第3話 手作り料理は好きの証

 家に帰ってからスーツを脱ぎ、ポケットの物を出していると赤村さんからもらった手紙が出てくる。


 あー...これどうしようかな。


 一応、連絡したほうがいいのか。


 電話をかけてみるがやはり繋がらなかった。

きっと赤村さんくらい人気者なら二次会とかにも行ってるのだろう。


 手紙という共通点から、もしかしたら赤村さんがあの手紙の差出人ということも...。

いや、あり得ないか...。


 まぁ、深く考えるのはやめよう。


 そのまま、軽くシャワーを浴びて、寝巻きに着替えて気絶するように眠った。


 ◇9月9日月曜日


 ピピピピピという携帯から鳴るアラームで目を覚ます。


 時刻は...8:15。

...8:15!?はぁ!?遅刻じゃねーか!?と、飛び上がったが、事前に有給を取っていたことを思い出して、安堵する。


 大した仕事も出来ないのに遅刻したら本当に終わりだからな。

優秀な部下に厳しい上司...。板挟みというのは本当に大変なものだ。


 そうして、改めて携帯を見ると、携帯には7件の着信通知。

全て赤村さんからの連絡だった。


 ...まじか。これ出なかったのやばいやつか?

と言っても、こんな朝早くに折り返すのも...。


 そう思っていると、また携帯電話が鳴る。


 表示されたのは赤村さんの電話番号だった。


 どうしよう...と思いながら、渋々電話を取ってみる。


「...も、もしもし」

『あっ、夏樹くんだよね?』

「う、うん...。その...電話出れなくてごめん。寝ちゃってて...」

『こっちこそごめんね!折角連絡くれたのに...。それと...昨日嫌な思いさせちゃったよね。それも...ごめんね』

「あー、いや...慣れてるから、そういうの。気にしなくていいよ」


 会社での飲み会でも、よくそういうのあったからなー。うわー、あいつ来てるよ的な。

同期会も最初以降声もかからないしな...。


『それでその...ちょっと2人で話をしたいというか...。...できれば会って話したいんだけど、ダメかな?もしよければ今日とか』

「...話?今日は休みだから大丈夫だけど...」

『そっか。なら良かった...。その...大事な話があるから』


 大事な話...?

もしかして、やっぱりあの手紙は赤村さんが...。


「...分かりました。どこにいけばいいですか?」

『えっとねー、昨日の紙はまだ持ってる?あそこに書いてある住所に来て欲しいんだよね!』


 紙...紙...。

昨日、渡された紙を確認する。


「...えっと、あったよ。ここに行けばいいの?何時くらいにいけばいい?」

『時間は...お昼ぐらいなら何時でも!任せるよ!』

「...分かったよ」


 そうして、電話を切った。


 ...これは...一体どういう状況だ?


 いや、浮かれるな...。

まだそういうこととは限らない...。


 そう言い聞かせつつも、最近の嫌なことを忘れられるくらいの幸運に少し胸が躍った。


 出来るだけおしゃれな服を選んで、髪もちゃんとセットして、紙に書かれた住所に向かった。


 ◇13:10


 お昼ぐらいと言うことだったので、13時を少しすぎたタイミングで到着した。


 書かれていた住所は駅の近くにある、かなり最近できたと思われるデザイナーズマンションだった。


「...すげー家」


 いや、これ普通に彼氏...いや旦那がいてもおかしくないんだが。いや、居るんじゃないか?

下手したら子供まで...。


 そう考えるとだんだん胃がキリキリしてくる。

自分の生活とのギャップに精神を病みそう。


 そう思いながら、恐る恐るオートロックのインターホンに部屋番号を入力して、呼び出すボタンを押す。


『ピーンポーン』


 すると、すぐに『はーい。あっ、来た来た!入っていいよー』と言われると扉が開く。


 そのまま、現実を受け入れるように言い聞かせて、エレベーターに乗り込み、彼女の部屋のインターホンを押した。


「...はーい」


【挿絵】

https://kakuyomu.jp/users/tanakamatao01/news/16818093089281425621


 出てきたのはメガネをしてパーカーにジーパンと、かなりラフな格好をした赤村さんだった。


「お待たせ!ごめんね、急に呼び出して...」


 ガッツリおしゃれしてきた自分が恥ずかしかった。


 というか、どう見ても好きでしたと言われる流れではないと確信して、残念な気持ちになりながらお家にお邪魔する。


「...お、お邪魔します...」


 家はオシャレだがそんなに広くはない家だった。

これは...一人暮らし...だよな。


 そのまま、ソファに座り、キョロキョロしながら待っていると、「お待たせ〜」とコップを二つ持ってくる赤村さん。


「...それで...話って?」

「うーん...さて、どこから話したもんかなー。えっと、私ってほら友達多いでしょ?」

「え?あ、うん...」


 どういう話の入り方だ?


「えっと...それでね、芹沢せりざわ佳奈かなちゃんって言うんでしょ?夏樹くんの元カノ。私の友達の友達なんだよね」


 不意に出てきた元カノの名前に思わず、唖然としてしまう。


「...その...話は聞いてたから。夏樹くんと付き合ってること...。何があったかも...。だから、すごい不安になって...。大丈夫かなって。昨日だってすごく元気なさそうだったから。だから...私にできることがあったら何でも言って欲しいの」


 そういうことだったのか。

いや、らしいといえばらしいのか。

昔からいい人で、誰とでも仲良くできて、初対面の人にも手を差し伸べる。


 変わってないんだな、赤村さんは。


「...うん。大丈夫だよ。もう」

「ちゃんと泣いた?誰かに相談した?好きな人はできた?」

「...ううん。もうそういうのはいいかなって...。結局、浮気されたのはきっと俺に至らない部分があったからだと思うし。その理由すら見当がつかないような人間は浮気をされても仕方ないんだよ」

「...本当にそう思ってる?」


 その言葉に思わず彼女の顔を見る。

見透かしたように俺の目を見てもう一度言った。


「本当にそう思ってるの?」


 馬鹿か、俺は。

今更、嘘なんてつく必要ないだろ。それともカッコつけたかったのか?

もしかしたら、赤村さんを通じてもう一度復縁できるとでも考えていたのか?

どんだけバカなんだよ、俺は。


 奥歯を強く噛み締めながら、本音を口にする。


「...ううん。本当は...すごく憎んでる...」


 最悪のタイミングで爆発する感情。

まるで昨日のことのように沸々と湧き上がり、腹の中で再沸騰し始める。


 やっぱ、ちゃんとどこかで泣いておけばよかった。

そしたら、きっとこんなことにはならなかった。


「...いいよ、何も考えなくて。思うこと全部吐いて」


 そんな甘い言葉に乗せられて、感情のままに言葉を吐き出す。


陸也りくやのことも親友だって思ってたから...ッ!なんで、なんで!俺が何か悪いことしたのかよって!腹の中でいつも笑ってたのかよって!俺は...本気でッ、好きだったのに...っ」

「...うん」


 俺から出てくる汚い言葉を赤村さんは否定することなく、ただ全てに頷いて、優しく背中をさすってくれた。


 数ヶ月経って、先延ばしにしていた感情もいつかは戻ってくるのだ。


 多分、1時間近く泣いていた気がする。

泣き終わった後は急激に恥ずかしさが込み上げてくる。


 彼女に振られたからって本気泣きする28歳、モブ男。


 あー痛い...これは痛いです...。


 そんな気まずさを感じる一方、赤村さんは全く気に留めていないようで、普通に話しかけてくれる。


「友梨って覚えてる?友梨がね、最近結婚して、子供も生まれたんだよね。なんかそういう見てたら私も早く彼氏が欲しいというか、結婚したいなーって思うんだよね」

「そ、そうなんだ...。赤村さん、彼氏いないの?」

「うん、居ないね。元彼がいたのも3年前とかになるかな」

「そうなんだ」

「意外でしょ?」と、イタズラっぽく笑いながらそんなことを言う。


「...確かに意外かも」

「でしょ?モテはするんだけどねー。まぁ、28年もモテモテだと初対面で大体わかるんだよねー。その人がどういう人間か。私のどこを見ているのか。体なのか、顔なのか、心なのかとかね」


 共感は出来ないけど、なんとなく理解はできた。

ちなみに俺はどこを見ていると思われているのだろうか。


「...それは内緒」と、俺を心を見透かしたようにそう言った。


 それからは特に何をするわけでもなく、何となく2人でテレビを見て、時々話をして、時間だけが過ぎていった。


 気づくと夕方になっており、そろそろ帰らないとと思い、帰宅の準備を始める。


「あっ、そろそろ帰るね...。今日は本当にありがとう」

「え?帰っちゃうの?せっかくなら夜ご飯一緒に食べようよ」

「え?でも...迷惑じゃない?」

「迷惑なんかじゃないよ?気を遣いすぎだよ。私たち、もう友達なんだからさ」


 友達...なのか。

でも、そうやって言葉に出してくれるのはありがたい。

多分、こういう距離の取り方が彼女の経験なのだろう。


「...うん。じゃあ、ご飯...いただこうかな」

「はーい」


 すると、慣れたように料理を作り始めた。


 30分ほどして出てきたのはオムライスだった。


 ふわとろなお店のようなオムライスだった。


 そのオムライスにはケチャップでこう書いてあった。


[LOVE]


【挿絵】

https://kakuyomu.jp/users/tanakamatao01/news/16818093089300700987


「私ね、彼氏にしか手料理作ったことないんだよ」


 ...28年間モテてきた人はやっぱり別次元だった。

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