第3話 目的
「あら、手止まってるけど、何か考え事?」
夕食中、美味しそうにスープを口に運んでいた対面の母が手を止め、不思議そうに僕の顔を見つめる。
その声で手前のお皿に焦点がジワジワと戻っていった。
「あ、いや、なんでもないよ」
些細な考え事だ。
首を横に振って再び手を動かす。
「そう…なんかいいことあったのかなって思ったのだけど…」
母が口元を拭いながら呟いた。
「なんでそう思ったの?」
考え事してただけなのに…
まさか、気持ち悪いくらいニヤニヤしてたかな…?
「ん?顔を見ればわかるわよ。何年親やってると思ってるの」
顔…?
思わず両手で頬を引っ張ると、僕の様子を見た母は楽しそうに笑った。
いいこと…いいこと…
繰り返し唱えていると、ふと脳内にとあることが浮かんだ。
んー、せっかくだし、話すだけ話してみようか。
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「へーそんなことがねぇ、いいじゃない、捕まえられるまで協力してあげな」
母がポンと手を打つ。
「うん、そっちの方は解決するまで協力するつもりだよ。じゃなくって、僕が気になってるのは旅人って方」
「あーそっちね」と頷く母に続ける。
「旅ってどんなのだろうって」
「旅ね~エミルは旅がしてみたいの?」
こっちが言葉を選んで喋っているのに、すぐに核心を突いてくる。
「してみたい…のかな?まだ、わかんない…」
これは本音。
「なに?前にあたしが色々言ったの気にしてるの?」
母が俯いた顔を覗き込むように見てくる。
まるで、心の中まで見られているような…
「違うよ!別にそんなんじゃない…」
言い返そうと顔をあげると、母はフフッと笑った。
「別にいいと思うよ。ただ、目的は必要かもね?」
「目的…?」
僕が呟くと、母が強調するように指を立てて言う。
「そう、目的。…まあ、じっくり考えればいいよ。今日一歩進めたわけだし」
言い終えて最後にニコッと笑った母は「ごちそうさまでした」と手を合わせてキッチンへと向かっていく。
目的か…
その日、エミルは夜遅くまでその言葉を反芻したのであった。
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翌朝、前日決めた集合場所に早めに到着した僕は、昨日の母の言葉を思い返していた。
目的か…
街を出て、大陸中を転々とする。
そんなイメージしかなかったけど、実際それじゃだめだよな…
冒険者でもやってみる…?
いや…経験ないと最悪死んじゃうって聞いたことあるし、だめか…
お店を開いてみる…?
いや…そしたら一つの街を拠点にするから旅にならないか…?
それなら、荷馬車で運送の仕事でもしてみるか…?
う~ん、難しい…
あれこれと葛藤していると——
「こんにちは。エミル、早いですね」
時間通り到着したロイドがハットを手に声をかけてきた。
「あ…ロイドさん、こんにちは」
挨拶を返すと
「何か悩み事ですか…?」
ロイドが不思議そうに見つめてくる。
大人ってみんな勘が鋭いのか…?
母さんにも言っちゃったし、ロイドさんにも聞いてみるか。
「…悩み事です。ちょっと聞いてみたいことがありまして…」
と、早速目的について尋ねようすると、ロイドが遮るようにサッと手をあげた。
「構いませんが、そろそろ時間です。いつあの猫が現れてもおかしくありませんので、警戒最優先でお願いしますね」
「はい」
頷いた僕は脇道から顔を出して、果物屋の店主とセルべドの籠の位置を確認した。
今のところはあの黒猫は見当たらないな。
「それで、聞きたいこととは?」
横に立ったロイドが顔はそのままに尋ねてくる。
「昨日、母に旅の話をしたら、目的が必要って言われまして。ロイドさんの目的…昨日の言ってた研究って何の研究なんですか?」
すると、ロイドは感心したように顎をさすって答えた。
「…そうですね。私の研究対象は一言で言うと『魔道具』です」
「『魔道具』…?」
ってなんだ…?
すごい研究なのかな…?
「どういう物なんですか?」
何故か湧き上がる好奇心に駆られて質問を繰り返す。
「本当は実物を見せた方が早いのですが、場所が悪いので口頭で軽く」
コホンと咳ばらいをしたロイドが口を開こうとしたその時——
僕たちのいる場所と反対側、果物屋近くの脇道からそれは現れた。
「あっ!」
咄嗟に口元を押さえる。
ロイドの肩を叩き、人の隙間を器用に進む黒い影をそっと指さす。
ロイドも先ほどの声で気づいたようで、二人で目合わせて頷くと目立たぬように脇道から通りに出た。
相手はまだこちらに気づいていない。
僕たちは慎重に距離を縮める。
黒猫はスルスルと人の間を抜けていて、あっという間にセルべドの籠の前に。
一度足を止めてチラリと店主の方を見やる。
店主は客とやり取りをしていて存在に気づいていない。
もう一度、籠に向き直って前足を伸ばそう警戒が弱まったその瞬間。
「今です」
ロイドの掛け声と共に、僕たちは黒猫めがけて走り出した。
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