辺境の街ケントゥリア

第20話 貴族令嬢(本物)

 山脈から見下ろした感じだときちんとした街道に見えていたが、実際に足を踏み入れてみると、単に草が生えておらず靴と轍で踏みしめられているだけの道だった。


「……そういえば魔帝国の街道は石畳とかレンガとかが敷いてあるものばかりだったな。整備が行き届いていたのは、国が狭いから相対的に街道が短いからとかだったのかな」


 実家の蔵で過去の大戦の頃の地図を見たことがある。

 絶望山脈は大陸でもかなり北の方にあるため、その南側より北側の方が平地が狭い。

 その上絶望山脈の北の麓には深淵の森が横たわっている。人が生活できる面積は、ヒューマンらのエリアと魔族のエリアでは雲泥の差だ。


「魔族はにゃが生きだから、有り余る時間で街道整備した可能性もあるにゃ」


「ああ、それはあるかもね。無駄に能力値が高い個体も多いし。大工とか石工とかの人のスキルがカンストしても、新築住宅の需要がなくなったら使い道ないだろうしね。元父上も領の少子化がどうとか言ってたし」


 ヒューマンに比べると生まれつき能力値が高めで、しかも寿命も長い魔族は死ににくい。乳幼児が何かの病気に罹って亡くなることもほとんどないらしい。その分のバランスをとっているのか、子どもは少し出来づらいようだ。

 実家の侯爵家も、侯爵という上位貴族でありながら子どもは二人しかいなかった。僕の母と弟くんの母は違う人だから、妻ひとりあたり子ひとりだ。

 他の家も同じような感じで、例えば皇帝も妃を二人抱えているが、その子は僕の元婚約者の皇子がひとりと姫がひとりだけである。みんながこんな調子だとどんどん人口減っていってそのうち滅びるぞ。

 もっとも長生きなだけあって生殖可能期間もそれなりに長いので、年の離れた兄弟がこの先生まれてくる可能性も十分あるのだが。


 そんなわけで同年代が少なかった僕には友達はほとんどいなかったというわけだ。実家を追放されても心配してくれる人がいなかった程度には。

 そう僕に友達がいないのは少子化のせいと、あと一部の『枢要』のデメリットのせいなのである。今明かされる新事実。決して僕の本来の気質のせいではない。本当だよ。


「……ノーコメントにゃ」


 まあ生まれつきの『枢要』のデメリットで、他人から嫌われることが確定してるような奴が全体の何割もいるという時点で、魔族という種族は社会生活に向いてないんじゃないかと思わないでもない。少子化は必然な気がする。


 ちなみに他人から嫌われるデメリットを持っているのは元実家に代表される『傲慢』で、『傲慢』同士だと「デバフの影響を受けない」の効果でお互い気にならない。『傲慢』と仲良く出来るのは『傲慢』のみというわけだ。

 なので貴族の『傲慢』派閥は他派閥から蛇蝎のごとく嫌われているが、結束力がクソ強いのでどの時代でも一定の勢力を持っているとかなんとか。僕と皇太子の婚約も皇室が『傲慢』派閥を取り込むためだったようだ。

 まあ、僕はもう魔貴族の世界に戻ることはないから関係ないんだけど。


 ともあれ、僕は土むき出しの街道をさっき見た人工物の方へと歩き始めた。

 絶望山脈の向こうに生息するモンスターの革をうまく組み合わせて作られたブーツは、森歩きからの洞窟踏破を経てもまったく傷む様子はない。ただところどころ汚れはついている。そこへきての、この草原と土むき出しの街道だ。そろそろ手入れが必要だろう。

 村に着いたら手入れしようか、と考えながら歩いていると、前方に箱型の木製の構造物が見えてきた。箱には馬が繋がれているようだ。

 しかもその周辺には何人もの人間がいて、棒状の何かを振り回している。


「……なんだろうあれ。街道を通りがかる獲物に襲いかかる盗賊と擱座した馬車とかかな。

 それか地面に置いたお神輿の周りで伝統的な踊りを踊る土着宗教のお祭り、とか」


 遠目ではどちらなのか判断がつかない。

 前者であれば、盗賊を皆殺しにするのが徳高き者の嗜みになるだろう。

 しかし後者であれば、賽銭代わりにダンスのおひねりを投げてやるべきだろうか。

 アレがどちらなのかによって、僕の取るべき行動は真逆のものになる。


「いや後者はにゃいでしょ。え、本気で言ってるわけじゃにゃいよね?」



 ◇



「前者だったかー。たまには違うムーブもしてみたかったんだけど、残念だな」


「本気だったかー。残念だにゃ。イオラ様の頭が」


 僕は盗賊の最後の生き残りの頭を召喚した魔力剣で刎ね飛ばしながら、ついそう零した。

 刎ね飛ばした盗賊の頭が、弧を描いて馬車の扉に当たる。

 あんなに飛んでしまうのは、 僕の斬撃の切れ味が悪かったせいだ。もしもきれいな剣筋であれば、切った首はぽとりと転がり落ちるだろう。余計な力が加わっていたか、そもそも召喚した時点で魔力剣の作りが雑だったか。

 剣術レベルの高さを考えると、悪かったのは魔力剣の作りの方かな。今の剣の腕ならよそ見してても人の首くらい、別にただの棒でも刎ね飛ばせるしな。どちらかというと引き千切って飛ばす感じになるけど。


 まあこの盗賊たちはこれまで僕の徳の礎になってきた奴らと比べても特に弱かったし、多少雑になってしまっていたのはしょうがない。たとえばゲームとかでも、レベル上げの時に雑魚相手の単純作業になるとボタン連打で適当に流すとかやるじゃない。あれと似てる感じ。知らんけど。


 今後は気をつけようと思いながら、馬車の扉が開くのを眺めた。飛んでいった盗賊の首がノック代わりになったらしい。血なまぐさいノックもあったものである。


「──い、今の、扉を下向きになぞるようなノックは、予め決めておいた合図ですね? ぞ、賊は……もう、大丈夫なのでしょうか」


 飛ばした首は回転しながらぶつかったことで、扉を真下に駆け下りるような挙動をしたようだ。

 そしてそれが、そこら辺で息絶えている護衛たちと馬車の中の人との間で決められていたノックのパターンに酷似していたらしい。


 いやそうはならんやろ。


「にゃっとるやろがい……」


 ナンシーもだいぶわかってきたな。


「ひぃっ!」


 馬車を降りようとしたその女性は、タラップに引っかかっている盗賊の首を踏んづけてしまい、足下を確認したあと仰け反って失神してしまった。

 そらそうなるよね。


 すると、失神した女性を脇にどけ、また別の人物が馬車から顔を出した。

 失神した女性もそこそこ良さそうな身なりをしていたけど、今度の女性はそれ以上だ。手入れの行き届いた金色の髪は陽光を弾き、白い肌は汚れなど知らぬとばかりに輝いている。まさに貴族令嬢とはかくあるべきと言わんばかりの容姿である。

 懐かしいな。僕も昔はあんな感じだった。


「ノーコメントにゃ……」


 ナンシーは僕が家を出てから生み出したから知らないだけだよ。本当だよ。


 令嬢は女性が失神した理由を眼にしても多少青ざめる程度で済ませ、さらに馬車の外の様子を把握しても顔色以外では動揺は見せなかった。貴族としての矜持というやつかもしれない。

 何しろ馬車の外と言ったら、この僕以外は例外なく惨たらしい死体に成り果てているからね。

 さっきの女性が護衛とか言っていたけど、その護衛の死体も混じっているのだろう。


 それらの状況を一瞥で把握したのか、令嬢は不審な者を見る眼で僕を見て言った。


「……貴女は、お父様がお雇いした護衛の方ではありませんね。記憶にないお顔ですし、護衛は皆様男性でした。貴女は何者なのですか。そして、どうしてノックの合図を知っていたのですか」


 僕は自分の格好を見下ろしてみた。

 盗賊たち──と、僕は見分けがつかなかったので全部首ちょんパしてしまったが、もしかしたら護衛の人のが混じっていたのかも──の血で真っ赤である。もし魔力剣をきちんと作っていたのならこれほど無様に返り血を浴びることはなかったはずだ。やはり反省しなければ。


 それはともかく、この場に於いて僕がこの上なく怪しいのは確かだ。

『傲慢』の影響で令嬢が僕に対していい感情を持っていないだろうことを差し引いても、疑うのは当然である。

 魔族補正も入ってるかな。いや、今の僕は『虚飾』の効果でヒューマンにしか見えてないだろうから、それはないか。


「状況とイオラ様の格好を考えると、好感度マイナス補正なんてたぶん誤差にゃんだよにゃあ……」



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