第16話 傲慢であるということ
人混みを掻き分け、おっさんたちの隙間からギルドを覗き見てみると、そこにいたのは僕のよく知る人物だった。
「……マティアスじゃないか」
何を隠そう、僕の元弟くんである。
数ヶ月ぶりに見たけど、相変わらず可愛らしいな。
丸々と太っていて、顔にはソバカスがある。癖っ毛だがツヤツヤの金髪に澄んだ青い目。分かりやすいイメージで言うと、海外のカートゥーンアニメとかに出てくるステレオタイプのいじめっ子みたいな風貌だ。
本来、魔族は生まれながらに美形であるという種族特性があるので、他者からの好感を得やすい傾向にある。
けれどそれも、自分も含めて周囲が全員そうであるなら当然ながら効果は下がる。下がるというか、そもそも第一印象の好感度ってやつは絶対評価じゃなくて相対評価なので、会う人全ての評価が高くなるならそこが平均値になるだけだ。
そこから外れればそれは相対的に「評価が低い」ことになる。
マティアスは周り全てが美しい中、独りだけふくよかで丸っこい。それはそれで可愛いのだけれど、それはあくまで僕の身内びいきであって、魔族社会の一般評価としてはどうしても低くならざるを得ない。
つまり彼はこの社会において、相対的に好かれづらいというわけだ。
そのマティアスが、背中の羽をピコピコさせながら甲高い声でハンターを募っている。
「──次期侯爵たるこの僕がこれほど言っているというのに、深淵の森に挑もうという勇者はひとりもおらんのか! 嘆かわしい! それでも命知らずのハンターか! 期待外れだ! 所詮は底辺のクズの集まりというわけだな! もうよい! 森へは我が家の精鋭のみで行く!」
ハンターを募っているっていうか、むしろ煽ってるだろこれ。何がしたいんだろうね。
いや何がしたいかは聞いていればわかるよ。深淵の森の攻略だよね。おっさんも言ってたし。
でも常識的に考えて、これから仕事を依頼しようって相手にこれほどまでに失礼な物言いをして、依頼者側に何の利益があるんだろう。こんな事言うやつの仕事なんて、誰も受けたがらないに決まってる。
一体どんな教育受けたらこんな風になるんだ。親の顔が見てみたいよ。まあ知ってるんだけど。親の顔より見た顔、は言い過ぎだな。親の顔と同じ回数見てる。同じ親だし。
ここでこの頼りになるお姉ちゃんが颯爽と現れて弟くんを助けてあげるのは簡単だけど、いや深淵の森を攻略する難易度を考えたら簡単ではないけど、残念ながら僕は侯爵家を勘当された身。元父上からも二度と関わるなよとか言われちゃってるし、関わることすらできない。
マティアスは前述の通り容姿のせいで好かれづらく、その上持ち前の『枢要』が『傲慢』で他人から嫌われやすいのに、さらに加えてこんなに煽ったら、集まる人手も集まらないってものだ。
以前に述べた通り、魔族特有の生まれつきの特徴である『枢要』だが、その種類によってメリット効果とデメリット効果、そして外見的な特徴がある。
例えばさっき話しかけてきたおっさんには角があったけど、あれは『憤怒』の『枢要』を持つ人の特徴だ。
マティアスの『傲慢』は「デバフの影響を受けない」というぶっ壊れパッシブ効果を持っていて、背中にコウモリのような羽があるのが特徴である。ナンシーの羽にちょっと似てるね。
ちなみに『傲慢』のデメリット効果は「他者からの自分に対する好感度にマイナス補正」というものだ。他者に対して発動するものなので、自分が「デバフの影響を受けない」効果を持っていても無意味である。
『枢要』は別に血筋によらないけど、うちは元父上も元弟くんもどちらも『傲慢』だ。
当然僕も『傲慢』は持っているが、あくまで転生時に選んだと言うだけだし、持ってるのは『傲慢』だけじゃないし、僕が特別傲慢な人間というわけではない。それどころか僕ほど謙虚な人間なんてそうそういないくらいだ。
「……ノーコメントにゃ」
久しぶりに弟くんを理由なく甘やかしたい衝動にかられたけど、関われないからそれはできない。いやー残念だな。本当に残念だよ。
例えばここで僕が甘やかして深淵の森の奥とかに連れてって、そこでバイバイしちゃったら弟くんどうなっちゃうんだろうね。考えただけでゾクゾクしちゃう。私、気になります。でも出来ない。マジ残念。
「で、ハンターズギルドには寄らないにゃ?」
「今日はね。タイミングが悪い。また今度にするよ」
「じゃあ、深淵の森と絶望山脈攻略の準備をしたらどうにゃ? できらあって言ってたにゃ」
「う、うーん。ソウダネ……」
ナンシーと話しながら歩いていると、さっき僕を殲滅姫と呼んできた角のおっさんが近づいてきた。彼はつまり『憤怒』のおっさんというわけだね。
「なんだ、殲滅姫も深淵の森に行くのか」
「いや、まだ行くとは決まってな──」
「そうだにゃ。今日準備して明日出発にゃ」
決まっちゃった。
「……そうか。まあ、殲滅姫なら死ぬことはねぇか。ヤバくなったら逃げられるだろうしな」
おっさんは少しだけ寂しそうな表情をした。もしかしたら、知人や友人を深淵の森で亡くしたりした経験があったのかもしれない。
そういうことなら安心してほしい。僕はおっさんがつるむような雑魚とは違うから、そう簡単には死んだりしない。
「……そういうとこだにゃ」
まあ、死なない場合はおそらく森を突破しているだろうし、その後は引き続き絶望山脈も突破してヒューマンらの闊歩するエリアに行ってしまうだろうから、会わなくなることに変わりはないけど。
僕らはおっさんに形だけ再会を約束して別れ、旅の食料を買い込むためにオンボロ商店街へ向かった。
あの様子ならマティアスに協力するハンターはいなさそうだけど、いずれマティアスも深淵の森に来るだろうことは間違いない。
鉢合わせしても面倒だし、彼の攻略が済むのを待っていたらいつになるかわからないし、ここは急いで準備を済ませ、彼より先に攻略してしまうのがいいだろう。
★ ★ ★
マティアスくんの外見はあれです。
西洋版ジャイアンとか……MOTHER2のポーキーとか……
あとはちょっとパッとは思いつきませんけど、とにかくそんな感じ。
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