第9話 戦利品

 僕はしゃがんだときに両手で掴んだ砂を、立ち上がりながら周りにばらまいた。

 まさか獲物が攻撃を避けただけでなく、こんな抵抗をしてくるとは夢にも思っていなかったのだろう。

 盗賊たちはまともに砂をくらい、顔を手で覆って一歩後ずさった。


「うわっ!」


「くそっ!」


「──おいっ! 何をやってる! 遊んでるのか!」


 無能な上司がまた声を張り上げる。

 何も悪くないのに怒られる彼らも可哀想だし──何も悪くない盗賊など存在しないが──僕は彼らを早々に解放してあげることにした。


 この理不尽極まる社会から。


「『召喚:魔力剣』」


 僕がそう口にすると、僕の手に魔力で形作られた剣が現れる。

 僕は『剣術』とかのスキルは持っていない。なぜなら剣がなければ何の効果も発揮しないスキルだからだ。特定の状況下でしか使えないスキルは、これまでの僕には優先度が低かった。


 剣というのは扱いが難しいものだ。素人では、仮に振るうことができたとしても、それで物を切れるかどうかはわからない。刃物というのは刃筋をきちんと立てなければ用を成すことはできないからだ。

 でも、突いてダメージを与えることは誰にでもできる。そういう形をしているからだ。

 これは槍でも同じだが、槍は長いからこうも近づいた相手には不向きである。


 足をかかえてうずくまる、側面の盗賊を見た。

 せっかく多額のBPを支払って魔族に転生できたというのに、盗賊に身をやつした挙げ句に早々に退場とか運が悪いにも程がある。

 でもそれもすべて彼自身の選択の結果だ。

 盗賊家業じゃあろくに徳も積めなかったろうし、人間の最低ラインである初期BP50は絶望的だが、どうか来世がウィルスやバクテリアでも腐らず頑張ってほしい。いや魔族に生まれても腐っちゃったような連中だしそれは無理か。バクテリアならむしろ腐らせるのが仕事だから、そっちの方が向いてるかもしれない。やったね。


「えい、えい」


 僕が突き出した剣は、しゃがむ彼らの無防備な鎖骨の隙間から体内に入り込み、心臓を貫いた。たぶん。

 そこまで人体に詳しくないけど、胴の真ん中あたりをそこそこ幅広な剣が通過したならきっと心臓にもヒットしてるだろう。してなくても致命傷な気がするし。

 さらに、汚い手で目を擦っている正面の盗賊と背後の盗賊も剣で突く。

 こちらは動き回って狙いづらかったので、先に足に穴を開けて立てなくしてやった。その後胴体を何度か突いたら動かなくなったので、きっと急所に当たったのだろう。

 高めた器用値が良い仕事をした感じだね。器用が高いとクリティカル出やすかったりするのかな。知らんけど。


 用が済んだ魔力剣を消すと、彼らを殺した経験によってBPが振り込まれたのが感覚でわかった。


「ヨシ!」


 あとこちらは感覚ではわからないが、きっと来世のための徳も積まれたことだろう。


 さて。

 周辺の気配からすると、残っているのはもうリーダーだけだ。

 そう思って僕が彼の方を振り向くと、そこには脇目も振らずに逃げていく男の背中があった。


「ええ……? 部下がミスったら即逃亡するのか。上司としての矜持はないのか」


 呆れはてるばかりだが、逃がしてしまうのはよろしくない。

 もし逃げた彼がどこかで罪もない一般市民に害を与えたとしたら、せっかく積んだ私の徳にキズがついてしまうかもしれない。

 例えば離婚調停で、相手有責で離婚が成立したのに自分の方にもわずかばかりの瑕疵があったがゆえに慰謝料が減額されてしまったりするように。いやなんで急に離婚調停の話を思い出したのかわからんけど。


「んー。じゃあ『召喚:魔力弓』」


 先ほどの剣と同様、僕は魔力でできた弓を呼び出した。

 召喚される魔力武器は一定時間で消えてしまうが、現界している間は武器として求められる十全の性能を発揮することができる。前提を無視して常に、だ。

 つまり、剣のような刃物であれば血脂がついても刃こぼれしたり折れたりしていても問題なく切ったり突いたりできるし、弓なら矢がなくても対象を射ることができる。

 まあ僕は例によって弓術スキルも持っていないが、遠距離投射系全般の命中率を補正する『狙撃』というスキルは持っている。石を投げても当たりやすくなるし、あると便利かなと思って取っておいたのだ。筋力と違い器用度は高めなので、まあ頑張れば当たるんじゃないかなと思っている。


「てーい。……ちっ。外したか。んじゃあもうちょっと射角をつけて。……お、当たった当たった。体の真ん中狙ったんだけど何か頭に当たっちゃったな。まあいいか」


 先ほどの4名と比べると、1人分としてはやや多めのBPが流れ込んでくる。リーダーだけあって、何らかの経験を多く積めたようだ。つまりそれだけ徳も多めに積めたということ。


「素晴らしい。実に素晴らしいな、盗賊は。あ、そうだ戦利品戦利品」


 防具には特に見るべきところはなかったが、彼らの剣は実用に足るものだ。都度召喚スキルで武器を出す僕には必要ないものの、鍛冶屋とか雑貨屋とかに売れば捨て値でもそこそこの金額になるだろう。

 他に財布のような小袋から銀貨と銅貨をじゃらじゃら抜き取った。

 さらにリーダーは魔法の鞄を外套の下に隠し持っていた。狙った魔力の矢が体に当たらなくて良かった。当たってたらぶち抜いていたと思う。これも日頃の行いのおかげだな。やはり徳は積極的に積んでいかなくては。


 魔法の鞄の中は時空が歪んでいるため、魔法の鞄に攻撃が当たっても、その攻撃が鞄を貫通することはない。鞄の中の異空間に攻撃が行ってしまうからだ。

 でも魔法の鞄は別に頑丈なわけではないので、その一撃でだいたいは壊れてしまう。そうすると普通の鞄になるので、中に入っていた物を撒き散らしたあと、ただの壊れた鞄になってしまう。

 まあつまり魔法の鞄とは、防具として使うのなら一度だけどんな攻撃も防いでくれる盾という側面もあるのだ。いや、費用対効果を考えるともっと別のものを用意したほうが安いんだけど。一度だけどんな攻撃も防ぐアミュレットっていうのが普通に売ってるので。


「予備と考えればいいか。でも両方使うとどっちに何入れたか忘れそうだなぁ。これも売るかな」





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