第17話 『虚飾』のナンパ師

 スラム同然の外壁街とはいえ、人が住んでいるのなら生活の営みはある。

 食料品を売る商店もそのひとつだ。おそらくは未認可だろうけど。

 まあ認可されたからって品物の品質が変わるわけじゃないし──品質の保証はされるかもしれないが──買って食えればなんでもいい。


 僕は外壁街が食料不足にならない程度に色々と買い込んだ。

 こういうときのために魔法の鞄を用意したのだ。普段は討伐した盗賊の死体しか入れてないけど。もちろん食料用とは別の鞄だ。

 今思えば、初めて討伐した盗賊から魔法の鞄を奪っておいて良かった。あれ以降に討伐した盗賊は全てハンターズギルドの依頼によるものなので、魔法の鞄を持った盗賊がいても全てギルドに提出してしまっているからだ。

 別に黙って懐に入れたところでバレようがないしきっと他のハンターはそうしているのだが、僕はそういう徳の下がりそうな行動はしないのだ。


 魔法の鞄に入れておけば、大量の食料を買い込んでも腐らせることはない。

 世間一般では魔法の鞄の中は「時間が止まっている」と認識されているようだが、僕の考えは少し違う。

 魔法の鞄は別に内部の時間が止まっているわけではなく、入れたもの同士が決して混ざらないだけだ。「混ざらない」というのは「お互いに接触せず、何かが行き来したりもしない」ということだ。

 これが何を意味するかというと、例えば氷を入れればいつ取り出しても凍ったまま出てくるし、熱いまま入れたものはどれだけ時間が経っても熱いまま出てくるということだ。なぜなら、中に入れたもの同士ではエネルギーの移動も起こらないから。エネルギー、つまり熱が移動しないということは、温度は変わらないということ。

 さらに酸素というか、大気がないから、腐敗が進むこともない。ていうかその前に微生物とかウィルスとかが活性状態で中で存在できるかも疑わしいけど。


 そんなわけで魔法の鞄は、傍目からは時間が止まっているように見えるのだ。

 なんで僕が時間が止まっているわけではないと考えたのかというと、魔法の鞄に入れて一日経った煮物の野菜がホロホロに柔らかくなっていたからだ。

 これはおそらく、煮物に籠もっていた熱が外に逃げられず、全て具材に火を通すために使われたせいだと思う。その影響でちょっと温度も下がってたりしたのかもしれないけど、正直それはわからなかった。


 つまり簡単に言うと、魔法の鞄は超高性能真空パックと同じなのである。

 大抵の食物は入れておけば数年はもつ。

 まあ多少悪くなったとしても、『枢要』のひとつである『貪食』を持っている僕には関係ない。

『貪食』には「何を食べても食中りにならず、消化・吸収が可能」というぶっ壊れ効果があるからだ。いつもぶっ壊れてんな『枢要おまえ』な。

 この外壁街にも「『貪食』専用食堂」みたいな超怪しい店がある。ものすごいゲテモノどころか何なら毒すら混じってる料理が出てくるらしいけど、味は非常に美味らしい。一部の毒キノコの毒素はアミノ酸からできていて、旨味成分でもあるから実は美味しいとか前世で聞いたことがある。なら有り得ないでもないのかな、と思いつつ怖いから入ったことはない。



 ◇



 買うべきものを買った僕は、帝都を旅立った。

 しばらく歩いたところで振り返り、ナンシーと数ヶ月を過ごした帝都の景色を視界におさめる。

 まあ帝都を旅立つ羽目になったのもナンシーに乗せられたからなんですけどね。


「どうせいつか行くなら、早いほうがいいにゃ」


 早いほうがいいかどうかはともかく、深淵の森と絶望山脈を越えることは可能だと思う。

 この数ヶ月で僕もかなり成長することができた。グロリアス領を出た時とは比べ物にならないくらいに強くなった。

 僕は『枢要』を全て持っているわけだけど、『枢要』の中には成長というか取得BPに影響を及ぼすものがいくつかある。主にそれらのおかげだ。

 もちろんデメリットもあるのだが、デメリットが自分自身に向く限り、『傲慢』の「デバフの影響を受けない」に引っかかるため無視できてしまう。

 だいたいどの『枢要』もクソデカメリットとクソデカデメリットを持ってるんだけど、『傲慢』のおかげで僕だけほとんど無視できるというわけ。やっぱり『枢要』の複数取得はバグだと思うんですけど。

 まあその『傲慢』のデメリットだけは『傲慢』の効果有りきで設定されてるから無視できないんだけどね。それでも別の『枢要』のメリットと合わせると半分くらいは相殺できている。


 ちなみに僕がヒューマンの住む世界に行っても問題なくやっていけると判断したのは、この『枢要』のひとつ、『虚飾』の効果によるものだ。

『虚飾』は自分の外見を一部変更することが可能なのである。例えば『傲慢』の羽を消し去ってしまうことも可能だし、『貪食』の鋭い犬歯をちょっとした八重歯程度に調整することも可能だ。その他、『憤怒』の角や『怠惰』の金の瞳、『色欲』の尻尾、『悲嘆』の充血した赤目、『強欲』の爪も、何もかも全部隠してしまえる便利な能力だ。

 それで全部の特徴を消しちゃった結果、僕はヒューマンとほとんど見分けがつかない容姿になれるというわけ。

 今もそうしているけど、『虚飾』の能力を知っている魔族たちは特に不審に思ったりしない。そんなことが可能なのは『虚飾』だけなので、ああこいつの『枢要』は『虚飾』なんだなと思うだけだ。そこは特徴が目立つ他の『枢要』と同じである。

 ただ『虚飾』の『枢要』を持つ魔族はたいてい自分に自信がないので、他の『枢要』の特徴に擬態していたりする。

 そんなことをしても何にもならないと思うのだけど、これが意外とそうでもなくて、例えばどう見ても『傲慢』の羽があるのに一緒にいて嫌な気持ちにならないから妙にモテる、みたいなこともあるそうだ。

 まあ『虚飾』のナンパ師のことはいい。


 ともかくそんなわけで、成長した僕はヒューマンの多く住むエリアに向かう旅を始めた。







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