第8話 プロだから────

「うわっ!?」


 ソロリソロリと僕に近づいてきた気配、そのうちのひとつから、急に何かが飛んできた。僕から見て死角となる位置にいる気配からだ。

 慌てて飛び退くと、拳ほどの大きさの石がさっきまで僕の足があった位置にぶつかる。


「危な! こんなの食らったら怪我しちゃうじゃないか」


『気配察知』があってよかった。僕の敏捷値じゃあ、来るのが予めわかっていなければ避けるのなんて到底無理だ。


「──ち、避けやがったか。まあいい。おめえら! 囲んでタコにするぞ! ただし、顔は傷つけるなよ」


 街道脇の茂みからワラワラと野性味溢れる風貌の男たちが現れた。

 声を出したのはその中のリーダーらしき男だけだ。しかもその内容も、僕に対してではなく仲間たちへの指示のようなものだった。


 こういうときって普通「へっへっへ。お嬢ちゃん、有り金置いていきな」とかそういうふうに声をかけるものなんじゃないのか。

 いや客観的に見ても僕は超美少女だから、なんなら魔法の鞄のために散財した後の残りの有り金よりも僕自身の方が遥かに価値が高いと思うけど。


 ああ、いや、だからか。

 彼らにとっては僕の財産のみならず、僕自身までもが獲物なのだ。


 声をかけるという行為は、当然ながら会話をする相手にしか行われない。自分にとって会話をする気がない相手には声などかけない。

 有り金を置いていけ、というのは、盗賊たちにとってはひとつの交渉だ。一方的に理不尽なことを言っているだけに聞こえるかもしれないが、いや実際そうなのだが、正確に言うと「あなたの生殺与奪の権は我々が握っているから、殺されたくなければ有り金を出した方がいいと思いますけどどうでしょうか」というところだ。

 もし殺されることが避けられないなら、その人物は文字通り死に物狂いで抵抗するだろう。戦力的にいかに盗賊側が優っているとしても、死に物狂いの抵抗を受けたとしたら無傷で済むとは限らない。

 だから盗賊は交渉で提示するのだ。殺されなくて済む可能性を。


 つまり彼らが「有り金を置いていけ」と交渉を持ちかけるのは、交渉をするだけの価値があるときだけということだ。交渉しなければ損をするかもしれないときだけなのだ。

 ゆえに、たった一人で街道を歩く世間知らずの令嬢相手にそのようなことはしない。

 無言で襲いかかって、生きていれば獲物ごと売り払い、死んでしまえば財産だけ奪う。

 そうするだけの存在に、いちいち交渉などしかける必要はない。

 無駄なことはしない。それがプロというものだ。

 そういう意味では、彼らは正しくプロの盗賊なのだ。いや世の中に正しい盗賊なんていう存在があるのかどうかは知らんけど。


 これだ。これだよ。

 僕は思った。

 プロの盗賊は、自分たちより遥かに弱そうな獲物に対しては、声さえかけないのだ。

 こんなことは侯爵家では教わらなかった。図書室の本にも書いてなかった。まあ当たり前かもしれないが。

 これこそが実戦経験というやつだ。


 実戦経験の教材──もとい、盗賊たちは、リーダーが方針を告げた後は無言で僕ににじり寄ってくる。

 人数はリーダーを入れて5名。僕がこれからなろうとしているハンターもひとつのパーティでだいたい6名前後らしいので、一個の戦闘集団の最小単位としてはまあまあ妥当な数なのかもしれない。

 見た感じ、彼らには油断はなさそうだ。

 素晴らしい。すごくプロっぽい。


 僕の正面に立ちふさがる盗賊が、僕の背後や側面に一瞬視線を遣った。

 その直後、正面をふくめたすべての気配が僕に襲いかかってくる。

 アイコンタクトってやつだ。プロだな。間違いない。

 彼らが手に持っているのは剣だが、その刃先は鞘に覆われたままである。おそらくなるべく獲物である僕に怪我を負わせないようにしているのだろう。最初の投石もおそらくは同じ意図だ。こちらの抵抗力を奪うことだけが目的なら、投げられたのは石ではなくナイフか手斧だったはずだ。


 正面にいる盗賊が鞘をまとった剣を振り上げる。

 しかしこの時にはすでに背後の盗賊は剣を振り下ろすところだった。

 どうしても意識してしまう正面の囮に獲物が気を取られているうちに、死角の本命が片をつける算段なのだろう。

 一瞬のアイコンタクトでここまで淀みなく連携を取ることができるとは。さすがはプロ。

 それだけ多くの場数を踏んでいる──つまりはそれだけ多くの被害者がいるということだ。

 素晴らしい。最高だ。そんな凶悪な賊を退治したとなれば、それはかなりの徳を積むことになるのではないだろうか。




 早々に死んでしまうつもりなんてないけれど、もしまた来世があるのなら、その時もなるべく多くのBPを持って生まれ変わりたい。

 あの転生センターでは初期BPの多さが全てだ。持つ者は全てを手にし、持たざる者は人間にすら生まれ変われない。

 BPさえあれば、フルスクラッチで好きなように次の人生をデザインできる。

 この僕の考えは、もちろん次に転生センターに入る時には記憶とともに消されているだろう。


 それでも僕は、自分がまたフルスクラッチを選択することを信じている。たとえ記憶や経験がなかろうと、僕ならきっと次も同じことをする。

 その時の僕のために、なるべく初期BPが高くなるよう今世を生きることが重要だ。


 謎の声は、初期BPの多さは生前の功罪によって決まる、と言っていた。

 功罪を判断する具体的な基準を聞かなかったのは痛恨の極みだけど、要は徳を積むような行動をし、徳を失うような行動をしなければいい、ということだろう。いやその徳ってのがまずわからんのだけど。

 ただ、少なくとも欲望のために他者を襲う盗賊に徳がないのは明らかだし、その賊を討伐すれば徳が積めるのもおそらく間違いないだろう。

 彼らには、僕の実戦経験と徳を積むための礎になってもらいたい。




 背後の気配の剣の鞘が後頭部に当たる寸前、僕は勢いよくしゃがみ込んだ。

 まさか避けられるなどと思っていなかったようで、咄嗟に止められなかった剣は僕の頭上を空振りする。

 しかしそこはさすがにプロの盗賊だ。剣を空振っただけでは体幹は崩れないらしく、しゃがんだ僕の真上に上半身が泳ぐとかそういうことはなかった。また正面の彼もそのまま剣を振り下ろすような真似はしない。これは側面の2人も同じだ。


「──何をしている! 油断するな! こいつは俺の投石をかわしたんだぞ!」


 少し離れたところから、リーダーの男の叱責が飛ぶ。

 いや、その投石をかわしたところを見た貴方が囲んでタコれとか超曖昧な指示を出したからでは。

 いつの時代も無能な上司に使われる部下は可哀想だなと僕は思った。具体的にそういう記憶はないけど。


 リーダーの指示を受け、次に僕を襲ったのは、両側面の2人からのローキックだった。

 うんうんそうだよね。しゃがんでる子どもがいたらつい蹴りたくなるよね。

 いやなるか馬鹿。

 まったくこいつらには本当に徳というものが感じられない。プロの盗賊なら仕方がないことなのかもしれないが。


「『堅牢』」


 男たちのキックに合わせ、僕はスキルを発動した。

『堅牢』は、一時的に自分の防御力を高めるスキルだ。具体的には、発動から3秒間、自身の防御力をスキルレベル✕10だけ上昇させるというものである。

 ちなみに今現在の自分の防御力はわからない。計算上は体力値+装備品の防御力+スキル補正とかになるらしいが、体力値はともかく装備品の防御力なんて知らないからだ。

 考えてみてほしい。例えば今あなたが履いているジーンズだが、その防御力はいったいいくつだろうか。わからないと思う。僕もわからない。

 つまり、スキルの具体的な効果は転生時のあれこれで知ってはいるが、現実の具体的な仕様までは知らないのである。

『鑑定』だのそれに類するスキルでも持っていれば話は別かもしれないが、そういうものは取得可能なリストの中にはなかったし、ざっと見た限りではパッケージビルドの中にも無かった。もしかしたらビルトキャラクターの固有スキルにならあるかもしれないが、ビルトキャラクターはそれこそ無数に数が用意されている。そのすべてを確認するなど不可能だった。まあ仮にその中にあったとしても、固有スキルだとしたら持っているのも一人かそこらだろう。

 魔族の貴族たちがわざわざ「鑑定の儀」とかいう、個人では執行できない『儀式魔術』に頼っているのもそれが理由だ。しかもその大げさな儀式でわかるのも職業とレベルだけである。


 まあさすがに鑑定の儀でジーンズを鑑定するようなことなどないだろうけど。めっちゃお金かかるらしいし。そもそもジーンズっていうかデニム生地なんて見たことないし。

 そう考えれば父上、もとい元父上の侯爵閣下が僕を追放したのも納得だな。あんだけ金かけて無職かよって。レベルも無しかよって。まるで私立の理系の四大まで行かせた息子がニートになってしまった親みたいだ。なにそれ可哀想。同情する。


「ぐあっ!」


「あだっ!」


『堅牢』によってカチコチになった僕を蹴りつけた盗賊たちが短く叫ぶ。

『堅牢』による防御力の上昇幅は現実的なところは不明なものの、計算上、まあ多分岩くらいの硬さはあるんじゃないかなーと考えていたが、概ね間違ってはいないらしい。

 物心ついてからこつこつ貯めたBPのうちのいくらかをつぎ込み、スキルレベルを5まで高めた甲斐もあろうというものだ。

 僕の体力値が10であり、それはこつこつ貯めていた分一般的な15歳の平均値より高いんじゃないかと思われるから、そこに追加で50も増えたらそりゃ硬いだろう。何しろ人間5人分である。そういう単純な計算方法でいいのかどうかは知らんけど。





 ★ ★ ★


ビルトキャラクターやパッケージビルドでは、取得スキルは順番にまんべんなく上がっていきます。使うスキルも使わないスキルも。

なので、ピンポイントに「コレとコレだけスキルレベル上げとくね」みたいな成長の仕方はしません。

『堅牢』レベル5は、例えば盾士ならレベル60くらいで到達するとかそんな感じです。盾士3つ重ねて重複によるボーナスがあっても20レベル相当ですね。

一般のベテラン兵士が平均レベル15なので、そこらの盗賊が『堅牢』レベル5を貫通するのはちょっと難しいです。


だから転生センターは、ビルトキャラクターやパッケージビルドを前面に出して、フルスクラッチビルドが選ばれないように工夫する必要があったんですね(メガトン構文


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