第19話 絶望山脈開通

 僕は控えめに言っても超優秀なので、もちろん絶望山脈の対策もばっちりだ。


「『召喚:ソイルドラゴン』」


 モンスターを一体召喚した。

 ソイルドラゴンは地属性ドラゴン族のモンスターで、体長5メートル程度でモグラのような姿をしている。


「ソイルドラゴン、この山脈に、向こう側まで、崩れないよう壁や天井を補強しつつ、貫通する穴を掘るんだ」


「にゃんか回りくどい言い方だにゃ」


「一文で言い切らないとひとつの命令として見なされないんだよ。命令自体は『穴を掘れ』ってだけだけど、それに付随する修飾みたいなものがたくさん必要なんだ」


「変にゃの」


 いざとなったら君もその変な召喚術で呼び出されることになるんですが。


 ソイルドラゴンは咆哮を上げ、凄い勢いで山脈に穴を掘り始めた。

 ソイルドラゴンの掘った穴は直径1.5メートルくらいで少し狭いが、かがめば通ることも出来る。掘った土がどこに行ったかはわからない。たぶんマジカル的な作用でどこかに行っているのだろう。


 ソイルドラゴンはその名の通り──土の竜とかそういう意味なので──穴を掘るのが得意だ。

 普段はこうした山や地中に穴を掘り、その穴の奥で魔力を帯びた鉱石を食べて生きているらしい。

 ミスリルなどの魔鉱が採れる鉱山に住み着くととんでもない損害が出てしまうので、そういった場所で発見された場合はハンターズギルドにソイルドラゴンの討伐の緊急依頼が出たりする。

 王都のギルドでは見たことがないが、地元グロリアス領では元父がソイルドラゴン討伐予算を組んでいたのを覚えている。

 これでも皇太子の婚約者だったので、領地の機密であるその手の経営資料からは遠ざけられていた。たとえ娘でも、いずれ帝室関係者になる人間に領地経営の資料を見られたいと思う領主などいないからだ。

 しかし遠ざけられれば見たくなるのが人情というもの。

 父の書斎にこっそり忍び込み、資料を調べたのも一度や二度ではない。


 なので、ソイルドラゴンが文字通り金食い虫なのはよく知っている。実際にどのくらいヤバいかまでは知らなかったものの、それは今知ることが出来たので満足だ。

 それを踏まえて言うと、これはヤバい。

 何がヤバいって、もうすでにソイルドラゴンの尻尾すら見えないくらいに穴が深くなっている。どう考えても人間が歩く速度より速い。

 こんなペースで鉱山を荒らされたら、そりゃ緊急依頼も出すだろう。


 緊急依頼というと、街とか国とか、とにかくたくさんの人命が危機にさらされる時に出されるイメージだが、要は緊急性が高いかどうかなので、人命に直接関わっていなくても出るときは出る。

 例えば大規模な鉱山が突然閉鎖とかしたら、職を失って路頭に迷う人も大勢出るだろうし、その結果治安も悪化するかもしれないし、領の収入がガクンと落ちれば社会サービスも滞るし増税のきっかけになるかもしれないし、考えようによっては人が数人死ぬよりも大きな被害が出るかもしれない。

 そう考えれば緊急依頼も当然だ。


 絶望山脈でソイルドラゴンが鉱脈食い漁ったりしたらどこが緊急依頼出すのかなとか考えながら、僕は穴の中を進んでいった。



 ◇



 山脈を抜けたら、そこは大草原だった。


「おー! 暗くてジメジメした呪素の雰囲気がない! 爽やかだ! これがヒューマンの世界かー!」


「えーそうかにゃ? 呪素がにゃいのは良いことだけど、魔素も何だかうっすいにゃ。生きづらそうな地域だにゃ」


 魔素ってなんだよ初めて聞いたわ。そんな設定あるなら言っといてよ。謎のマジカル仕様のほとんどはそいつのせいだろ。今さらいいけど。

 察するに、こちら側はモンスターにとってはあまりよくない環境ということだろうか。


 ちょっと坂を登ったところから掘り始めたおかげか、出口もそれなりに標高があるようで、遠くまで見渡すことができる。

 かつての大戦争の影響で反対側はアンデッドパラダイスになっていたというのに、同じく戦争の最前線だったであろう反対側は爽やかなものだった。空気が美味しい。

 ところでアンデッドパラダイスってアンデッドの天国って意味で言ったんだけど、天国ならつまりアンデッドにとっては地獄なのでは。いやどうでもいいんだけど。


 命令を完遂したソイルドラゴンは例によって僕を襲おうと向かってきた──のだが、途中で何度か背後の山脈を振り返り、ついにはそのまま踵を返して山脈掘りに戻ってしまった。美味しい鉱物でもあったのかな。まさに好物。召喚主に対する殺意も三大欲求には勝てないのかもしれない。


「さて。あっちの方に人工物っぽいものが見えるね。街か何かかな。行ってみよう。徳エネミーもいるかもしれないし」


「徳エネミーってにゃんだにゃ……」


 徳エネミーは倒すと徳が積めそうなエネミーのことだよ。常識である。

 街ならいいが、村程度では居たとしても小物の徳エネミーかもしれない。まあ何も無いよりいいだろう。

 深淵の森の呪素をほんの少し増やしてしまったのが徳マイナス行為に当たるのかどうかは見解が分かれるところだが、もしマイナスだったときのために、徳は少しでも積み増しておきたい。

 少しでも徳が貯まりそうなら積極的に行動していくべきだ。


 のんびりと下山し、まずは高所から見下ろした時に見えていた街道らしき細い線を目指す。

 この方向にまっすぐ行けばそのうちぶつかるはずだ。周りは草原で、木も生えているが低木か、たまに少し高めの種類がまばらに生えている程度なので方向を誤ることはない。


 草原の草はイネ科っぽい単子葉植物がメインで、高さは僕の腰くらいだ。

 ネズミのような生物がたまに草を揺らしている。

 揺れているところに近づいていくと揺れが止まり、さらに近づくと飛びかかってくる。

 草むらから小動物が飛び出してくるとか、なんかそういうゲームがあった気がするな。全く記憶にないのでこれ以上詳しくは説明できないけど。

 こういう挙動をするということは、このあたりにはこのネズミを捕食する大型の肉食動物はいないのだろう。いたら飛びかからずに逃げていくだろうし。

 それか、たとえばヒューマンもたまにこっちまで来くることがあって、ネズミたちはそのヒューマンも捕食対象にしている、とかもあり得るか。普通の野生動物やモンスターは普段あまり自分の生活圏から離れるような行動はしないが、人間種は割と気軽に移動する。ネズミたちにとってはいいカモだろう。


 いずれにしろ僕はネズミの餌になる気はないので、魔力の剣を召喚してネズミを真っ二つにした。特に何の抵抗感もなく切り裂くことができた。

 サイズやジャンプ力、そして自分よりも身体の大きな相手に好戦的に飛びかかることから普通の獣ではないように思えるが、モンスターとして特に身体が頑強であるとかそういうことはなさそうだ。

 もしかしたら牙や爪にモンスター特有の特殊効果があるのかもしれない。毒とか。

 そういえば自分よりも大きな相手にも無策で襲いかかる野生動物がいるって聞いたことあるな。ラーテルとかのイタチ系だっけ。じゃあこいつもその手の普通の野生動物なのかもしれない。


 その後も飛びかかってくるネズミを一刀のもとに切り捨てながら、僕は街道を目指した。

 数ヶ月にわたるハンター生活と深淵の森でBPを稼いだ僕は、今や剣術スキルもレベル5まで取得してある。ネズミのような小さな的にもよそ見しながら剣筋を合わせることが出来るのだ。




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