第2話 紹介



人通りの多い場所を抜けると、二人は並んで進んでいく。


目的地の果物屋はもう少し先。



「そういえば、エミルはおいくつなんですか?」


並んで歩き始めて少し、ロイドが突然そんなことを尋ねてきた。


「今14歳で来年、15になります」


「ほう、来年成人ですか。何かやりたいことなどはあるんですか?」


うっ…

嫌な質問が飛んできた…



この国、サルベナ王国では子供は15歳で成人する。

成人した者は基本、親元を離れ、各々職を持って生きていく。


そのため、成人が近づく14歳ごろになると、本人が興味のある道を見つけたり、親に心配されたり、時に尻を叩かれたり。


エミルもそのうちの一人で、エミルの場合は二つ目と三つ目の間くらいで、母親に時に心配され、時に興味探しに追われ、今では「やりたいこと」という言葉を聞くだけで頭痛がする。


まあ、母さんの気持ちも分からなくもないんだけど…



「…まだ。…あんまり、よくわからなくて」


「難しいですよね。まあ、人生長いですから。焦らず、ゆっくり探せばいいですよ」


ロイドの優しく丁寧な口調に、少し頭痛が和らいだ気がした。


「はい、ありがとうございます」



頭を下げると、ロイドが声のトーンをあげて話題を変えた。


「ところで、エミルはこの街に住んでいるんですよね?」


「はい、生まれも育ちもこのカンドです」


「そうですか。この街はいいですね。この国でも、特に心地がいい」


ロイドが両手を広げて大きく深呼吸した。

少し大げさなほどに。


そんな褒められ方すると、なんだかこっちまで嬉しくなってくる。


「ロイドさんの出身はどこなんですか?」


「私の出身はここから、何日も東に行ったところです。今は、まあ、旅の途中といったところでしょうか」


ロイドが顔をあげて東の方を見つめた後、こっちを見て薄く笑った。


旅人。

この世界は広いから、そういう人もいるって母さんが言ってたっけ。


「へー、旅人か~。いつからですか?」


「もうずっとです、かれこれ5年近くは放浪していますかね」


ロイドが指を折りながら呟く。


「5年もですか…目的とかは?」


「元々厳しい家が嫌で飛び出してきただけなんですけどね…」


ロイドは子供っぽく笑うと「ただ…」と続ける。


「ただ、今はとある研究をしています。元々興味があった分野なんですけどね。何もしないでただ歩き回っているよりはマシかなと思いまして」


ロイドは恥ずかしそうに頬を掻いた。


「研究家でもあるんですね」


かっこいいな~!

何の研究してるんだろう?


見た目から予想すべく、ロイドの恰好を上から下まで見てみる。


チェック柄のスーツをバッチリ着こなし、黒いシルクハットに手には同じ色のC字型の杖。

他にも、所々の所作や言葉遣いから、貴族っぽい?高貴な印象は受けるが、肝心の研究内容は予想がつかない。


なんか僕ばっかり質問してる気がするけど、せっかくだしこれも聞いてみよう!


「ロイドさんは何の研究をしてるんですか?」


「ん?私はね~。っと、目的地に着いてしまったようだね。この話はまた今度の機会に」


ロイドは少し残念そうに首を振ると、斜め前を指さした。






「いらしゃい!お!ロイドさんじゃないか!どうだった…?」


まだ、冬も明けないこんな時期に薄めの長袖一枚で呼び込みを行っていた果物屋の店主が僕たちに気づいて、手をあげる。


声をかけられたロイドはハットを取ってゆっくりと近づき、首を振った。


「すみません、後少しのところだったんですが、逃してしまいました…」


わかりやすくうなだれるロイド。


「そんなに気を落すことはねぇ。ああして、行動してくれるだけでも、ありがたいよ」


店主が寒さなんか感じさせない笑顔でロイドの肩を叩いた。



「それより、こっちの坊主は?」


隣の僕に気づいた店主が尋ねる。


「今日、あの猫を追ってるときに手を貸してくれた少年です。結果は逃してしまいましたが…」


「そうかい!君もありがとな」


顔に似合わぬ優しい笑顔で覗き込んでくる店主に、こちらも軽い会釈を返す。


僕たちのやり取りが終わるのを待って、ロイドが続けた。


「それで、彼も猫を捕まえるのに協力者になってくれると言うので、ついてきてもらいました」


それを聞いた店主の表情が一段と明るくなる。


「そうかそうか!そりゃ、助かる!けど、こんな果物屋のために怪我とかはしないでくれよ」


…もう、したかも…です。


何度も言い聞かせてくる店主に心の中で呟いた。



「それで、事情は?」


上体を起こした店主が尋ねてくる。


「ある程度は把握してます。あの猫を捕まえればいいんですよね?」


「そうだ。ここ一か月くらい、人が増えだす昼の時間帯にどこからか、ヒョコッと現れて必ずこの果物を持ち去っていくんだ」


「まったく許せねーぜ…」とごちる店主の指す先には、籠の中一杯の白い果物が置いてある。


近づいてよく見てみると、


確かに、あの猫が咥えていた物と一緒だ…


手前に立てかけられている札にはセルベドの文字。



「明日はどうするんだ?」


「今日は後一歩でしたからね。明日も同じ時間に待ち構えようと思います」


ロイドが店主にそう返すと、勢いよくこっちを向く。


「ということで、明日の丁度昼。集合場所はあそこの脇道辺りにしましょう!」


言い切ったロイドは「では、解散で。私はこの後用があるので」と足早に去っていく。



残された僕は店主と顔を見合わせた後、セルベドを一つ買ってそれを口にしながら帰路についた。

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