第11話 ハンターズギルド

「ほー。すっごいねこれは」


 帝都に到着し、最初の感想はそれだった。

 都市を囲う城壁は、何者の侵入も許さないとばかりに陽の光を弾いて悠然と聳え立っている。

 これほどの石の壁──実際何で出来ているかは知らないがたぶん石──を積み上げるのに、いったいどれほどの時間と労力を費やしたのだろうか。

 グロリアス領都も中々立派な城壁で覆われていたが、あくまで無骨なもので、質感も見てすぐ石だとわかる程度のものだった。

 しかし、ここはそれ以上だ。デザイン性というか、芸術的な観点からみてもきっと名のある建築士が手掛けたものなのだろうとわかる。まさに匠の技というやつだ。なんということでしょう。


「さてと。ハンターズギルドは……。あれかな」


 帝都への入場だが、長い列にこそ並ばされたものの、入ること自体は特に問題なかった。

 一応名前とか風貌とかは記録されたみたいだが、身分証とかそういうものの提示を求められることはなかった。

 もちろん、可愛いナンシーのコウモリの羽は隠してただの黒猫に見えるようにしてある。羽は身体の中にしまうことが出来るみたいだったからね。

 あとは人間の言葉さえ話さなければ、ナンシーはペットの黒猫にしか見えない。

 黒猫ナンシーを肩に乗せ、僕は帝都の城門をくぐった。


 どこの誰とも知れない者をよく迎え入れるものだと思ったが、その理由も城門をくぐってすぐに判明した。

 城門をくぐった先にも、帝都を覆う城壁と同じものが聳え立っていたからだ。

 城壁の中に城壁がある、というか、僕らを迎え入れた部分は帝都にとっては都市内ではなかったのだ。

 その城壁と城壁に挟まれた狭い区画には、ハンターズギルドや商業ギルドの出張所、オンボロの木賃宿など、身元の怪しい人物でもギリギリ入れそうな施設しか存在していなかった。他にもいくつも建物があるが、すべて客商売のためのもののように見える。つまり、一般人が暮らすための民家はない。

 そして、それらの建物の隙間にはボロ布を纏った目付きの悪い子どもが何人も座り込んでいた。大人もいるかもしれない。

 なるほど。都市の外に一部外壁を建て増しして、そこに鼻つまみ者たちをまとめて押し込んだ、というわけだ。


 ハンターズギルドに所属しているハンターたちは、その成り立ちや業務の性質上、ならず者と大差のない人間が多い。やんちゃをすればギルドから制裁を受けることになるので、先日僕が掃除した本物のならず者よりは若干マシだが、僕のような清廉潔白な市民や貴族と比べれば雲泥の差だ。ああ、そういえば僕はもう市民でも貴族でもなかったか。清廉潔白なのは何も変わってないけど。


 ハンターや街の外からくる身元不明な者の中には、時に都市の暮らしに必要な人間も混じっている。

 ハンターとは基本的にモンスター退治を生業とする者のことだが、時に危険な場所にある素材を取ってくるだとか、どこぞの洞窟で採掘できる鉱物や宝石を取ってくるだとか、そういうことが依頼されることもある。

 これは危険な場所や遠方へ行くということが、ほぼイコールでモンスターと戦うということに繋がるためだ。

 モンスターに対処できる人間は限られているため、必然的にハンターにその手の依頼が回ってくることになる。

 他にも街の衛兵や王立騎士団、貴族が持ってたり持ってなかったりする私設騎士団とかならモンスターにも対処できるが、彼らにお使いを頼むこともそうそうできない。

 そんなわけで、ハンターや彼らに類する半ならず者たちというのは、たとえ帝都と言えども、こうしてわざわざ隔離区画を設ける程度には利用価値があるということなのだ。


 僕の最初の感想「すごいねこれは」というのは、そういう合理性とそのためにかけたコストも含めての感嘆である。

 まあ、ハンターズギルドの発祥が帝都であり、本部がこの隔離区画にある時点で、ここが元はハンターズギルドのために作られたものだということはわかる。他の建物はそれに付随して作られたオマケだろう。浮浪者たちはさらにそのオマケだ。


 そんなオマケたちを横目に、僕はハンターズギルドの玄関をくぐった。

 中はわざわざ隔離された区画にあるとは思えない程度には小ざっぱりとしていた。

 カウンターらしきものがあって、いくつかの丸テーブルとイスがあって、壁には掲示物が貼ってある。

 似たような構成の部屋を見たことがある気がする。なんだろう。ああ、アレに似てるんだ。車のディーラー。

 まあすべてが木製なのでイメージはガラッと違うが、だいたいそんな感じ。


 僕は受付に行き、ハンター試験を受けたい旨を告げた。


「──はい。承りました。ご職業は何をお持ちですか?」


「剣士と弓士と召喚士です」


 ここで正直に答えると「なにぃ、無職の無能が──」とか言って騒ぎになったりするんだ。僕は詳しいんだ。

 なのでしれっと嘘をついておいた。鑑定の儀だなんていうクソコストのかかる儀式魔術がこんな隔離区画で使えるはずがない。どうせみんな自己申告だし、本当のことを言ってないやつだっているはずである。バレることなど有り得ない。

 バレない嘘は嘘ではなく方便というのだ。だからこの虚偽申告のせいで僕の徳は下がったりしない。いいね。


「……にゃぁ」


 肩のナンシーから溜め息が聞こえた。こいつ溜め息まで可愛いな。いや本当に溜め息なのかな。単に可愛く鳴いただけなんじゃ。なんで今急に媚びてきたんですかね。


「では剣と弓の試験を行いますね。召喚魔法は肩の使い魔ちゃんで確認できるので問題ありません。装備の方は……」


「大丈夫です。持ってます」


 厳密に言えば持ってはいないが、すぐ出せるので問題ない。


「では、あちらの扉へお進みください。その先にいる係の者が案内いたします」


 受付の人から今話した情報が書かれた用紙を受け取り、僕は言われるままに扉を開けた。


「あ、使い魔の猫ちゃんはお留守番です。こちらでお預かりしますね」


 ナンシーは留守番らしい。

 受付の女性はナンシーを受け取ると、顔を埋め深呼吸をし始めた。

 猫吸いだ。

 なるほどこのためにさっき媚びたのか。

 やるなナンシー。侮れない。

 嫌そうな顔をしているのはツンデレってやつかな。





 ★ ★ ★


帝都はその外周がぐるりと堅牢かつ荘厳な城壁に囲まれています。

そしてその外側にも、似たような城壁が建っています。

この城壁と城壁の間にハンターズギルドはあるわけですね。

まあちょっと小綺麗でちょっと安全なスラムみたいなもんです。

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