第14話 グロリアス候の失望

「なぜこんな簡単なことも出来ぬのだマティアス! 貴様、次期グロリアス侯としての自覚があるのか! このような、このような体たらくで、『侯爵級マーカス』が名乗れると思っているのか!」


 グロリアス候ラウレンスは、今や一人息子となったマティアスを叱りつけた。

 その理由は、マティアスが与えられた課題を満足にこなせなかったからだ。課題は侯爵として必要な能力を測り、あるいは鍛えるためのもので、年齢を加味してプログラムが組まれている。

 すでに追放してしまったので関係ないが、長女のヴィオーラは問題なく課題をこなしていた。

 以前まではマティアスもそつなくこなしていたのだ。そう報告を受けていた。

 それが、たまに様子を見に来てみれば、どうだ。全くなっていない。


「……スコットよ、貴殿、マティアスの教育は順調で問題ないと報告を上げておったな。あれは虚偽の報告であったのか?」


「ひい……! も、申し訳ありません!」


 ラウレンスは傍らに控えていた家庭教師のスコットを睨みつけた。


 この事はスコットにとって災難だった。

 彼は別に悪意を持って隠していたわけではない。侯爵令嬢であるヴィオーラに口止めをされていただけなのだ。

 マティアスの分の課題は自分が片付けるから、どうかマティアスを叱らないであげてほしい、と。

 そしてその事は秘密にし、父にも伝えないでほしい、と。


 今となっては追放され何の身分もなくなってしまったヴィオーラだが、当時は当然スコットにとって雇い主の娘である。出来の悪い弟を庇いたい、というポジティブな理由であったし、当のマティアスも成人して職業を授かれば自ずと自覚も出て課題もこなせるようになるだろう、という楽観的な思いもあった。

 何しろグロリアス侯爵家と言えば、魔帝国の建国に尽力した勇士の末裔であり、代々実力でその地位を守り続けてきた武闘派貴族なのだ。

 その血を受け継いで生まれたヴィオーラとマティアスに才能がないはずがない。

 残念ながら、早逝した第二夫人の子であったヴィオーラは『無職』であったらしいが、そうでありながらもヴィオーラの実力は相当なものだった。

 ならば由緒正しい家柄出の正妻の子であり、同じくグロリアス家の血を引くマティアスもまた、類稀なる才能を持っているに違いない。


 事実、ヴィオーラから遅れること2ヶ月、鑑定の儀を受けたマティアスの職業は「剣士」、「火魔法使い」、「僧侶」だった。レベルは全て1だったが、それはこれからいくらでも成長できるということでもある。

 ひとりで近接攻撃、魔法攻撃、回復補助をこなせる人間は少ない。いても、どれも中途半端で役に立たない者ばかりだ。

 しかしグロリアス家の嫡男ならば。

 レベルさえ上がっていけば、きっと素晴らしいオールラウンダーになれるはずだった。


 そうは言っても、現在はレベル1。

 普通に育った貴族ならば、英才教育の成果もあって、大抵はこの時点でレベル5~8程度には成長しているものだ。

 鑑定の儀で息子のレベルが不自然に低いことを不審に感じたグロリアス候が、これまでに出されていた課題を実際にマティアスにやらせてみた結果──それがこの惨状だった。


 マティアスのレベルが低いのは当たり前である。

 なぜなら、これまでマティアスが家庭教師からの教育で得るはずだった経験値はすべて、姉のヴィオーラが受け取っていたのだから。

 マティアスの代わりに課題をこなし、マティアスが出すべき使用人への指示もヴィオーラが出していた。

 マティアスも戯れに使用人に暴力を振るったりしていたが、所詮はレベル1の子供。侯爵家に仕える者として相応の実力を持っている使用人たちには全くダメージは入らなかった。

 故にマティアスは何の経験値も得られていなかった。


「まさかとは思ったが……。本当にレベル1相当の実力しかないとは……。

 マティアスよ。ひと月だけ時間をやる。その間に弛んだ身体を鍛え直せ。これよりひと月後、その実力をもう一度測ってやる。ただし、これまでのような温い課題ではない。次期侯爵に相応しい課題……。そうだな……。誰も成したことのないことがいい……。

 よし、深淵の森だ。深淵の森を攻略してみせよ。それが出来なくば、お前も能無しとして勘当する!

 スコット、貴様もだ! 我が息子を能無しに仕立て上げた責任は重い! 貴様もマティアスに同道し、深淵の森へ行け! 攻略するまで帰ることは許さぬ!」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る