第18話 深淵の森攻略開始~完了

 帝都を出た僕はまっすぐに南下した。

 深淵の森は魔帝国の南部に広がっているからだ。

 そしてそのさらに南に絶望山脈が聳えており、ヒューマンらの住むエリアは山脈の向こうらしい。

 かつて、魔族とそれ以外の全人種が戦争をしていたときには、魔族があの山脈を越えて他の人種のエリアに侵攻していたようだ。


 いや侵攻しちゃってんじゃねえか。魔族の生まれつきの特徴の「魔族以外の全ての人類種から敵対される」ってそのせいなのでは。

 まあ何百年も前の話を持ち出しても仕方ないんだけどさ。いや魔族の寿命は長いから下手したら今も当時の戦犯は生きてるか。じゃあ仕方なくないな。

 やはりヒューマン社会で徳を積んだら魔帝国に戻ってそういう邪智暴虐の輩を誅さねばならぬ。めっちゃ徳ポイント稼げそう。今からワクワクする。


 こちら側でアレが絶望山脈とか名付けられていることからわかるとおり、戦争は魔族側の敗北で終わったらしい。もう自業自得過ぎて草が絶えない。これから毎日草を焼こうぜ。

 そしてその絶望山脈の手前の深淵の森は、長く苦しい戦争で溜まった『呪素』がアンデッドを生み出し、山脈の麓の森を侵食して、一度入れば出ることができない深淵の森が出来上がったのだそうだ。

 呪素というのは、死者や一部の生者がこの世を憎み、恨み、生まれた呪詛が、何らかのマジカルなパワーで固まって一種の力場を形成したもの、らしい。

 たぶんマジカル素粒子とかそんな感じのエネルギー体だと思われる。マイナスなイメージだし、前世で言うところのマイナスイオンが一番近いんじゃないかな。あんま覚えてないけど。


 以前に深淵の森の攻略には旨味がないと言ったが、それはあの森にアンデッドしか出ないせいだ。

 アンデッド素材とは要すれば腐るか朽ちた魔族の素材に他ならず、鮮度や品質を求めるのなら生きた魔族を捕まえて売った方が遥かに効率がいい。

 漂う呪素のせいで生者の生存には適さないため、周辺には街も村も集落もない。野生動物もいない。植物だけは移動できないため、なんとか呪素に適応して生き永らえている、らしい。


 そんな魔境を徒歩で踏破しようとしてる奴がいるんだってさ。気は確かかな。

 まあ僕もアホではないので、一応勝算はある。

 深淵の森がアンデッド特化の開放型ダンジョンであることは事前の情報収集でわかっていた。

 わかっているなら対策するに決まっている。

 深淵の森攻略のために、僕はアンデッド系のスキルをいくつか取得しておいたというわけだ。


 それがこちら。『死霊術』です。

『死霊術』は、死体からアンデッドを作成したり、アンデッドを使役したりする術である。

 自分が生み出したアンデッド以外はさすがに使役出来ないが、今回使いたいのはそれじゃないので問題ない。

 

 使いたいのは『死霊術』のツリーにある『アンデッドバースト』というスキルだ。

 これは自分の使役下にあるアンデッドを、その存在と引き換えに爆発させるスキルである。この爆発は周囲に衝撃と呪素を撒き散らし、単純なダメージと共に呪素によるデバフを与える攻撃だ。アンデッドの存在と引き換えに発動するので、当然弾にしたアンデッドは消えて無くなる。

『アンデッドバースト』による爆発の衝撃には呪属性が乗っているので、同じく呪属性のアンデッドには大したダメージは入らない。

 だから普通はアンデッドに対し、『アンデッドバースト』を使い自分の手駒を無駄に減らす死霊術師はいない。

 その前に死霊術師自体ほとんどいないんだけどね。死霊術師って響き悪いから、たいていは一緒に取得してる召喚魔法を前面に出して「召喚士」を名乗ったりするらしい。

 なんで死霊術師が都合よく一緒に召喚魔法覚えてるかって言うと、たぶんだけど転生前にそういうパッケージ選んでるからだと思う。相性がいいからね。もっとも本人はそんなこと忘れちゃってるから「なぜかセットで覚えてることが多い」って風潮になってるけど。

 

 そんなわけで、この世界の人がアンデッド相手に『アンデッドバースト』を利用することはまずない。

 しかし、転生前に半透明タブレットで色々調べた僕は知っている。

『アンデッドバースト』には、スキルツリーのその先に『チェインバースト』という発展スキルがあるのだ。

『チェインバースト』は『アンデッドバースト』の爆発を浴びた他のアンデッドも強制的に『アンデッドバースト』させてしまう効果である。

 自分で『アンデッドバースト』を発動させる必要がないので大規模爆破をするには便利なのだが、大規模に呪素を撒き散らすメリットもないので使い道があまりない。あと弾のアンデッドも沢山必要になるし、長期的に見ると死霊術師にとってはデメリットの方が大きい。

 ベースの死霊術師パッケージは使役したアンデッドを強化したり増やしたりする方向性のビルドだったので、『チェインバースト』は含まれていなかった。覚えるのは細分化されたニッチなパッケージだけだ。

 なのでこのスキルを知っている者がいるとすれば、ただでさえニッチな死霊術師の中でもさらにニッチな死霊術師か、フルスクラッチ勢くらいだろう。


 そしてこの『チェインバースト』、実は連鎖対象が自分の支配下のアンデッドかそうでないかは識別していない。

 つまり、アンデッドの大群に自分のアンデッドを一体だけ向かわせてバーストさせてやれば、あとは勝手に誘爆して全滅するというわけだ。バグかな。いや僕に都合が良いから仕様か。落ち物パズルゲーでお邪魔ブロック消すみたいなもんだし間違いなく仕様だな。ヨシ。


 というわけで、何日もかけて僕は深淵の森にやってきた。


「さあ……。パズル&アンデッズの時間だ」


 魔法の鞄から、ここまで来るまでに襲ってきた盗賊の死体を取り出し、死霊術でアンデッド化する。


「よし行け! 人間爆だ──はさすがに非人道的過ぎるな。えっと、盗賊爆弾一号!」


 この世界では盗賊はモンスターと扱いが一緒なので、人道的配慮は必要ないからこういう時は便利だ。

 だから爆弾化しても徳は減らない。知らんけどたぶんそう。

 

 盗賊爆弾一号に『アンデッドバースト』を発動する。

『アンデッドバースト』はこう見えてかなりテクニカルなスキルで、爆弾化したアンデッドを即時爆発させるか時限で爆発させるか、あるいは条件付きで爆発するかを設定することが可能だ。

 僕は敵対者に接触するか、一定以上身体が損壊したら爆発するよう条件付け、森へ向かわせた。

 

 しばらくすると対象と接触したのか、『アンデッドバースト』が発動する気配を感じた。

 同時に、何度か『チェインバースト』も発動したようだ。


「……んー? あんまり連鎖しないな。そこまでエネミーの密度が高くないのかな。まあ、別に森のアンデッドを全滅させるつもりもないし、進路上からいなくなればいいか」


 僕は魔法の鞄からさらに数体の盗賊の死体を取り出し、順次アンデッド化させて『アンデッドバースト』をかけて森に放った。

 南方向に向かうように命令してあるので、彼らの後ろをついていけばそのうち森を抜けて山脈に辿り着けるだろう。

 森の中で野宿をすることになっても、周囲に『アンデッドバースト』をかけたアンデッドを置いておけば安全だ。

 この深淵の森は呪素が濃すぎて野生の獣やモンスターは生活できないので、動くものはアンデッドしかいない。

 もし寝込みを襲われそうになっても、僕に辿り着く前にアンデッドが爆発し襲撃者も連鎖的に爆発するから問題ない。こういうの鳴子って言うんだっけ。昔の人はよくそんなもの思いついたよね。人の心とかないのかな。


「……ノーコメントにゃ」


 襲い来るアンデッドたちを次々と爆破しながら、なんだかんだ数週間かけて深淵の森を踏破した。

 街で大量に食料を調達しておいてよかった。

 さすがにアンデッドしかいない森で食料の現地調達は無理だ。いや腐ってたり骨だけだったりしても『貪食』があれば食べられるのかもしれないけど、さすがにちょっと、倫理的にそれはどうなのって思うし。徳もめっちゃ下がりそう。


 種族違うからナンシーの餌にはいいかなと思ったけど、断られてしまった。


「逆に聞くけど、どういう神経してたらそんにゃものペットの餌にしようとか思いつくにゃ? どうかしてるにゃ」


 怒られてちゃった。可愛い。



 ◇



 森を抜け、少し急な勾配の坂を登ったら、振り返って自分の通ってきた道を眺める。まあ森なので道とかはなかったけど。

 これももはや恒例行事のようなものだ。

 僕が突っ切った森は、心なしか、入る前より呪素が増えているような気がした。


 気がしたっていうかたぶん事実だな。アンデッド爆破して呪素撒き散らしてきたし。大丈夫かなこれ。

 まあ大丈夫か。戦争の呪素でもアンデッドまみれになる程度で済んでるくらいだし、僕一人が撒き散らした程度なら、爆破した分のアンデッドが倍になるくらいで済むだろう。たぶん。知らんけど。


 深淵の森の攻略は、僕を大いに成長させてくれた。

 いや、本当に。

 下手をしたら、ハンターとして憚りながら恥ずかしい二つ名がつくほどには活動した数ヶ月を超えるBPを得られたのではなかろうか。


 なにしろ、森の攻略はほとんど盗賊爆弾で済ませたのだ。

『枢要』のひとつである『怠惰』の効果は「自分の行動で得られるBP(経験値)が50%低下する代わりに、自分の支配下にある存在が得たBPの30%を自分が得る」というものなのだ。

 盗賊を『アンデッドバースト』したのは僕だが、実際に敵に向かっていって爆発するのは盗賊なので、何か知らんけど自分の行動で得られる分と盗賊の行動で得られる分の両方が貰えるのである。適用範囲がちょっとガバってて重複している感じだろうか。

 ついでに、『強欲』の効果の「自分の行動で得られるBP(経験値)が50%低下する代わりに、自分の周囲にいる存在が得たBPの30%を自分も得る」にも引っかかるので、その分のボーナスもある。

 当然『怠惰』も『強欲』も「自分の行動で得られるBPが50%低下する」って部分は永続デバフ扱いなので『傲慢』で無視できる。

 実は僕が召喚した武器をメインで使っているのもこのためだ。同じような処理で多めにBP貰えるからね。

 パッケージとかビルトキャラクターの人は自分が今した行動でどのくらいのBP──彼らにとっては経験値──を得たのかなんて詳細に知りようがないので、おそらく誰も気づいていないバグだと思う。アンデッドバースト自体使ってる人いないだろうし。

 いや僕に都合が良いからこれも仕様だな。ヨシ。


 僕は自分を大きく成長させてくれた深淵の森に感謝を捧げつつ、次に立ちはだかる絶望山脈に向き直った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る