第29話 餞別

 店を出て宿に戻ると、一階の食堂でいつもより豪華な食事を頼んだ。


 駆け出し冒険者として2人と1匹で頑張ってきたが、これまでは食事は質素なものばかりだった。

 ミラの身体作りのために栄養の豊富なものを優先して選んでいたので、味は二の次だった。


 しかし今日の食事は違う。栄養もきっとあるのだろうけど、何より味がメインだ。


「え!? こんなご馳走、どうしたんですかイオラ様! ハッ! まさか、ご馳走に見せかけて、実は毒物への耐性をつけるための訓練とかなのでは……!」


「宿に注文した料理なんだから、そんなわけないでしょ。ほら、バカなこと言ってるから女将さんが睨んでるよ」


 とは言ったものの、宿の女将はこちらを見てはいるが、別に睨んではいない。

 たぶんだが、実際に僕が女将に毒入りの料理を作らせてもらえないか頼み込んだことがあったからだろう。ミラの勘違いは宿に対する立派な誹謗中傷になるが、それも致し方ない、と考えているから怒るに怒れないのだ。何しろ、実際に料理に毒を入れかねない僕がいるわけだからね。


 毒や状態異常に対する耐性スキルは、選んだパッケージに関係なく、肉体や精神が過度なストレスを感じた時に確率で取得できるスキルである。取得の際には相応の経験値が勝手に消費されるっぽいが、自分の現在の正確な経験値量なんて知ってる人はいないので、みんな気づいてはいない。

 まあ別にBPを消費することでも取得も成長もさせられるので、僕は普通に稼いだBPで耐性スキルを取ったけどね。スキル覚えるまで毒食べるとか普通に嫌だし。


 女将に謝ってから、僕らは豪華な食事を食べ始めた。


 何となく、ミラと出会ってからのことを色々と思い出したので、自然と会話はこれまでの話になった。


「そういえばこの宿に泊まり始めた頃、ベッドが固くて寝られないとかいつも嘆いていたよね、ミラは」


「そんな昔の話を!」


「で、朝起きたら僕の上に乗っかってぐーすかいびきたててたっけ。ベッドより柔らかいからって」


「いびきなんてかいてませんわ! それに今のわたくしは鈍鉄級の冒険者です! たとえ荒野の岩場でだって寝られますわ! あとイオラ様は言うほど柔らかくありませんでしたわ!」


「おいそれ以上言ったら戦争やぞ。

 それとさらっと宿のベッドと荒野の岩場を比べるなよ。全方位にナチュラルに失礼だよね君。そういうとこやぞ」


「そういうとこ……?」


 婚約破棄されたり勘当されたりの原因が、と続けたいところだが、はっきり言ってしまうのはさすがに人の心が無さすぎる気がするのでやめておいた。あとブーメランになると困るし。

 最後まではっきりとは言わず、そういうところですよ、だけで留める奥ゆかしき日本の侘び寂びの文化である。

 ナンシーもよく言ってるやつだ。結局ブーメランになってるじゃねえか。


「あんなにもワガママ放題だったミラが、今では宿のベッドにも慣れて、表情ひとつ変えずにグレイラットの群れも処理できる、鈍鉄級の一端の冒険者か。なんだか感慨深いものがあるね。師匠としても鼻が高いよ」


 とはいえ僕は超絶美少女なので、師匠じゃなくても元々鼻は高いけどね。


「……どうされたのですか、イオラ様。なんだかいつもと雰囲気が違いましてよ。いつもだったら、さり気なくわたくしのお皿から好物のお肉を持っていったり、逆に嫌いなニンジンをわたくしのお皿に入れてきたりしているのに」


 そんなことするか。

 いや少しはしてたかも。何しろ安い料理は調味料とか香辛料とかあんまり使われてなくてどうにも不味かったし。肉は我慢できるけど生煮え薄味のニンジンは無理。なんかエグい味がするから。


「今日の料理は高いやつでちゃんと美味しいし全部食べられるから、そんなことする必要ないだけだよ」


「それ普段の料理は安っぽくて不味くて食えたものじゃないって言ってるようなものですわよ。イオラ様も大概失礼ですわ」


 僕のは意見論評の範疇だし、公益性と真実相当性があるのでセーフです。




 豪華な食事に舌鼓をうち、食後のドルチェまで堪能した。

 基本的には安くてリーズナブルな宿なのだが、お金さえ払えば相応のサービスが受けられるのがこの宿のいいところだ。

 僕らが長期で借りている部屋も、10倍とかお金を積めばもっと豪華な部屋に変えることも出来る。そっちは建物の入り口からして別の場所だ。

 食堂というかレストランもそっち用のがあるのだが、料理に関しては金さえ払えばこっちの食堂でも出してくれる。

 冒険者のような根無し草がたまの贅沢が出来るようにという配慮だろう。あと入り口や食堂が別々なのは金払いの良い客が冒険者みたいな底辺を目にしなくていいようにという配慮だな。オモテウラが激しいが、これがこの宿のオモテナシの心である。


 そんな取り留めのないことを考えながら、片付けられたテーブルの上に、魔法の鞄から出したものを置く。


「なんですの、急にこんなところで武器なんて……。これ、もしかして鋼鉄製のロングソードですか?」


「そうだよ。さっきの店で買っておいたんだ。ミラに渡そうと思ってね」


「これ、結構良いお値段がしていたと思うのですが……。よろしいのですか、イオラ様」


 そう。鋳造品っぽい量産の剣は割と安く購入できるのだが、この鋼鉄の剣はそれらと比べるとアホみたいに高い。

 元伯爵令嬢のミラにも一般的な金銭感覚が身についてきたようで何よりだ。

 まあ冒険者としての金銭感覚は平民としての金銭感覚とはまた違うので、果たして本当に一般的な金銭感覚を身に着けているかと言われると微妙であるが。


「それから、これも。この指輪は魔法の発動体になっているから、これをつければ剣を振りながらでも魔法が撃てるはずだ」


「指輪型の!? ロングソードよりももっとお高いのでは……」


「そりゃあね。ま、師匠からのプレゼントだと思ってくれればいいよ。これまでの自分と決別して、新しいスタイルを極めていく君への餞別さ」


「せん……べつ……?」


 ミラはきょとんとして、何を言われたのかわからないという顔をしていた。


「そうだよ、ミラ。これは師匠として君を育てた僕からの、お別れの贈り物だ」


 僕がミラとパーティを組んでいたのは、着の身着のまま実家から勘当された貴族令嬢のミラに同情してしまったからだ。


 かつての自分と似た状況だったこともあるし、あのまま放っておけば数日ももたずに生命か尊厳のどちらか、あるいは両方を失うことになっていただろう。

 今でこそ、笑い鬼の弟子としてならず者たちからも一目置かれているミラだが、何の後ろ盾もない状態で冒険者ギルドの周辺を歩いたりしたら、たちまち攫われどこかに売られてしまうだろう。いやさすがにそこまで治安は悪くは無いと思うけど、まあひとつの例として。


 でも今のミラなら、僕がいなくてもこの街の冒険者程度ならナイフで蹴散らすことも出来る。何の才能もないはずの、生活雑貨のナイフでだ。

 餞別のロングソードや指輪の魔法を使えば、10人からに囲まれたところで切り抜けることも出来るはずだ。

 冒険者階級こそまだ鈍鉄級だが、その実力はすでに鋼鉄級、いや白銀級にも迫るかもしれない。

 なんたって、手加減して無礼な破落戸ごろつきの関節を外すだけで許してやった優しい僕の実力は、冒険者換算で黄金級相当らしいからね。その僕の薫陶を受け、立派に応えてみせたミラは、白銀級にだって負けやしないはずだ。


 もうミラは、実家に勘当されて泣いていた、か弱い令嬢ではない。

 一人でも生きていける立派な冒険者だ。


 親に見捨てられ、本来なら数日で死ぬはずだった令嬢を、上位の上澄みとも言えるほどの実力の冒険者に仕立て上げたのだ。

 これは非常に徳の高い行為だったのではないだろうか。


 あの時、あの草原で、無かったことにしてしまわなくて本当に良かった。


 そんなことを思いながら、僕は今だに呆然としているミラを見ていた。


「せんべつ……。お別れ……? な、なんで……なんでそんなひどいこと言うんですの……?」


 じわり、とミラの大きな瞳に涙が溜まっていく。


「ミラ。君を冒険者として登録した日のことを覚えているかな」


「……忘れましたわ」


 もう三ヶ月近く前のことだし、仕方がないか。


「あの時、君は最底辺の無職だったね」


「……ちょっと、言い方」


「でも今は、最低限の納税者として生活が出来ている」


「……全てイオラ様のおかげですわ。わたくしひとりでは何も出来ません。すぐにまた無職の最底辺に逆戻りですわ」


 ミラは涙を拭い、僕を見据える。


「そんなことはないよ。このあいだグレイラットを狩りに行った時だって、襲ってくるラットを冷静に返り討ちにしていたよね。肉が悪くならないように内臓は避けて、でも一撃で致命傷になるように。しかも生活雑貨のナイフで。これからはそのロングソードもあるし、もっと楽に狩れるようになるはずだ。

 グレイラットは山の麓の草原に行けば、探さなくても向こうから襲ってくる。この街で安定して生活するには十分な稼ぎになるはずだよ」


 乱獲によって今はちょっと暴落してしまっているが、僕がいなくなればそのうち元に戻るだろう。


「で、でも、解体したあとの汚れとかはイオラ様の『清浄ピュリファイ』がないと……」


「ミラだってもう立派な魔法使いじゃないか。『清浄』だって自分で発動できるだろう」


「うう……でも……でも……」


 ミラは再び瞳に涙を浮かべ、忙しなく食堂の中やテーブルに視線をやっている。

 そして食べ終わったお皿に目をつけた。


「そうですわ! わたくしとお別れしてしまったら、お料理にイオラ様の嫌いなニンジンが入っていたときにお残しするしかなくなってしまいますわよ! お残しはいけませんわ!」


 どうだ、と言わんばかりに勢い良くそう言い切り、満足げにむふーと鼻から息を吐いている。

 うんそうだね。お残しはいけませんわね。それはそう。徳も下がりそうだし。


「いや、僕ひとりだったらそもそもニンジン入ってる料理頼まないから。あと先に言っておくけど、僕ひとりならもう少し肉多めのメニューを頼むから君の分の肉はいらないよ」


 加えて言うと、安さ優先で火の通りが甘い料理とかでもなければ、僕はニンジンだって普通に食べられる。たぶん。知らんけど。


「そ、そんな……じゃ、じゃあわたくしはこれから一体どうしたら……」


「どうもこうも、どうにだって出来るさ。君はもう一人前なんだから。好きに生きて、好きに死ねばいい。それが自由というものだ」


「し、死にたくはありませんわ」


「じゃあ死なないように頑張ればいいさ。それも自由だよ」


「……無理ですわ。死んでしまいます。ひとりだけでは……」


 まあ確かに、冒険者というのはそういうものだ。

 ソロでも問題ない冒険者なんてのは、まったく冒険しない冒険者か、死んだ冒険者だけだ。

 僕は基本ソロだけど、ハンター歴も冒険者歴もどちらも半年未満しかないからソロでずっとやってるわけじゃない。じゃあ問題ないなヨシ。


「それなら仲間を募ればいい。これからひとりで生きていくのなら、コミュニケーション能力も必要だよ。とはいえ、グレイラットを相手に狩りをするならすぐには必要ない。信頼できる仲間を探して、見つけることができたなら、その時に次のステージに進めばいい」


 ロールプレイングゲームってだいたいそういうものだしね。仲間を探して次の街へってやつだ。これゲームじゃなくて現実だけど。


 ミラは僕の言葉を聞き、虚ろな眼でしばらく黙り込んでいた。今後のことを考えているのだろう。


 少しすると、そのハイライトの消えた瞳からぶわっと大量の涙が溢れ出した。

 今度こそ、瞳に溜まるだけでなく、ポロポロとこぼれ落ちてしまっている。


「──やだあああああああああああ……!」


 泣いちゃった。


 子供じゃないんだから、そうやって感情任せに泣きわめくのはやめてほしい。


 ──僕まで泣きそうになってきちゃうじゃないか。





 ★ ★ ★


ナンシーが本当に良いのか聞いていたのはこのことでした。

ちなみにナンシーが百合厨思考なのは、イオラによってそう作られたからです。これはナンシー製作時のイオラの独り言で実はさりげなく書いてあります。(第10話)


明日はアデルミラ視点。

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