第12話 ハンター試験

 扉を開けて廊下をしばらく歩くと、突き当りに小窓と小さなカウンターのようなものがあった。

 廊下はその突き当りで右手に折れるように続いている。

 小窓を覗き込むと、中には受付で聞いた係の人とやらがいて、僕は受付でもらった用紙を差し出した。

 係の人はさっと用紙を確認すると、用紙の端の欄にサインをして僕に返した。

 このまま右に進めばいいらしい。


「あの、試験って具体的に何をするんですかね」


「指定された的を、そうですね。あなたの場合は指定された的を切ることと、指定された的を射ることができれば合格になります」


 それだけか。思っていたより簡単そうだ。

 ホッとした僕を、係の人は少しだけ気の毒そうに見ていた。

 なんなんだ、試験を受けに来た新人がホッとしたら駄目なのか。

 僕は何となく釈然としないものを感じつつ、廊下を右に進んでいく。

 

 廊下の先にはまた扉があって、それを開けると外だった。

 修練場とかなんかそういう感じの場所だろう。ハンターになりたがる魔族は多いが、ここが常に受験者で埋まっているというわけではないだろうし、普段は別の使い方をしているはずだ。事実、今も僕しかいないし。たぶん僕が受付をしたから、ここを使っていた現役ハンターとかそういう人は一時的にどいてくれたんだと思う。

 建物の構造を考えると、修練場の右手に見える壁の向こうはさっきの受付のあたりのはずだ。


 その壁にある窓から声がした。


「──イオラだな。では、試験を始める」


 僕が頷いたのを見て、声の主は続けた。


「まずは剣の試験だ。そこに的を用意した。その的を切るのが合格の条件だ」


 見れば、修練場のこちらとは反対側の端に人影があった。

 僕より少し幼いくらいの少女だ。

 あれを切ればいい、ということだろうか。

 見た目に油断してしっぺ返しを食らうのは愚かなことだが、先日の盗賊と比べれば随分と弱そうである。

 あれを切るだけならば簡単だ。

 しかし、有名なハンター試験がそんな簡単に終わるはずがない。絶対に何かある。

 僕は念の為、少女や周囲の気配に最大限の注意を払いながら近づいた。

 少女に反応はない。

 いや正確に言うと、怯えるような目で僕を見て震えているので、反応がないわけではない。ただ、怯えた目も身体の震えも特に脅威とはならないという意味だ。

 他に何か、僕を不意打ちするような動きはないか。また、周囲の状況はどうか。

 ゆっくりと歩き、少女の目の前に立ったときも、他に脅威となりそうな反応はなかった。


「……『召喚:魔力剣』」


 ぶーん、と音を立てて剣を召喚したときも同じだ。何もない。


「……拍子抜け、ってことなのかな? えい」


 剣術スキルを持たない僕だが、動かない的を切るだけなら簡単である。そのくらいの訓練はしている。

 目の前の少女は僕の剣によって脳天から叩き切られ、左右に分かれて倒れた。


「あれ?」


 しかし手応えがおかしかった。

 人間ではなく、まるで薪でも割ったかのような硬くさっぱりとした手応え。

 数度瞬きをして少女の残骸を見てみると、そこには真っ二つになった丸太が転がっていた。


「──おめでとう。剣の試験は終了だ」


 先ほどの男の冷静な声が聞こえ、僕は理解した。

 なるほど、これはおそらく『幻術』だ。

 ただの少女を切るだけなら大した能力は必要ないので、ある程度斬撃の威力も必要になるように丸太を少女に見せかけていたのだろう。

 実に合理的だ。本物の少女を用意する手間と用済みになった元少女を処分する手間がないところが素晴らしい。


「──次は弓の試験だ。奥を見ろ。そこに的がある。その的を射るのが合格の条件だ」


 見ると、今度は震える老爺がいた。

 なるほど、手足は枯れ木のように細いし、震えているので狙いづらい。弓の試験にはぴったりかもしれない。

 僕は魔力弓を呼び出した。


「……あっ。しまった外した。剣と違って弓は当てるのがまず難しいからな──ってあれ? 当たってる? おかしいな、見間違いだったのかな」



 ◇ ◇ ◇



 ハンター試験を受けに来たという、成人したての少女の様子を、ギルドの建物の中から観察している者たちがいた。

 彼らはこの試験の試験官のようなものだ。


「……何のためらいもなく切ったな」


「ああ。服装は一般的なものだが、あの髪の艶や容貌からするに、おそらくは貴族の令嬢だろう。我々の幻術など、容易く見破れたとしても不思議はない」


「ふうむ。そうすると、『いくらか弱く見えても敵に情けをかけるべきではない』というギルドの心構えを問う試験の意義が失われてしまうが」


「それは仕方がない。まさか本物の童女を連れてくるわけにはいかんだろう。葛藤を越えてそれを切らせるのが目的なのだからな」


 ハンターというのは戦う職業だ。

 相手は主にモンスターだが、時には盗賊のような悪人に対処することもある。

 中にはいたいけな少女のような見た目でありながら、何人もの男を破滅させた極悪な大詐欺師みたいな者もいる。

 チンケな詐欺ならそこまで重い罰は課されないが、あまりに被害者や被害額が多ければ極刑に処されることもある。

 そういう罪人を指名手配する場合、生死不問となるケースが多い。凶悪犯罪者を生かして捕まえようとしたばかりに捕える側に被害が出てしまうのを恐れてのことだ。冤罪や見間違いのリスクはあるが、それによって生まれる被害はほとんどが一般人のものであり、訓練を受けたハンターや実績のあるハンターが返り討ちに遭って失われる損失と比べて小さいため無視されている。


 この試験は、ハンターがそうした状況にぶつかった時、ためらったせいで返り討ちにされないよう、きちんと敵を討てるかどうかを見るためのものだ。

 実際のところ、剣や弓などの後天的な戦闘技術はいくらでも鍛えて伸ばすことができる。スキルがあるならなおさらだ。

 しかし敵として立ちはだかった相手を躊躇なく攻撃できる覚悟というか、そういう心構えは訓練で身に付けさせるのが難しい。実戦経験だとか、自分や親しい者の生命が脅かされたときにそれらと敵を天秤にかけ決断するだとか、そういうイニシエーションのようなものが必要になる。

 ハンターとして、つまりプロとして採用してからそんな教育などやっていられないので、試験を行い足切りをしているというわけだ。この部分さえクリア出来ていれば、戦闘能力の多少の多寡などさしたる問題ではない。どうせ仕事をしていく上で勝手に成長する。


「まあ、幻術を見破ることが出来るほどなら、その実力だけである程度やっていけるだろう。そういうタイプはそれこそ覚悟なんかは後からでいい。それが許されるだけの余裕があるからな。

 それより、次の試験が始まるぞ。あれは……本部長だな。しかも幻術を使って自分の位置を誤魔化している。まったく趣味が悪い……」


 試験官の男たちが見下ろす修練場では、少女が丸太を唐竹割りにした位置からちょうど反対側の壁際に、的となって座り込む老人の姿が写っていた。

 それも、ふたつ。

 幻術を見破る実力を持っている男たちには、幻術で作られた的の老人と、その幻術を映し出した張本人の老人のふたりが見えている。

 本人の方も幻術で見えなくしているはずだから、受験者からは震えている幻術の偽物だけが見えている、という寸法だ。本来ならば。

 この受験生は幻術を見破る実力を持っている可能性があるため、試験官たちと同じように、震える幻術と仁王立ちする本人が見えているかもしれない。


「相変わらず性格が悪いな、本部長は。もしあの受験生が幻術を見破れないのであれば、幻術で作られた偽物の老爺を射るだろう。しかしもし幻術を見破れるのなら……。そして、幻術を見破れるが弱い人間を攻撃する覚悟がないのだとしたら、どうするかな」


「それを確認したいのだろうよ。本当に性格が悪い……」


「静かに。受験者が動くぞ……。射った! 迷いなく本部長を! はは! こいつは本物だ!」


「待て。本部長は矢を掴んで止めている。いかに本部長と言えど、弓士が本気で射った矢を掴めるはずがない。つまり……」


「手加減、か。幻術を見破る実力はあっても、人間に本気で矢を射る覚悟はない、ということか」


「たかが試験でそこまでする気がないだけかもしれんがな。まあ、ひとまず合格でいいだろう。後は実際に矢を受けた本部長の裁定次第だな」





 ★ ★ ★


あんまり気にしている人もいないかと思いますが、魔力の矢は飛翔中に掴まれると(つまり目標を射るという仕事が果たせなくなると)雲散霧消します。

『矢生成』などのスキルを取得し、弓に自動的に付属する魔力矢以外の矢の生成ができるようになると、爆発四散する矢も生み出せるようになります。

そっちの矢を射っていたら本部長は爆発四散していました。

BPが足りず『矢生成』を取得していなかったおかげですね。



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