魔帝国

第4話 追放

 我が父をはじめとする貴族らが言うには、その『職業』とやらは、ほとんどの人が最小でひとつ、最大でみっつ持っているはず、ということらしい。

 パッケージは3つ選ぶ仕様になってるしビルトキャラクターも同じ構成だったから、職業というのはパッケージのことでまず間違いない。


 職業がひとつしかない人がいるのがちょっとよくわからないが、もしかしたら同じパッケージを3つ選んだ人がいる、ということなのかもしれない。

 謎の声の話では「同タイプのパッケージを選ぶと重複した項目に応じてボーナスがある」ということだったが、同じパッケージなら全ての項目が重複することになる。

 言われてみれば確かに謎の声は同じパッケージを複数選んではいけないとは言っていなかった。

 転生してからこれまでに聞いた話では、職業をひとつしか持っていない人は少ないようだが、歴史に名を残すほどの大人物になった人もいると言う。


 謎の声のあの説明の仕方では、同じパッケージを自分で選んで3つ取得する人間はほとんどいないだろう。

 とすれば、この「職業をひとつしか持たない」歴史上の人物とやらは、ビルトキャラクターであった可能性が高い。

 僕はビルトキャラクターのステータスは無作為に選択したひとりのものしか見ていなかったけれど、もし他のキャラクターのステータスも調べていれば、自分のビルドの参考にすることも出来たかもしれない。ちょっと惜しいことをしたかもしれないね。


 そして、そんな中で全く例がないのが『無職』の人間なのだそうだ。

 転生センターやそれを作った何者かがフルスクラッチビルドをして欲しくなさそうなのは確かだったから、数が少ないのはわかる。でも、全く例がないなんてあるのかな。


 いや、『鑑定の儀』をするのは貴族かそれに準ずる立場のものだけだ。なんかめっちゃお金かかるらしいし。

 僕以外のフルスクラッチ勢は、もしかしたら貴族としての生まれを選ばなかったのかもしれない。

 何しろ、貴族の生まれは高コストだ。

 僕は初期BPが250とかあったから選択できたけど、あの謎の声が言ったように、もし平均値が100BP程度だとしたら、そうそう選べる生まれではない。フルスクラッチの場合だと、100BPでは貴族を選んだらそれ以上はもうほとんど有用なスキルを選べなくなるだろう。

 パッケージビルドだとしてもろくなパッケージは選べまい。

 せいぜい、必要BP10のパッケージとかだろうか。

 そんな安いパッケージなんてあるのかと思うかも知れない。でもあるんだよ。

 パッケージについてはやはり量が膨大だったけれど、ビルトキャラクターの時と違い、可能な限り目を通していた。

 その中には必要BPが極小のパッケージもあったのだ。


 インパクトのあるもので言えば、例えば「eスポーツ選手パッケージ」。

 これはおそらく、転生予定の世界観にそもそも「eスポーツ」が存在しないからだろう。

 パッケージ内容としては、知力と器用度の伸びは良いもののそれ以外は低水準、取得できるスキルもコンピュータやゲームの存在を前提とするものばかりだった。


 このことから、転生予定の世界は無数にあるとしても、その方向性だけはあの転生センターに入った時点である程度決められていたものと推測できる。

 その方向性に合わないパッケージは非常に安く設定されているということだ。

 同時に、全く別の世界観の世界に転生するためのセンターが、あそことは別にそれぞれ存在しているだろうことも想像がつく。

 まあ、今となっては関係ない話だけど。


 ともかく、ビルトキャラクターとかで貴族を選んだ人以外では、おそらく貴族の生まれを選んだ人は少ないんじゃないかと思われる。

 父上の「無職でしかもレベル無し」とかいう言い方からも、本当に例がないことがうかがえる。

 だって無職だったらレベルがないのは当たり前だから、「しかも」とかわざわざ付ける必要はないはずだからね。わざわざ付け加えたってことは「無職=フルスクラッチ勢」について知らないってことで、侯爵である父上が知らないのならきっとこの国の誰も知らないんだろう。


 何もかも、一言で言えば運の産物だな、と思った。


 僕はたまたま、あの転生センターでフルスクラッチビルドを選んだ。

 転生した先は、たまたまフルスクラッチビルドに厳しい世界観だった。

 さらにたまたま、僕は少なくないBPを支払うことで侯爵令嬢という身分を選んでいて、そのせいで、フルスクラッチビルド無職であることが家族にバレた。


 そして今、こうして追放されそうになっている。なっているっていうか、すでに追放されている。




 追い出された屋敷、その門の向こうには、元父上と元弟しかいない。

 勘当されるとはいえ侯爵家の令嬢が旅立つのだから、もう少し使用人とか居てもいいと思うんだけど。門兵はこちら側にいるけど、僕にはちらりとも視線を寄越さない。

 僕としてはそこそこ仲良くしていたつもりだったんだけど、やっぱり令嬢と使用人じゃ壁があったのかもね。まさか無職ってだけでここまで突き放されるとは思ってもいなかったよ。


 元父上は門越しに僕を蔑んだ冷たい瞳で見下ろしている。元弟も父によく似た顔で、よく似た視線を僕に向けている。

 元弟くんとの関係も悪くなかった、むしろ良かったほうだと自分では思ってたんだけど、これはショックだね。


 弟っていうのが僕の前世にいたかどうかは覚えてないんだけど、なんていうか、自分と血のつながった子どもっていうのが妙に可愛くて、僕は弟くんのことはデロデロに甘やかしていた。家族に優しくするっていうのもいかにも徳の高い人がやりそうなことだし。

 彼が欲しがるものは僕のお小遣いからなんでも買ってあげたし、彼がやりたがることは全部やらせてあげた。オヤツがもっと食べたいといえば僕の分を分けてあげたし、暴力が振るいたいといえば僕の使用人を貸してあげた。

 元父上や家庭教師からの課題とかも全部僕がやってあげて、その反面、叱ったりとかは全くしなかった。それどころか、彼に苦言を呈そうとする使用人たちは全て彼から遠ざけてあげた。可愛い弟くんには一切のストレスを感じてほしくなかったからね。まあ首にする権限とかは僕にはないから、あくまで弟くんに近づかないように邪魔とかをしてただけだけど。


 それだけ甘やかしてあげたのに、この仕打ちだよ。ひどくないかな。

 ああ、でも、使用人たちが僕に冷たいのはもしかして弟くんのせいかも。訂正しよう。弟くんが関わらない範囲においてはそこそこ仲良くしていたつもりだったんだよ。使用人とは。

 でも弟くんも、ここまで手のひらを返されちゃうと、さすがに百年の恋も冷めるってものだよね。別に恋してたわけじゃないけどさ。

 あれだ。飼い犬に手を噛まれたってのが一番感覚として近いかもしれない。

 僕は手を噛んできたペットに対する愛情が急激に冷めていくような感覚を覚えた。




 ともかく、これでグロリアス侯爵家と僕の間には何の関係もなくなってしまったのは事実だ。

 僕はこれまで育ててもらった礼として、元父上と元屋敷に形だけ頭を下げ、ドレスや装飾品だけが入ったトランクを手に旅立った。


 15年間暮らした屋敷を出てしばらく歩いたところで、振り返って出てきたばかりの屋敷を眺める。

 前世のことは覚えていないから、僕にとって最も長く過ごした場所はこのグロリアス家の屋敷だ。

 そう思えば感慨深いものがある。


 グロリアス家において僕は、ひとりの娘というよりは「侯爵家の子」として育てられた。

 皇太子の婚約者だからか帝王学の后版みたいなものはあったけど、それ以外はおおむね元弟くんと同じように扱われていたと思う。

 愛情が無かった、のかどうかは当人でないので知らないが、父からも母からも特に可愛がられた記憶はない。

 イメージとして近いのは学校だろうか。今思えば、どこか一線を引いたような扱い方だったような気がする。

 あれはきっと、もし鑑定の儀の結果が振るわないものだった場合、その子は家名を剥奪し放逐するという慣例というか不文律みたいなものがあるがゆえのことだったのだろう。

 じゃあ婚約なんてするなよとも思うけど、15歳まで貴族の婚活禁止ってのも難しいのかもしれない。

 生まれてすぐ鑑定しないのはなんでなんだろう。なにか儀式の方に制約でもあるのかな。


 ともかくそんなことだから、勘当を言い渡されたときも不思議には思わず「ああ、ありそう。父上なら言いそう」という感じだったし、言い渡した父もどこか淡々としていたような気がする。

 揉めるようなことも無かったし、総合的に見れば円満に脱退できたのではないだろうか。そう考えるとネトゲのギルドみたいだな。


 ところで侯爵といえば上級貴族なんだけど、貴族であるのに『職業』優先というか、力こそ正義みたいな考えをしていることには違和感があるかもしれない。

 でも、それも当たり前のことなのだ。


 だって僕らは貴族である前に『魔族』であり、『侯爵級の魔族』として、その地位に見合った実力を持っているのは最低限の義務なのだから。





 ★ ★ ★


いきなり倫理観ぶっとんだこと言い出しましたね。無職じゃなくてもいつか勘当されてそう。

まあこういう奴ですが、よろしくお願いします。

あらすじにも書きましたので皆さん知ってて読んでくださってるとは思いますが。


これで本当にいつか尊いシーンとか出てくるのか、とお思いかもしれませんが、20話くらい後にはちゃんと出てきます。

そのくらいまですでに投稿が予約してあることは皆さんにも見えると思います。

便利な時代になりましたね。

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