高難易度
別に、ミヤビに抱き締められるのが嫌って訳じゃない。
知らない相手じゃないし、心底嫌ってる相手でもないから、そういう意味では何とも思わない。
けど、どうして抱き締められてるのか分からないから、落ち着かないって意味で気持ちが悪かった。
しかもあたしを抱き締めるミヤビの腕の力が強いから正直苦しい。
ハグとかってレベルじゃなく、最早技って感じがするから、何が目的か分からない。
ミヤビは言動はいつも理解不能だけど、これはもうそういう次元じゃない気がする。
だから一旦離れたかった。
でもミヤビの力が強くて自力じゃどうにも出来ないから、ちょっと一旦離してって提案をしようと思った。
けど。
「ミヤビ、ちょっと——」
「クソムカついてしょうがねえ。両手空いてたらお前に手え出さねえ自信がねえ」
耳元で脅すような声でそう言われたから、自分の身を案じてこのままでいようと決めた。
多分両手が空いたからって殴ってきたりはしないだろうと思うけど、腕に入ってる力加減からして、ミヤビとしても絶対大丈夫って自信はないんだろうと思う。
だからこそ、こんなタイミングで意味不明に抱き締めてきてるんだろうし。
それくらい、ミヤビがムカついてるっていうのは伝わってきた。
そして。
「今からお前にいくつか聞くが、絶対に嘘吐くんじゃねえぞ」
そのムカつきが、間違いなくこれまでのあたしの嘘の所為って事も嫌ってくらい伝わってきた。
「初めて俺と会った日、あのホテルに来た理由は何だ」
「……兄貴に騙されたから」
「騙されたってどういう意味だ」
「どういう意味って言われても、そのままの意味で——」
「分かるように説明しろ」
「封筒を家に忘れたから持って来てくれって連絡があって持っていったってだけ。あたしはミヤビがいたあの部屋に兄貴がいると思ってた」
「封筒ってあの封筒か」
「うん」
「なら何でその場でそれを言わなかった」
「言えないでしょ。斡旋した奴は誰だって聞かれたんだから」
「そうじゃねえ。俺がその話をするまでに言うタイミングはいくらでもあったろうが。お前、あの時ひと言も喋らなかったよな? 会った瞬間から一度も口利かなかっただろ。何で説明しねえでずっと黙ってやがった」
「何でって言われても、いつもそうだからいつも通りっていうか、反射的にそうなるっていうか……」
「……いつも?」
「あんな風に兄貴に騙されたのあの時が初めてじゃなくて今までも——」
「あ?」
「だから、ああいうの初めてじゃなくて、何回か兄貴にあんな風に騙された事あって、そういう時はいつも喋んな——痛ッ」
「てめえ、
「ミヤビ痛いってば! 背中の骨折れる!
「
「いつも逃げてんの! 部屋に入る前か入ったあと、隙を突いて逃げてんの! それまでの客は全部おっさんばっかで、逃げ切れたから
「お前考えて喋れよ? じゃねえとこのまま抱き殺すぞ」
「は?」
「窒息するまで締めんぞっつってんだよ」
「ちゃんと喋ってんでしょ! あんたが嘘吐くなって言うからちゃんと喋ってんじゃん!」
「ムカつかせんなっつってんだ」
「何なのその高難易度設定! あんたが何でムカつくかなんか知らないし! 前以ってどんな事でムカつくか言ってくれないと気を付けようにも気を付けられないんだけど!」
「知るかよ! ムカついた時はもうムカついてんだから何でムカついたか知る訳ねえだろうが!」
「はあ!?」
ミヤビの理不尽を通り越した発言に、今までで一番何言ってるのか分からなかった。
勝手にムカついといて、どうしてムカついてるのか分からないとか、考えるって事を完全に放棄してて呆れるに呆れる。
でもよくよく考えてみれば、ミヤビは前からそうだった。
これまでだってミヤビが起こした言動の理由を聞いても、「知らねえ」って逆ギレしてきてた。
多分ミヤビは湧き上がってきた感情に対して、ただ反射的に行動してる。
どうしてそう感じるのか疑問を持つよりも先に動くから、結果的に根本的な感情が分からないまま終わってる。
—―バカが。
もうそうとしか思えなかった。
それ以上の感想なんて出てこない。
ミヤビは思考とか理性とかそういうのが基本的になくて、本能だけで生きてやがる。
それに振り回される側の人間としては堪ったもんじゃない。
だから。
「お前の制服を他の女が着てた理由は何だ」
もう何も聞かないで欲しい。
ムカつくツボが分からないから答えたくない。
答えたが最後、窒息させられるかもしれない。
それでなくても息苦しいのに。
抱き締められてる所為でミヤビの甘い匂いが凄く強くて——。
「てめえ、この期に及んで答えねえとか許さねえぞ」
—―マジ、何なのこいつ。
答えたら答えたでムカつくって言うくせに、答えなかったら答えなかったでこの言い草。
難易度がどんどん高くなっていくから嫌になる。
「……分かんない」
「ああ?」
「あたしには分かんないんだって! 制服のブレザーを兄貴が斡旋してる女に貸す為に持っていったのはあとから聞いて知ってたけど、ミヤビが会った女が、兄貴が最初に制服貸した女かは分からないの! 兄貴が貸したあと、色んな女の手に渡ったかもしれないから!」
「何キレてんだ、てめえは! てめえにキレる権利なんかねえぞ!」
「別にキレてない!」
「キレて喚いてんだろうが!」
「これは違う! キレてんじゃなくて——匂い」
「あん?」
「香水だかコロンだか知らないけど、ミヤビからする匂いで息苦しいッ!」
「ああ? 香水もコロンもつけてねえよ」
「じゃあ、この甘い匂い何!? 柔軟剤!?」
「甘い匂いだあ? 甘い匂いすんのはお前だろうが」
「はあ?」
「毎度毎度甘ったるい匂いさせやがって」
「それはミヤビでしょ! あたし今まで誰にもそんなの言われた事ないし!」
「俺だってねえよ!」
「じゃあ、何この匂い!」
「知らねえよ! お前の匂いだろうが! この匂いで――」
「あたしじゃないってば!」
「――頭の奥がクラクラすんだよ」
そこでビクリとあたしの体が震えたのは、少しだけ体を離して前屈みになって俯いたミヤビの唇が、首筋に触れた所為。
しかもその場所で呼吸を整えるみたいに息を吐くから、もう一度体が震えた。
「――お前」
首筋にかかるミヤビの吐息が熱い。
匂いと熱に眩暈がする。
「ちょい、腕を背中に回せ」
「う、で……?」
「お前の腕。俺の背中に回せ」
「な——んで」
「気分
「は?」
「何か気分悪いから腕回せ」
「ど、どういう——え? 倒れそうだから支えろって事?」
「
「じゃあ何で——」
「いちいち理由なんか聞いてくんじゃねえ。回せっつったら回せや」
「だから何で——痛ッ! 痛いって、ミヤビ! 分かったから力入れんのやめて!」
「さっさとしろ、クソが」
訳の分からない事を言ってるのはミヤビのくせに、毒づいてくる意味が分からないけど、言われた通りにするしかなかった。
両腕をミヤビの背中に回して服を軽く掴んだら、ミヤビは大きく息を吐いた。
その息の仕方が苦しそうな感じからして、ミヤビは本当に気分が悪いらしい。
ただ。
「……やべえ」
「は? 何? 本当に倒れんじゃ——」
「お前の首筋、噛み千切りてえ」
「絶対やめて」
言ってくる事が理解不能すぎて、あたしの手には負えないんだけど。
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