 その後、僕は令嬢の案内で冒険者ギルドのある区画へ行き、ギルドを探してそこで新人として登録した。もちろん令嬢も一緒に。


 彼女はアデルミラというらしい。親しい人にはアデルと呼ばれていたらしいので、登録名は「ミラ」にするよう勧めておいた。今後何があるにしても、冒険者と貴族令嬢のつながりなんて邪推されないに越したことはない。

 幸い、と言っていいのかわからないが、今しがた登録したミラが領主の娘だと気づいた者はいなさそうだった。貴族令嬢はふつう髪を伸ばすものらしいので、ドレスを着ているとは言え肩より上でバッサリ髪を切ったミラを貴族だとは誰も考えなかったようだ。


「貴女のような非道い方に世話になるしかないなんて……」


 とかミラは言っていたが、身につけていたドレスや装飾品を売り払ったお金で冒険者向けの装備を選んでいるときは少し楽しそうだった。

 髪を切り、名前を変え、ドレスや宝石も手放したことで、どうやら吹っ切れたらしい。

 ちょいちょい入れなくてもいい僕への悪態が入ったりするが、これも彼女が自分の精神を安定させるための処世術のようなものなのかもしれない。

 まあ僕は女の子に嫌われるのは慣れている。

 徳のためと思えば何でもない。


「……なんか、初めてイオラ様が人間らしい行動した気がするにゃ」


「いつもしてるじゃん。ご飯食べたり睡眠とったり、あと呼吸したりとか。あ、ウンコはしないよ。美少女だからね!」


「その前に美少女はウンコとか言わにゃいにゃ。ともかく、食事や睡眠や排泄は人間じゃにゃくてもするにゃ。でも施しは人間しかしにゃいにゃ」


 徳を積むのは世界に対する施しみたいなものだと思うんだけどな。

 あとウンコはしないって言ってんだろ。


「……そういうとこだにゃ。『傲慢』ここに極まれり、にゃ」





 ★ ★ ★


魔帝国広しと言えども(狭いけど)、ナチュラルに世界全体を下に見るかのような発言をするほど傲慢な魔族なんてこいつくらいだと思います。チキチキ枢要傲慢選手権とかあったら優勝間違いなしですね。故郷では『虚飾』だと思われていたので参加できませんが。

あとウンコは普通にします。にんげんだもの。

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