第21話 『枢要』のデメリット

 以前、ハンターズギルドでおっさんから気軽に声をかけてもらったことからわかるように、僕の『傲慢』のデメリットは別の『枢要』の効果によって、およそ半分は相殺されている。

 この「およそ半分」というのは効果の強さの話ではなく、効果が及ぶ範囲の話だ。


 僕が持つ八つの『枢要』のうちのひとつ『色欲』の効果は、「異性(または自身に対し性的魅力を感じうる同性)からの、自身に対する好感度判定にプラス補正」というものだ。超ややこしいが、噛み砕いて言うと、モテやすくなるよってことである。


 この効果の強さが『傲慢』の嫌われる効果とほぼ同じ程度なため、僕は主に男性からはフラットな状態で接してもらうことが出来るわけだ。

 ただ女性のほとんどと一部の男性に対しては『色欲』の効果が及ばないため、初対面の女性からは嫌われるのがデフォだった。

 ハンターズギルドの受付の人が優しくしてくれたのも、ナンシーによる鼻薬(猫吸いのこと)のおかげだ。たぶんね。


 この令嬢の僕に対する警戒心も、いくらかは『傲慢』の補正が効いているからだろう。血まみれだったり僕自身がそれを気にする様子が無かったり、知るはずのない合図を知っていたりするのもちょっとしたアクセントにはなっているかもしれないが。


「逆ゥ! だにゃ」


 どうしようかな、と僕は悩んだ。

 正直に偶然飛ばした盗賊の首が扉に当たっただけだと言ってもいいけど、信じてもらえるとは思えない。僕だったら信じない。そうはならんやろ、と切り捨てて終わりだ。なっとるわけやけど。


 第一印象というのは厄介なもので、他人の脳内のそれを修正するのは非常に困難だ。特に僕は女性から嫌われる補正がついているので、普通の人よりさらに難しい。

 何をやっても好感度マイナス補正がかかるから、たとえ雨の日に捨て猫を助けるムーブをしたとしても「自宅に持ち帰って食べるつもりか」とか思われてしまうだろう。

 こちらが関係修繕にかけるコストに対して、リターンが少なすぎるのだ。


 辺りを見渡してみると、人気のようなものはまったくない。まあ、だからこそ盗賊もここを襲撃ポイントに選んだのだろうけど。


「……面倒だなぁ。無かったことにしようかな」


 帝都でハンターとして活動していたときも、他の女性ハンターに目の敵にされたことがあった。

 あの時もどうやっても関係の改善が無理そうだったので、何人かは僕の中で最初からいなかったことになっている。

 ならず者に金を握らせて襲わせるみたいなことを平気でしてくる徳の低い人たちだったからね。僕も本当はやりたくなかったけど、ならず者の代わりにモンスターに、金の代わりに召喚契約の魔力を握らせてやり返させてもらった。


 現状、この令嬢は僕に対して何ら不利益になる行動はしていないけど、この目付きはよく見てきたので知っている。街とかに着いたら絶対やると思う。例えば僕が盗賊を手引きしたに違いない、とか言い出すとか。


「いや、そうにゃるとはまだ決まってにゃいにゃ。短慮はやめるにゃ。それじゃ盗賊とおんなじだにゃ」


「むむ……」


 盗賊と同じと言われるとさすがに躊躇するな。僕の中では盗賊というのは徳が最底辺で来世はバクテリア確定の生き物のことだ。

 それと同じだと言われてしまっては、無かったことにするわけにはいかない。


 それに、せっかく助けたのに、という思いもある。勿体ない精神というやつだ。

 ここで令嬢らを無かったことにしてしまうと、どう言い訳しても徳ポイントはマイナスだろう。せっかく盗賊で稼いだポイントがマイナスになってしまうのは勿体ない。


 やはり、まだ何もされていないうちに未来を勝手に想像してやり返すのは徳のない行為だな。あと品もない。

 ここは我慢して、彼女の今後に期待するとしよう。どっちに期待してるかはともかく。


 僕は汚れた外套や衣服に『清浄ピュリファイ』という魔法をかけ、新品同然に綺麗にした上で、改めて令嬢に声をかけた。


「僕がここを通りかかったのは偶然だよ。盗賊に襲われている馬車がいたので、盗賊を排除した。

 護衛については知らないな。今全員死んでしまっているのなら、盗賊相手に力及ばず志半ばで果てた、ってことなんじゃないかな。

 あとノックがどうとかも知らない。僕はノックなんてしてないし、そこの女性が何かを勘違いして勝手に開けて勝手に気を失っただけだよ」


「……」


 絶対信じてない眼してるなこの娘な。


「とりあえず、このままここでこうしていても仕方がないんじゃない? 僕はここまで歩いてきたからこのまま街まで歩いていくつもりだけど、君はどうするの? その馬車の中に御者が出来る人がいるのならその人に任せればいいと思うけど、いないなら歩きかな。まだかなり距離あるよね」


 元々御者だったろう人物は御者台の上で死体になっている。矢が刺さっているので、おそらく遠方から真っ先に狙われたのだろう。まあ僕が盗賊でもそうする。

 足を止めるなら馬を狙ってもいいけど、馬も高額だろうからね。御者が死んでも馬車は止まらないが、外部から馬をなだめて止めさせることが出来るようになる。

 盗賊が乗ってきたらしい馬も呑気に草原の草をんでいるので、馬に乗って馬車に並走し、馬車馬をなだめて止めた、ってところじゃなかろうか。


 山脈から見た感じだと、ここから街まではまだまだ距離があった。

 仮にこの世界が前世の地球と同じくらいの直径で、僕が見下ろした山脈の洞窟出口の高さが標高100メートルくらいだったと仮定すると、計算上、その位置から見える地平線までの距離はおよそ35から36キロくらいになる、だろうか。たぶん。ガバ計算だけど。

 それを踏まえたうえでざっくり計算すると、山脈からまっすぐ南に歩いて街道にぶつかったこの地点から、街まではあと10キロといったところか。

 帝都でもハンターとして名を馳せた僕にとっては散歩コースレベルだけど、普通の貴族令嬢にはきついんじゃないかな。ただでさえヒューマンは魔族よりひ弱だし。


「……馬車の中には荷物もあります。徒歩で街まで行くのは不可能です」


「そうなんだ。大変だね」


 本当に大変だな、と心底同情する。生命よりも大切な荷物を馬車の中に持っているだなんて。

 だってその荷物を諦めることが出来なければ、いずれここで渇いて死ぬだけなのに。その前に別口の盗賊かモンスターに襲われるかもだけど。


「……あの、貴女は馬車の御者の経験などはお有りですか?」


「御者として仕事を請けたことはないからはっきりしたことは言えないけど、まあ馬を扱うくらいは出来ると思うよ」


 召喚したモンスターを操るよりは遥かに楽だ。あいつら命令一個しか聞いてくれないし。


「では、街までの御者をお願いできませんか? もちろん謝礼はいたします」


「いくら?」


「え?」


「だから、謝礼というか報酬はいくらなの? そこをはっきりさせておかないと仕事なんて請けられないでしょ」


 魔帝国でのハンター時代にも、依頼主から直接仕事を請ける機会はちょくちょくあった。

 そんなことを繰り返すうちに僕が学んだのは、依頼主とは業務内容、作業環境、そして報酬の3つについてよく話し合う必要があるということだ。ギルドを通すなら手数料を取られる代わりにそのあたりをギルドが代行してくれるのだけど、直取引だと自分でやる必要がある。

 ハンターになったばかりで右も左もわからなかった頃の僕は、この辺りがまだよくわかっていなかった。

 僕がそのことを思い知るまでに、帝都で新人ハンターを不当に安く使っていた徳の低い業者が何人も行方不明になってしまった。結果的に依頼者が減ったことで、僕もモンスター退治と盗賊退治を繰り返すしかなくなったという背景もある。

 嫌な事件だったね。


「ま、街に着けばお父様が適切な額をお支払いくださるはずです!」


「お父様とやらがお支払いくださるんだったら、今ここで君が僕に約束できることは何も無いよね。じゃあ請けられないよ。お父様が判断する適正価格が銅貨一枚とかだったらやってられないし」


 とか言いつつ、ヒューマンの国の通貨事情ってどんなもんなんだろうと思った。

 銅は最もよく算出される貴金属だし、銅を使った貨幣のひとつくらいはあるだろう。そう思って当てずっぽうで例に出してみたのだが、もし銅貨がこの国に存在しなかったら「なんやこいつ」って思われてしまうな。いやもうすでに思われてるか。じゃあいいか。


「そ、そんなことはありえません!」


「ありえるかどうかは僕にはわからないよ。君のお父様のことなんて何も知らないからね。だから何も信用できない」


「で、でしたら、そのときは、もしお父様が支払いを渋るようなら、わたくしの髪を……髪を売って、お支払いに充てます」


 貴族令嬢の髪って売れるのか。ということは買う人がいるってことだ、一体どんな変態が令嬢の髪なんて欲しがるというのか。いやこれは偏見が混じっているな。病気で髪を失った人のウィッグの作成用とかかもしれない。

 それがどのくらいの価値なのかは不明ながら、ここまで言うということはそれなりに高く売れるのだろう。

 10キロ程度の距離、馬車の御者をするには十分な報酬と考えてよさそうだな。


 僕はこの条件で仕事を請けることに同意した。

 ナンシーは僕の肩で溜め息をついていた。

 結構タフな交渉をまとめたと思うんだけど、何が不満なんだろう。





 ★ ★ ★


「異性(または自身に対し性的魅力を感じうる同性)」

本作はポリティカル・コレクトネスに配慮した表現を使うよう心がけています(建前


ちょいちょい、ハンター時代の些細なトラブルの例が出てきましたね。

最初からいなかったことになったり、単に行方不明になったり。

収入的には嫌な事件だったけど些細だな、ヨシ。


なお、主人公は徳ポイント徳ポイント言っておりますが、あくまで主人公が勝手に言って勝手に計算しているだけであり、これらの行動が実際の『生前の功罪』にどのくらい影響しているかは不明です。

まあ常識的に考えてプラスマイナスで相殺とかするような概念でもないと思いますので、無茶苦茶言って無茶苦茶やってるだけですね。なんだいつものか(

あ、BPだけはナイナイした分だけきっちり稼げてます。やったぜ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る