情報入手は至難の業


 どういう方法を使ったのかは分からないけど、あたしの予想が正しかったら、兄貴が繁華街にいるって情報を「獣神」に流したのはリオンさんに違いない。



 でもリオンさんが関わったのはその部分だけで、この地域や「不思議の国」で起きてる事には関わってない。



 リオンさんはただあたしに警告したかっただけだろうからもう動く事はないだろうし、あたしは情報を集めるっていう「獣神」との約束を果たす事で手一杯だから、一旦リオンさんの事は脇に置いておく事にした。



 もちろんこうなると見越して言った言葉じゃないのは分かってるけど、リオンさんに「動き方を間違うなよ」って言われたし、早く片付けなきゃいけない問題がある以上、他の事に構ってる暇はない。





 兄貴と色々話した結果、予想した通りあたしがミヤビにした話の裏を取った相手は兄貴だった事が分かった。



 そしてこれまたあたしの予想通り、兄貴は全てを話してなかった。



 あたしがミヤビに話した事と、兄貴がミヤビに話した事はほぼ一緒。



 あの時、兄貴が何をどこまで話すか考えた事が功を奏したようだった。



 兄貴にミヤビとの関係を聞かれたから、一応これまでの経緯を話したけど、詳細には言わなかった。



 バグった距離感の話とか、況してや誕生日の夜に抱き合った話なんて、今回の事には関係ないからする必要はないし、言ったら言ったで変に勘違いしてうるさい事言ってきそうだし。



「あんま『獣神』の奴と関わんなよ?」


 話を聞いた兄貴は、そもそもの発端をつくった張本人のくせにそう宣った。



 誰の所為でこうなったと思ってんだ——と、心底思って殴りたくなったけど、肋骨折れてるからやめておいた。





 ルナが「不思議の国」に配達した件をミヤビに言うべきか悩んだけどやめておいた。



 配達した場所や相手をあたしが知ってたら別に言ってもよかったけど、そうじゃないから黙ってる方がいいと思った。



 あたしがルナに配達した場所と相手を聞き出す事も出来るけど、そしたらどうしてそんな事を聞くのか不審がられるだろうし、だからってルナを「獣神」に渡して情報を聞き出させるなんて出来ないし。



 何より、どんな方法であってもルナから引き出した情報で、配達先の人間が「獣神」に捕まったら、ルナが口を割ったのがバレて、ルナの身に危険が及ぶ。



 ミヤビには悪いと思うけど、黙ってるってだけで嘘を吐いてる訳じゃないし、何が起こるか分からない今回の件で極力兄貴以外の人間を巻き込みたくないから仕方ない。





 あたしの中にあった、この地域で起こってる事を知らないようにするって壁を取り払った途端に入ってくるようになった様々な話は、あたしからすればどれもこれもくだらないと思う事ばかりだった。



 権力ちからがどうとか勢力がどうとか抗争がどうとか、マジでくだらない。



 人生をそんなものに賭けてる奴らの気が知れないし、そんな事に必死になってる意味が分からない。



 だけど逆に、そんな「くだらない事」をやれるって事は、あたしより幸せな人生を送ってる証拠なんだろうとは思った。



 この国の底辺みたいなこの地域の、更に底辺にいる人間には、そんなくだらない事に構ってる余裕もない。



 あたしなんて自分の事でも精一杯なのに、兄貴のケツまで拭かされる羽目になってるんだから堪ったもんじゃない。





 この地域の情報を耳にするようになっても、そう簡単に欲しい情報を手にれる事は出来なかった。



 兄貴も色々と探ってるみたいだけど、目立たないように気を付けなきゃいけない所為で、目ぼしい情報を手に入れる事は出来てない。



 結局、あたしの誕生日から十日ほどが経っても、新しく手に入れられた情報は、奴らが自分たちの事を「何とか団」と名乗ってる事くらいで、その「団」の前に付く「何とか」の部分すら分からず仕舞いだった。





「『煤煙ばいえん団』だろ」


 分からなかった「団」の前に付く部分をあたしに教えてくれたのは、最悪な事にあたしの情報を待ってる側のミヤビだった。



 あたしの誕生日から二週間ほど。



 全然情報を伝えないあたしに業を煮やしたらしいミヤビから、「裏まで下りてこい」と突然呼び出されたのは、日付が変わる少し前。



 前回会ったのと同じ団地の裏手で、ひと目を避けるようにしてあたしを待ってたミヤビは、あたしから「団」の話を聞いて、「何とか」の部分を教えてくれた。



「何そのダサい名前」


「知るかよ。俺が付けたんじゃねえ」


 あの日以来会ってなかったミヤビは、いつもと変わらなかった。



 思うように情報を集められてないから連絡がし辛くて、最近連絡が途絶えがちだったけど、余り気にしてないみたいだった。



 なんて。



「それより、てめえが最近俺のメッセージを無視してんのはどういう了見だ」


 呑気な事を思えたのは束の間だったんだけど。



「無視してるつもりはなかった」


「二度と俺に嘘吐くんじゃねえって前に言ったよなあ? つまり俺に嘘を吐いたらどうなるか分かっててそう言ってんだな?」


「無視してた」


「おう、てめえ上等じゃねえか。二度とそんな真似出来ねえように躾んぞ、コラ」


「わざとじゃない。――てか、返信しづらいからなだけで……」


「あん?」


「情報集めきれてないから返信しづらかっただけ」


「どんくらい情報集めた」


「自分たちの事を『煤煙団』って名乗ってる事くらい」


「半分俺からの情報じゃねえか」


「あとは、関係ないと思うけど、地元うちの奴らが『団』に抵抗しようとしてる」


「自分が集めた『団』情報の部分だけで言うんじゃねえよ。何のプライド発動させてんだ。一瞬何言ってんのか分かんなかっただろうが」


「別にプライドじゃないけど」


「――なあ、アリス」


「何」


「無理か?」


「……え?」


「情報集めんの無理かって聞いてんだよ。無理なら無理って言え。あんま時間やれねえっつったろ。もうこれ以上は——」


「待って! 出来る! まだ方法はあるからもうちょっとだけ待って!」


「――方法?」


「……うん。まだある」


 そう答えながら、もうリオンさんに聞きに行くしかないと思ってた。



 正直、「獣神」に情報を集めるって条件を出した時は、ここまで苦労するとは思ってなかった。



 でも実際やってみると、目立つ行動が出来ない分、聞き出せる相手が限られてしまって、深いところまで探れない。



 だからもう最後の手段として、リオンさんに聞くって道しか残ってない。



「危ねえ事すんじゃねえだろうな」


 ミヤビのその言葉には、首を横に振るだけにしておいた。



「あと一週間待つ」


 続けられたその言葉には、「分かった」と返事した。



 期限ギリギリまでは自分で情報を集めてみて、無理ならリオンさんに会いに行く。



 そう腹を括ったら、ほんの少しだけ気が楽になった。



「何か分かったらすぐ教えるから」


「ああ」


「じゃあ、あたし帰るね」


「あん?」


「帰る。寒いし。もう話は終わりでしょ? まだ何かあった?」


「あんだろうが」


「何」


「お前からあんだろうが、普通は!」


「は?」


「あんだろ、お前から!」


「はあ?」


「お前マジか!? マジで何もねえのか!?」


「あたし、あんたに何か話す事あった?」


「そうじゃねえだろ! 話じゃねえ!」


「はあ?」


「お前マジで女か!? 女として生きててそれか!?」


「はああ?」


「チョコレートはどうした! バレンタインだぞ、今日は!」


「は?」


「ミヤビ様いつもお世話になってますっつって渡してくんのが普通だろうが! ナメてんのか!?」


「今日がバレンタインとか忘れてたし、お世話にもなってないし……」


「ああ!? てめえこんだけ世話かけといてよくそんな事言えんなあ!? つか、バレンタイン忘れるとかやっぱお前女じゃねえだろ! 女の一大イベントだろうが!」


「別に一大イベントでも何でもないし……」


「ああ!?」


「ミヤビ、誰にもチョコレート貰えなかったの? だからあたしから巻き上げようとしてんの?」


「ナメんじゃねえ! てめえ、俺を誰だと思ってんだ! 貰ってねえ訳ねえだろうが! 山ほど貰ったっつーんだよ!」


「じゃあ、もうそれでいいじゃん」


「そういう問題じゃねえだろうが! 俺への感謝のチョコレートを寄越せっつってんだよ!」


「でもチョコレートなんか持ってないし、そもそも感謝してないし」


「ああん!?」


「それに、もうバレンタイン過ぎてる」


 ポケットからスマホを取り出して時間を見たら日付が変わってたからそう言ったのに、ミヤビが眉間に皺寄せた表情のままこっちを見てくるから面倒臭いったらなかった。



 クリスマスと言いバレンタインと言い、ミヤビはイベント事が好きらしい。



 そういう感覚がないあたしからすると、イベント事の何がいいのかさっぱり分からないけど。



「じゃあ、帰るね。バイバイ、ミヤビ」


 面倒臭いミヤビにそう言って踵を返したあたしに、ミヤビはもう何も言わなかった。



 家に戻りながら、改めてバレンタインだったのかと思った。



 あたしがそういう事に興味がないって分かってるからか、ジュンヤが何も言ってこなかったから全然気付いてなかった。



 そう思うと、ミヤビの言う事もあながち間違ってないと思う。



 そういう意味ではあたしは確かに「女」らしくないのかもしれない。



 


 そんな、「女」らしくないあたしに、「団」の有力な情報が舞い込んできたのは、バレンタインデーの翌日の事だった。

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