第15話 殲滅姫イオラ
ハンターとなって、2、3ヶ月は経っただろうか。
些細なトラブルこそいくつか起きたものの、大筋では僕のハンター生活は順調だった。
帝都は人が多いだけあってか、モンスターや盗賊の討伐報酬が高めだ。生活はかなり安定していると言っていい。貯金をする余裕もある。ナンシーに餌をやる余裕もある。餌より貯金の方が先なのかよ。先だよ。だってナンシーは使い魔だから本来餌とかいらないし。
あと盗賊を始末してBPを稼ぎ徳を積むこともできる。
まあ最近はまたモンスターの数が増えてきて盗賊が減り始めてしまっているけど。
せっかくモンスターを間引いて盗賊を増やしたのにね。自然の力ってやつかな。うんうん、これもまたSDGsだね。SDGsってすごい。僕は改めてそう思った。
しかしこの程度のことならこの国の一般的なハンターならみんなやっているだろう。か弱い僕らに出来ているくらいだし。
そう考えると、果たして次の転生時に初期BP200を越えるような徳を積めているかは怪しい。初期BPの平均が100であることを考えると、盗賊ごときの小物の悪では大した徳は積めないのかもしれない。
だとすれば、小物の悪ではなく何らかの巨悪を討つ必要がある。
巨悪というと政財界の大物というイメージがあるため、このまま帝都にいればそのうち会えるかもしれない。僕の元父上もたまには帝都に来るだろうしね。いや父が巨悪かどうかは知らんけど。
この僕を皇太子の婚約者から解放してくれたんだからどちらかと言うと善性の人間かもしれないな。彼を討つのはやめておこう。徳が下がりそうだ。
とこのように、政財界の大物が必ずしも巨悪とは限らないし、そもそも外壁街住みのハンター如きが会えるとも思えない。
忍び込んでそれっぽい人を手当たり次第にキルしてみるのも有りと言えば有りだけど、巨悪以外をキルしちゃった場合の徳ペナルティがどのくらいなのかわからないので非常にリスキーだ。あと、そんなことが出来るほどの実力はたぶんまだない。たぶん。
となると、一旦帝都を離れ、中悪くらいの徳エネミーを探した方がいいかもしれない。
そうして僕自身の実力を高めた後、改めて帝都に凱旋して、政財界を皆殺しにするのがいいだろう。
ただ魔帝国は人口がだいぶ少ないので、意外と中悪くらいの徳エネミーは少ない気がする。
これは貴族令嬢時代、元父上である侯爵閣下にくっついてパーティーとかに出ていた僕の肌感覚だ。
あるいは魔族には実力主義が根付いているから、中途半端に悪いことして勢力拡大しようとかいう思考がないからかもしれない。悪い事するよりパワーに物を言わせた方が早いからね。パワーに物を言わせて相手を陥れるのは悪いこととして見なされない風潮があるし。どこの世紀末だよ。
そう考えると、中悪エネミーを狩りまくるのなら、ヒューマンとか人口が超多い種族の国に行ったほうがいい。
ヒューマン社会も魔族社会のように力こそ正義な階級社会だったら中悪も少ないかもしれないけど、何でもかんでも平均値であるヒューマンに限ってそれはないだろう。きっと誰にとってもわかりやすい「金」とか「血筋」とかが権威になっているはずだ。たぶん。
そう、元貴族である僕が社会の仕組みすら知らないくらい、現在ヒューマンの国と我が魔帝国とは全く交流がない。
でも一応場所だけはわかっている。
魔帝国の南に広がる深淵の森を越えた先にある、絶望山脈の向こうだ。
場所はわかっているが、この深淵の森と絶望山脈を越えなければいけないというのが問題だった。
現在良くも悪くも全く交流がないというのは、この絶望山脈を越えられる存在が、ヒューマン側にも魔族側にも居ないからなのだ。
そんな難所を、ハンターになって数ヶ月の僕が越えるのは難しい。
いや頑張れば行けるような気がするというか、自信と秘策は一応あるのだが、僕は謙虚なので何でもかんでもすぐ出来ますとは言わないようにしているのだ。
「たしかに、イオラ様はだいたい仕事が終わってから『ほら出来たでしょ』とか言うにゃ。やる前に言ったほうがかっこいいにゃ。出来てから言うのはダサいにゃ」
「ぐ」
有言実行の方がかっこいいのは認める。でも、仕事においては確実に出来ることだけを報告したほうが余計な混乱を──
「言い訳もダサいにゃ」
「ぼ、僕は間違ったことは言ってない」
「じゃあこの際はっきり答えるにゃ。イオラ様は絶望山脈を越えられるにゃ?」
「で、できらあ!」
「深淵の森は越えられるにゃ?」
「え!? 同じ値段で深淵の森も?」
「そりゃ森の向こうに山脈があるんだから同時に攻略するのは当たり前にゃ。……値段?」
「で、できらあ!」
そんな茶番を繰り広げながらハンターズギルドに行くと、ハンターや街の人たちが人垣を作り、がやがやと騒がしくしていた。
何かあったのかな。お祭りとか、誰かが処刑されるとか。
犯罪者の公開処刑は、これから犯罪を犯そうとしている者たちに対する抑止力であると共に、娯楽の少ない一般市民のガス抜きにもなっている。
犯罪者予備軍も、娯楽が少なく鬱屈とした感情を抱えている者も、城壁の内側の住民よりもここ外壁街の民の方が多いので、公開処刑は外壁街の住民でも見られる場所で行われる。
具体的には城門前広場である。城門前ということは城門の外ということなので厳密には帝都の外になるが、もしかしたら街の中でそんな血腥いイベントをやって欲しくないという帝都民の願いがあってのことなのかもしれない。まさに都民ファーストだな。素晴らしい。なお外壁街民は都民には含まれない模様。それはそれとして公開処刑は帝都民も大勢見に来るのだが。
僕も何度か、自分の手で捕まえた盗賊が処刑されるところを見学したことがある。
処刑人が刃を落としても僕にBPは入らないが、自分で殺るより処刑の方がいかにも徳が積まれた感じがするので気分がいいからだ。
ハンターズギルドも城門前広場に近い位置に建っているので、処刑のような人気イベントがあるとギルド前まで混雑するのが常だった。
「あれ……? 公開処刑じゃないのか。じゃあ何で騒いでるんだろ」
「ん? おお、殲滅姫か。残念だったな処刑じゃなくて。今回騒いでんのは処刑する側の人間の方だぜ」
人垣の最後列にいた、頭に角の生えたおっさんが僕の呟きを拾い、声をかけてくる。
殲滅姫とかいうクソ恥ずかしい呼び名は、僕を指してのものである。
モンスターの群れや盗賊団の生き残りが逃げてどこかで一般市民を害した場合、僕の徳が下がってしまうのが嫌で、交戦した集団はなるべく皆殺しにするように心がけている。
ただ、普通のハンターはそこまではしないらしい。モンスターも盗賊も中核となる戦力さえ潰してしまえば、再び脅威となるまでに時間がかかるからだ。それで一旦は脅威を退けたということで、討伐の報酬もちゃんと出る。
毎回根絶やしにするのは僕くらいのもので、だからこそ殲滅姫とかいう恥ずかしい二つ名が付けられているのだ。
「その呼び方やめてよ恥ずかしい。で、処刑する側の人間って?」
「そりゃお前、お貴族サマだよ。貴族の坊っちゃんが、深淵の森を攻略するってんでハンターを集めていなさるのさ」
「へー」
そんな酔狂な貴族なんているんだ。
深淵の森が攻略されないのは、その難易度の高さもさることながら、旨味がまったくないからだ。
それに深淵の森を攻略したところで絶望山脈という壁にぶつかるだけだし、それこそ壁を越えてヒューマンたちのエリアに侵入しようとか企んでない限り、全く何の生産性もない無意味な行為である。
まさか他に誰も挑戦してないから一番乗りだとか、攻略して権威を付けようだとか、そんなくだらないことのために多大なリソースを割こうだなんて考えるアホがいるわけないだろうし、一体何が狙いなんだろうね。
★ ★ ★
冒頭の「些細なトラブル」はイオラにとって本当に些細でしたので、ここでは言及いたしません。
でも今後思い出したかのように語られたりします。
それが本当に些細なトラブルと見なしてよかったのかどうか、そこから先は君自身の目で確かめてくれ!(昔の攻略本感
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