第5話 ギャップの安善さん

 ゆっくりと目開けると、見知らぬ天井があった。


 ここ...私の家じゃない...?え...?どういうこと?


 そうして、ゆっくりと起き上がると、隣の部屋から味噌のいい匂いが香る。


「...お味噌汁...?」


 やばい...全然記憶がない。

けど、昨日は確か上杉くんと飲んでいて...それから...それから...。


 自分の恰好を見て、驚く。


「...!!//」


 胸周りがピッチピチのTシャツを着ていた...。

しかも、ちょっとこれ透けてない?//

スーツじゃないし...シャワーを浴びたのか、髪の毛からは昨日上杉くんの髪からしたにおいと同じ匂いが香る。

これは...もしかしてそういうこと?私...しちゃった?


 そんなことに動揺しながら、恥ずかしいので胸周りを隠すように布団を纏いながらリビングに行く。


 すると、少し気まずそうに「...おはよう」という上杉くんがいた。


「...お、お、お、おはよう~...」と、鼻頭を掻きながら私は返答する。


「Yシャツは一応洗濯しておいたから...。そっちの部屋にあるから」と、部屋を指さす。


「あ、ありがとう~...ご、ごめんね~...」と、布団をソファに置くと足早に向かい、Yシャツを着て、スカートを履いて、リビングに向かう。


「時間的にはまだ余裕あるから、シャワー使ってもいいよ?」

「あ...うん...あ、ありがとう~//」


 時間を見ると確かにまだ6:30を指していた。


 やばい...目を見られない...。しちゃったんだよね?てことは...そういうことだよね?私たちはもう...そういう関係ってことだよね?


「...あのさ...昨日のことなんだけど~...」

「昨日?...もしかして記憶ない?」

「えっ!?いや...お、覚えてる覚えてる...」と、なぜか強がってしまう。


 ここでお酒に任せて記憶を無くして、致してしまったのであれば...それはその...色々とよくない気がした。


「あっ、朝ご飯ありがとうね!...おいしい」

「そう?それはよかった...」


 やばいやばい!超かっこよく見えるんですけど!いや、元々好きだったんだよ!?好きだったんだけど...。


 こんななし崩し的に付き合うみたいなのは嫌だったんだけどな...。

いや...嫌じゃない...。うん...嫌じゃない。全然、嫌じゃない...。


 高校の時は恥ずかしくて全然話せなかったからな...。

でも...よかった。やったよ、私。


 昔の自分に報告するようにそう呟いた。


「...この場合、記念日は昨日になるのかな~...」

「記念日?」

「え!?あぁ...うん...記念日...」

「昨日、何かあったの?」

「...へ?」


 これって...もしかして...もしかしてだけど...上杉くんも昨日のこと覚えてない!?

いや、だとしたら付き合ったなんて思うのは思い込みが激しすぎるか...。

でもでも...いや...でも一歩リードだよね?


「何でもない~」と、笑うと少し首をかしげる上杉くんだった。


 ◇


 白田さんが入ってから数日後の木曜日。


 まだ、研修を受けているので、あまり白田さんと話す機会はないのだが、なんだがちょっと避けられている気がするんだよな...。


 そんなことを考えつつ、いつものように仕事をしていると、携帯がバイブする。

一通の連絡が来ていた。


『今度の土曜日暇?』


 それは安善さんからの連絡だった。

そういや...連絡先を交換していたのをすっかり忘れていた...。


『一応、暇だよ』と返信するとすぐに、『一応って何?』と詰められる。


 こういう時に保険というか、なんというか...枕詞で何かあったときに逃げられるような言葉を使うのが俺の癖である。


『暇だよ』と、返信しなおすと『そうでしょ?そうだと思った』と、やや煽り気味な返答が返ってくる。


『何するの?』と、質問すると『ちょっと、本屋巡りでもしようかなって。本好きだったでしょ?』と言われて、あの時のことを覚えていたんだと思い少しだけ頬が緩む。


 てっきり、覚えているのは俺のほうだけだと思っていたから。


「本屋巡りか...」


 そういえば最近本も読んでないな。

少し前に流行ったミステリー作品を読もうと思ってまだ手を付けられてなかったな。


 よし、じゃあそれを買いに行こうなんて思いながら少し楽しみにするのであった。


 ◇土曜日


 なんかこれ...デートみたいだな。


 駅前に13時待ち合わせということで、少し早めの12:45に待機していると「ちゃんと時間前に来てんじゃん。偉いね」と、後ろから声を掛けられる。


【挿絵】

https://kakuyomu.jp/users/tanakamatao01/news/16818093089421281894


 随分パンクロックな格好をした安善さんが立っていた。


「び、びっくりした...」

「何?なんか言いたげな顔しているけど」

「いや...別に...」

「んじゃ、行こう」


 そのまま、彼女に腕を掴まれて本屋に向かう。


「ちょっ、腕は掴まなくても...」という言葉も無視してガンガン進んでいく。


 というか、この前はお淑やかな雰囲気を纏っていたが、私服は意外とこういう感じなんだ。

失礼を承知で言うと..地雷系女子的な雰囲気を感じる。


 なんか怒ってる気がしないでもないけど...。


 そのまま無言で彼女についていき、駅の本屋に到着する。


「...」と、2人で何をいうわけでもなく、本を眺める。


 思えば高校時代もこんな感じだった気がする。


 図書室で話すようになった時も、基本はお互い無言でって...図書室だから当たり前か。


 そうして、俺は気になっていたミステリー小説を手にとり、じっと眺める。


 すると、そんな俺を横目で見つめる安善さん。


「...何?」というと「...別に」と返答される。


 その後も特に会話することなく、お互いに何冊かの小説を購入すると、服の袖を引っ張られ、本屋に併設されているカフェに連れて行かれる。


 カフェラテを二つ注文し、席に着くと、そこから会話でもするかと思えば、そのまま先ほど買った本を読み始める彼女。

 俺もそれに合わせるように買った本を読むことにした。


 多分、1時間近く経過していたであろう。


 チラッと、彼女を見るとそこには昔と変わらない真剣に本を読む姿の彼女がいた。


 すると、少ししたらパタンと本を閉じると、「...そう言えば、玲亜と遊んだらしいじゃん」

「え?あぁ...うん。一回ね」

「...それに恵が上杉の会社に入ったらしいじゃん」

「...うん。そうだね...一応」

「...ふーん?どっちとも高校時代は話したことないよね」

「そうだね...だから俺もびっくりしてる」


 すると、少し不機嫌そうな顔になる安善さん。


「...そ、そうだ。安善さんは...今何の仕事してるの?」

「何の...まぁ、インフルエンサー的な?」

「へぇ...すごいね」

「...別にすごくはない。...Vtuberとか見る?」


 突然の質問。

Vtuber...たまには見るけどあんまり詳しくはないんだよな。


「...時々見るよ」

「...へぇ?誰の見てるの?」

「有名な人とか話題の人くらいしか知らないよ」

「...そう。輝夜っていうVは知ってる?」


 あぁ、最近人気のVだな。

テンション高めで天然キャラが売りの女の子だ。


「...うん。知ってる。何個か動画を見たことあるよ」

「...それ、私だから」

「...え?」


 改めて彼女の顔を見ると、少し恥ずかしいのか頬を赤くしながら、ストローを器用に指先で回していた。


「...だから、今はそれが仕事」

「...そっか」


 ギャップがすごい。

キャラ作りがすごいというべきか。


「...いつまで続けられるかは分からないけど、そろそろ結婚したいなとかは思ってる。そしたら、卒業って形でいつでも辞められるし」

「...なるほど」

「...うん」


 それからは取り留めもない話をして、そのまま2人で映画を見て、解散する流れになった。


「...今日は楽しかった?」と、少し不安そうにそう質問してくる。


「...うん。楽しかった。また...今度ね」というと、彼女は上目遣いでこう言った。


「...また今度...?ねぇ...このまま家に...行っていい?」

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