警告
あの時ミヤビは恐ろしく体調が悪かったらしい。
それが証拠に、眠る前に届いてたミヤビからのメッセージの内容が不可解なものだった。
——お前本当に女か?
朝目が覚めて確認した、本気で聞いてるのか嫌みの類のものなのか、冗談だとしたらどこで笑えばいいのか分からないそのメッセージは、無視しておいた。
理由は、意図が分からない内容だったからっていうのもあるけど、兄貴がうるさくてそれどころじゃなかったっていうのもあった。
大袈裟が服を着てるような人間の兄貴は、目が覚めた瞬間から、体が痛いだの熱が出てきてるだのと喚き散らかしてた。
そんな兄貴を病院に連れて行ったら、兄貴の肋骨が三本折れてた。
ミヤビは一本って言ったのに三本だった。
即座にミヤビにメッセージを送ってその事を伝えたら、「肋骨を的確に一本だけ折れる訳ねえだろうが」って返ってきた。
一本だって言ったのはミヤビのくせに、偉そうな物言いしてきたからムカついた。
だから既読無視しておいたら、その日の夜に電話がかかってきた。
また文句を言うだけ言って切るつもりなんだろうと思って繋げた通話は、予想外にも普通の会話をするだけのものだった。
体調が治ったのか聞いたら、「治ってねえよ」と矢鱈偉そうに言われた。
随分と頭の具合が悪そうだったけどって事を遠回しに言ったら、「訳分かんねえ事ばっか言うお前の頭が心配だ」と、やっぱり偉そうに言われた。
始終そんな感じだった。
偉そうではあったけど、文句を言ってくる事も妙な因縁を付けてくる事も一度もなかった。
だからちょっと気持ち悪かった。
兄貴に色々と聞きたい事があったけど、すぐには無理だった。
大袈裟な兄貴は、起きてる間ずっと体を痛がって、まともに話が出来る状態じゃなかった。
だから結局兄貴と話が出来るようになったのは、あたしの誕生日から三日後の事。
母さんの所で大人しくしてろって言ったのに、どうして繁華街なんかで「獣神」に捕まったのかを聞くところから始めたあたしに、兄貴が教えてくれたのは、あたしの知らない所で起きてた、本来ならあたしなんかが知る事のない話だった。
「
そう言った兄貴は、仕事の全てをスマホを片付けてたとも言った。
兄貴のやってる仕事が仕事なだけに、スマホだけでっていうのは、大変ではあったけど不可能ではなかったらしい。
まあ、主としてやってる仕事が売春の斡旋だし、兄貴以外にもやってる奴らに動く事を頼めば、出来なくはないとは思う。
だから兄貴は本当に、「獣神」の事で身の危険がなくなるまでは、そうやってやっり過ごそうと思ってたらしい。
ただ、状況が変わったんだと兄貴は言った。
「俺も引き籠ってたから正確な日にちとか詳細は分かんねえんだけど」
そんな前置きをして兄貴が教えてくれたのは、「不思議の国」で起こった出来事だった。
「一週間くらい前、『獣神』の縄張りでゴタゴタが起こったらしい」
「ゴタゴタ?」
「あそこの姫が——って、お前『獣神』の姫って分かるか?」
「分かんない」
「あそこには姫がいんだよ」
「はあ?」
「お姫様」
「あんた言ってんの。脳みそ現代世界に戻してきてくんない?」
「まあ、お前がそう言う気持ちも分かるけど、これマジな話」
「はあ?」
「まあ、分かりやすく言や『獣神』を仕切ってる奴の
「姫?」
「そういう事」
「で? その姫がどうしたの」
「危ねえ目に遭ったらしい」
「危ない目ってどんな?」
「そこまでは俺も知らねえよ。俺に回ってきた話は、そっちが主とした話じゃねえから」
「は?」
「俺が主として聞いたのは、その『獣神』の姫を危ねえ目に遭わせた側の話なんだよ」
「え? それってどういう——」
「
「――はあ!?」
「でもそいつらは指示されて動いただけらしい。まあ、そりゃそうだろ。地元の人間が好き好んで『獣神』に手え出す訳がねえ」
「じゃあ、指示したのは——」
「この地域を乗っ取ろうとしてる奴ら」
「だよね」
「しかも、指示された奴らが、俺が仕事で関わってる奴らだった」
「は?」
「そいつら全員その場で『獣神』に捕まったらしい」
「捕まった……?」
「ああ。――で、消えた。その所為で、人手が足りなくなって、どうしても仕事で俺が動かなきゃならなくなって、あの日繁華街に行く羽目になって——」
「それで運悪くあんたが捕まったって訳?」
「まあ、そうなんだけど。何か納得出来ねえんだよなあ」
「何が?」
「俺が思うに、『獣神』の姫を危ねえ目に遭わせた奴らも俺と一緒で、上にいるのがどんな奴なのか分からないから、『獣神』としては何の情報も得られなかったんだろ。それで多分、他に情報持ってる可能性がある俺を探してたんだとは思うんだけどよ。それにしたってタイミング良すぎねえ?」
「タイミング?」
「俺、それまでずっと
「偶々じゃないと思ってんの?」
「分かんねえ。ただタイミング良すぎる気がして……」
「そもそもその姫の件よりも前から、向こうはあんたを探してたんだから、あの日どっかからあんたが繁華街にいるって情報が入ったとかじゃないの? 『獣神』の誰かが張ってる可能性がある繁華街にあんたが行ったってだけでしょ」
「まあ……そうかも」
「そうかもってか、それしかないでしょ。大体あんたが『獣神』に捕まったからって得する人間は——」
—―いない……?
話しながら覚えた違和感に言葉を止めた。
確かに兄貴が「獣神」に捕まって得する人間はいない。
でもその逆はいる。
兄貴が捕まる事によって大損する人間は——。
「あ、たし……?」
口に出してみて分かった気がした。
だから酷くゾッとした。
—―嗚呼、これは……。
確信に近い考えに、いつから掌の上で転がされてたんだろうかと疑問に思う。
一体どこまでがあの人の策略なのかと疑問に思う。
これは完全に——。
「あたしって何だよ!? 俺が捕まってお前が何の得すんだよ!」
不貞腐れた表情をつくった兄貴の声が、実際の距離よりも遠くから聞こえてくるような気がした。
「バカな事ばっか言ってんじゃないわよ。誰のお陰で助かったと思ってんの」
そう言ったあたしの頭の中は、焦りと不安でいっぱいだった。
—―リオンさんの仕業だ。
その確信めいた思いと共に、それがなかなか動き出さないあたしに対しての、リオンさんから「警告」だという事を嫌ってくらいに理解した。
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